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東京おとなガレージ
新年1月22日・日産スタジアム・NYミーティング、赤影堂出店! 旧い車や鉄道、懐かしい風景などを愛するおとなのブログです。

書庫鉄道趣味人会

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下町お別れ鉄☆

 
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子供の頃、この地下道はもっと煤けて薄暗く、戦災浮浪児の残党などもいて、動物園などに遊びに来ても、何となく怖い気配を感じていました。
 
 
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そんな上野の山の下にある、この地下駅が今日のスタート地点♪

今度の週末を以って、京成電鉄最初のステンレスカーとなった3500形の未更新車が引退するというので、お別れしてくることにしました。
 
京成本線は上野を出ると、次の駅は日暮里ですが、以前は日暮里手前で地上に出るまでの地下線区間に、2つの途中駅がありました。
その遺構は、今も車窓から見ることができます。
 
 
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1997年廃止、晩年は現役のまま廃墟化していた「博物館動物園」


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地上目前、左手に地上への階段口が見える「寛永寺坂」

こちらは「博・動」より50年も早く、1947年には休止扱いになっています


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地上に出ると、ヤマモトカンサイがやって来ましたw

京成はかつて、成田山新勝寺への参拝輸送で大いに賑わっていました。(元々、敷設の目的も参拝者輸送です)
さらに開業当時の戦前は、新宿や渋谷はまだ東京市の外れの繁華街程度で、上野や浅草が都の中心、そこへ地下駅で乗り込んできたのですから、花形の先進郊外電車でした。
日暮里で地上へ出ても、堀切菖蒲園まではやはり戦前にできた高架線の上を走り、踏切はその先、お花茶屋の辺りに数個ある程度で荒川を渡ります。
東京西部の私鉄が、連続立体工事で今になって四苦八苦しているのを見ると、京成がいかに先進的かつ都会的な私鉄であったかがよくわかる区間です。
 
 
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で、たぁ〜かぁ〜さぁ〜ごぉ〜やぁ〜♪

金町線の出ている高砂駅に来ました

知らない間に金町線のホームは、随分離れた高架線上に移されていました。結構歩くので、帝釈天に行くお爺ちゃん、お婆ちゃんにはあまり優しくない改良です。
写真の電車も3500形ですが、近代化リニューアルを施された個体で、こちらはまだ引退しないようです。
 
 
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金町線唯一の途中駅、改札の向こうに渡世人が立つ柴又へ


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映画で幾度も見た、カーブしたホームに、お目当ての電車がやって来ました

機能優先の時代に生まれた電車なので、素っ気ない顔をしてますね(笑)

 
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金町線は単線で、高砂・金町両駅から出た電車は中間の柴又で交換します

ケーブルカーみたいな運用です

つまり電車は2本必要なのですが、未更新車は1本しか残っていないので、もう一本はリニューアル車が担当しています。(両方リニューアル車の場合もあります)
 
 
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寅さんと、それを見送るさくらのまぼろしが見えるような・・・


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コイツに乗って、金町まで向かうことにしました


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金町も、高砂同様1線1面の小さな終端駅

ホーム高砂寄りにはすぐに踏切があるので、こんな写真が撮れます。
「普通」と書かれた手差しの種別板を使っているのも、今やこの形式のみになりました。
 
 
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地平の改札を入ると、ホーム高さ分の階段を上がってすぐ、電車が横付けです

京急の川崎大師駅もこんな雰囲気で、私鉄らしいスタイルです


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筆記体のロゴ、昔はカッコ良く見えたものですが、今やレトロ感満点ですね


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当初から冷房車なのですが、扇風機併用なのが時代を感じさせます

カスタード色の車内化粧板も懐かしい雰囲気です


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最後は、リニューアル車の車内からお見送りしました


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高砂へ戻ると、こちらはハイセンスなロゴの JAPAN SPEED が駆け抜けていきます


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都電荒川線との接続駅、町屋にやって来ました♪

荒川線でも、吊掛け駆動と呼ばれる旧い駆動方式を持つ7000形電車が、3月中で引退とのことなので、寄ってみたというワケ。
もっともこちらは運用がわからず、残存は3両だけということなので、出会えるかどうかはわからぬままの転戦です。
 
 
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そんな訳であまり動かず、町屋と荒川七丁目の間に陣取り様子見です


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レトロ風電車もやって来ました


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と、、、運よく2本目で7000形がやって来ました!


