国会図書館再訪

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先週の土曜日に、何度目かわからないが、国会図書館を訪れた。 やることは相も変わらず、村上春樹を中心とした文芸雑誌記事のコピーを収集すること。 花の晴天ゴールデンウィークに、夜行バスを乗り継いで東京にまで来て、国会図書館へ直行する姿は 熱心なのか他に行くところを知らないのか。
一人国会図書館に向かう道すがら、汗ばむほどの陽気の中で永田町駅から歩いていると そんな自嘲気味な気分にさいなまれた。
国会図書館は通常の図書館と違い、来訪者が直接本を探すことはない。 必要な資料はパソコンで依頼して取り寄せ、館内で読むのだ。 必要な資料を持ち帰りたい場合、コピーを依頼して職員にとってもらう。 これは資料のあまりの多さが故、そして資料の紛失を防ぐためだろう。 資料保護のためといえば、来訪者は鞄を館内に持ち込むことはできない。持ち帰りを防ぐためだろう。 筆記用具など最低限必要なものは、備え付けの透明なビニール袋に入れて持ち込む。 ちなみに、携帯音楽プレイヤーやPCなども持ち込みを禁止されているため 館内で来訪者は基本的に文章を読み書きすることしかできない。
だから国会図書館には、文章に対しての目的を持った人しか来場しないことになるが 着いてみれば席が八割ほど埋まるぐらいのいつもと変わらぬ混雑具合。
文章・文献資料といったものに興味を持つ人はたくさんいるのだと心なし安心する。 中で村上春樹のインタビュー記事をコピーしてもらいながら、文芸雑誌「新潮」に掲載された よしもとばなな「王国 その4」を読む。
読んでいると近くに、大学生三人が座った。手には大量の漫画雑誌。 確かに国会図書館には日本で発売された本や雑誌が残らず保管されていくため、漫画雑誌も当然ある。 だからそれを読みたい人もいて当然なのだが、よりによって持って行った雑誌が 青少年育成条例に抵触するような雑誌だったため、なんでわざわざ、といささか不思議だった。
村上春樹を読むものもいれば、漫画雑誌を読むものもいる。 友人のように自分で作詞作曲した曲をライブで発表する人もいる。 人にはそれぞれの戦場があるのだ、と実感した。 何度目かの来訪で初めて気になったのが、中の職員の言葉遣いだった。 前述の雑誌を返す際に、「お疲れさまでした」と言われたのだ。 そして帰りにゲートを通る時にも「お疲れさまでした」と言われた。 サービス提供者が受益者に言う言葉としては珍しい。 「ありがとうございました」ではなく「お疲れさまでした」と言われて、職員に親近感がわいた。 ともに文章・文献に興味を持つ同行の士なんだな、という。 戦場は人それぞれであるが、同じ戦場に戦う者は実はたくさんいるんだ、と励ましをもらう訪問になった。 |