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赤影が子供の頃の懐かしい都電色に復刻塗装された、トップナンバーの7001です

三ノ輪橋に向かって走っていきましたので、町屋からはあと僅かですから、すぐに折り返して戻ってくるはずです。


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町屋から王子方向に移動します

反対ホームにいる緑のヤツは、先ほどの7000形の車体だけを流用して、最新機器の省エネ高性能車へと変身させたリフレッシュ電車、7700形のトップナンバーです。
元々7000形はもっと古い、違う車体を持っていたものを、後にワンマン化する際に、車体のみを新しくしたもので、車体はまだ使える状態だったというわけです。
足回りの方はもう還暦過ぎてますので、ついに都電からも吊掛け駆動の車両が消滅します。
古い映画などで、電車が走っていくときの効果音に使われる、唸るような加速音が吊掛け駆動の特徴で、赤影世代にはとても郷愁を誘う音なのですけどね・・・。
(関東ではあと、江ノ電と箱根登山に一部残っているのみです)
 
 
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熊野前・宮ノ前間の尾久消防署付近で、先ほどの7001を迎え撃ちました

ここは完全な併用軌道を残す、王子駅前・飛鳥山間ほどではありませんが、「道路を走る都電」時代の雰囲気を色濃く残す区間です。
後方の高架は、最も新しい都営交通である、日暮里舎人ライナーです。
 
 
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午後の陽射しの中を往く・・・


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振り向くと、すぐそこの宮ノ前駅に、もう1台の7000形が来てるではありませんか!!
登場時のオリジナル塗装に復刻された7022です。
 
 
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7000形はこの車体になった(旧車体からワンマン化された)時に、最初からこの青帯の塗装でデビューし、それまでの赤い帯だったツーマンの電車と区別しました。
(だから赤帯の復刻塗装の方は、7000形では過去に塗られたことのない塗装なのです)

いずれにしても、運良く7000形の復刻塗装2両を待たずに見られたので、良いタイミングだったことに間違いはありません。
 
 
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陽も傾いてきたので、王子回りで帰ることにしました

老兵は死して皮を残す、、、町屋で反対側にいた、7000形車体流用の7701がやって来ました。


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人に近い乗り物は、車窓の風景にも味わいがあります


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午後の僅かな時間でしたが、お別れをすることができた、実りある時間でした




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あばよ・・・
 
 
 

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LED講座始まる!

 
 
昨日は会場の都合で1週早く、所属する鉄道模型クラブの例会でした。
 
 
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今月から全3回で、模型LED講座が始まりました


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実際に基板を作り、ヘッド&テールライトや室内灯をLEDで製作します

第一回は材料の配布と、素子等の基本的な原理や役割、回路の説明などが行われました。
昇圧回路を用いた停車時からの点灯や、キャパシタを用いたチラつきのない点灯など、かなり踏み込んだ回路製作も行う予定なので楽しみです。
 
 
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赤影のナローゲージ(1/80 9mmゲージ)と、Chitetsuさんの福島交通(1/87 12mmゲージ)の比較。
 
昨日は前半は、湘南の運転会や埼玉けんかつ運転会でお世話になっている、おやびん御大が、後半は Chitetsuさんがゲストで見えられ、有意義で楽しい例会となりました。




赤影は35年前の骨董品を運転〜♪
 
 
 

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Valentine Day KEIKYU

 
 
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チビッ子も、目が釘付けの、ラヴ・トレイン 
 
 
 

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鉄道写真のモラル

 
今夜は不愉快な話です。関係ないと思った方はスルーで結構ですが、とても大事なお話です。

私、腹に据えかねるほど怒りが抑えられない、なんてことはほとんどないので、普段ブログでこのような記事を上げることはまずないのですが(少しはありますww)、今夜ばかりはちょいとキレましたので、備忘録としてアップしておきます。
 
当ブログをご訪問の方なら良くご存知だと思いますが、私の江ノ電に対する思い入れは相当に深いものがあります。
高校生くらいから今日までずっと、その移り変わりを見て、その風景に癒されてきたファンの一人です。
 
 
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今日、フェイスブックの某江ノ電コミュニティで、こんな写真を見てしまいました


こちらのコミュニティです。写真はいさはや削除される可能性が高いので、スクリーンショットで掲載させていただきました。
 
 
昭和の時代の江ノ電では、このように線路を歩いていくことが、概ね黙認(OKではない)されていました。
赤影も、高校生の頃はスタンド・バイ・ミーのように、仲間と線路をたどりながら写真を撮り歩いたものですし、その時に、沿線で線路を通らないと入れないお宅の人たちと一緒になったりして、あいさつを交わしたり、それも当時の江ノ電の魅力の一つだったことは確かです。
 
しかし今の時代、このような行為は、たとえ江ノ電であっても、許されないものとなっています。
僅かながら線路を通らなければならない、地元の勝手口があるお宅なども、堂々と通ることはなく、犬走と呼ばれる端っこを最小限の用途で通るようにしています。
ましてや、部外者が線路を歩いたりしていれば、激しく警笛を鳴らされ、走行中であれば非常制動を掛けられてしまいます。(実際、「俺たちの朝」世代のおばさんなどは、当時の感覚で再訪するのか、線路に立ち入ってしまい、そんな場面を数度目撃しています)
 
この写真は日時不明ですが少なくもここ10年以内に撮られたもの、ましてや「危険・線路内立入禁止」の表示まで一緒に写っています。
 
江ノ電を愛する立場を装ったコミュニティがこんな写真を平気で載せることに、かなり激しい怒りを覚えました。
他の記事を読んでいくと、江ノ電写真コンテストでの入賞実績もあるようですし、実際、非常に良い、表情豊かな折々の江ノ電風景を撮っておられて、その部分では大いにリスペクトしたいコミュニティなのですが、この1件で台無しです。
 
確かに写真的には「良い写真」ぽい、じつに「うまい」写真です。
しかし、江ノ電が好きなら、鉄道写真を「撮らせていただいている」立場の人間なら、マトモな神経ならこんな写真は絶対にネット上に垂れ流しません。
(もちろん時代を明記して、当時の風物として、かつ現在は許されませんよ、と断るなら別です)
 
結局、こんなものを見せられると、

「どうだ!オレ様って、いい写真撮るだろ?」

というモラルのない、エゴイズムの塊のような、今巷で言われている「マナーのない鉄道マニア」の顔を見せられているようで、たいへん不愉快なのです。
 
当ブログには、少なからず鉄道系の方もご訪問いただいているはずです。
一人一人が、全ての鉄道を愛する者を代表するくらいのつもりで、襟を正していかねば、、、と思った次第です。
 
 
 

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復刻 & LOVE TRAIN

 
 
京急の最古参、800形は、当初京急レッドに窓周りが白のツートンカラーでデビューし、それまで細い白帯だった京急電車に新風を吹き込みました。

ところが、1982年の暮れに快速特急用の2000形が同じ塗装で登場すると、この塗り分けを特急系統の車両に譲り、一般の白帯塗装に変更されてしまいました。

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写真はその過渡期、手前がデビュー色、奥が白帯に変更された姿です

(1983年1月・金沢文庫電車区にて撮影)

白帯だとスッキリしたフレームレスの側窓がちょっと小さく見えて、せっかくのデザインがスポイルされてしまったように感じたものです。
 
その800形も、そろそろ先が見えてきたからでしょうか?
最近は引退前の花道的に、過去の塗装に復刻するのが各鉄道会社で流行っていますが、この800形にも昨年末から、復刻塗装車が1本だけ走り始めました。
 
今日は桜木町のランドマークタワーで(明日まで)行われている「横浜鉄道模型フェスティバル」を暇つぶしに覗くついでに、この復刻800形を追いかけてみました。
 
 
 
とは言っても行き当たりばったりの無計画ゆえ、行きの東横線で運行状況を調べてみたら、10分くらいの差で横浜から浦賀へ向かって出て行ってしまった後でした。。。
 
 
でも大丈夫!なぜならそれは、京急だから(笑)
 
 
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800形は各停運用、韋駄天 ミニスカ ブルスカ快特で横浜から猛追します!


金沢文庫で追い抜きを確認し、先回りして待ち構えたのは


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ホーム端に湘南電鉄時代のトンネル坑口が残る、横須賀中央駅


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実は時刻表上は先発の、上り快特に被られるんじゃ、、、と冷や冷やしました

さて、この800形の復刻塗装編成、せっかく復刻されたのですが、なんか余計なラッピングが付いてますww
 
嬉し恥ずかしハートマークは、バレンタイン&ホワイトデーを控えたこの時期、毎年京急が1本だけ走らせる、幸せのハート型吊り革が隠された、LOVE TRAIN バージョンに抜擢された証です♪

オリジナルの復刻塗装だけの姿(先週くらいまではそうだったはずです)も見たかったのですが、それはシーズンが終わってからのお楽しみ、ということで、、、
おそらく800形が LOVE TRAIN に充当されるのは今季1シーズンだけだと思われますので、その姿を記録することもまた良しといたしましょう。
 
 
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で、横須賀中央から快特で追うと、堀ノ内でまた追いついちゃうのです


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ここは本線と久里浜線の分岐点

左が浦賀へ向かう本線、右が三崎口方面の久里浜線です

今は快速特急など、都営浅草線からの直通車も含め久里浜線系統に入り、こちらが本線のようですが、歴史的には浦賀へ向かう線が、京急の本線となります。
 
 
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ジャンクションらしい、活気ある往来が見られます


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ジャンクション側ホーム端に、小さな踏切がありました!

堀ノ内駅は、ここで2系統に分かれる要所の駅ですが、上下線のホームをつなぐ連絡通路が品川寄りの端の方にしかなく、職員の便宜のために設けられているようです。

通常こういう場合、普通に踏み板の通路だけで、職員は指差し確認のみで往来するものですが、二方向に複雑に発着するからなのか、このような小さな踏切となったのでしょうか?
背が低いのに、一人前に方向の矢印表示や小さな遮断機まで備わっているのが愉快です。
 
 
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と、そんな観察をしているうちに、浦賀からLOVEちゃんが戻ってきました


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正面のハートマークがなんだか可愛いです♪


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この堀ノ内駅、わかりにくいですが家並みの向こうに、僅かに水平線が見えるんです


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オバハン(失礼)にもご利益あるのか!?ww

この電車、ここで久里浜方向からの上り快速特急に接続するので、そっちに乗ってまた先回りします。
 
 
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やって来たのは、両人差し指を口に突っ込んで横に広げて言ってはいけない金沢文庫


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到着!チビちゃんも釘付けョ


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出発をお見送りして、今度は後続のエアポート急行で追走します


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南太田で追い抜いて、日ノ出町で対向ホームに走って迎撃


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ここはかつて京急が、京浜電鉄と湘南電鉄に分かれていた頃の分界点でした


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品川寄りには開業当時からの上屋の鉄骨が残り、上りホームには、三浦半島のタイル絵が描かれた柱などがあります。

ちょうどこれも1本しかない、快速特急用としてデビューした当時の塗装に復刻された2000形の、エアポート急行がやって来ました。
 
 
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桜木町までは、ここから歩いても10分ちょっとです
 
 
 

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