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1888年のSeoul
1910年8月22日、韓国併合ニ関スル条約(日韓併合条約)が調印された。
8月22日の日韓併合の日に因み、本日より数回に亘って日韓併合への過程を紹介していく。
大まかに言うと、1876年の日朝修好条規によって日本は、「朝鮮国は自主の邦にして日本と平等の権を保有せり」と表現し、李氏朝鮮を諸外国に先駆けて「独立国」として承認、清朝の宗主権を否認した。
それでも、朝鮮を属藩としか考えていなかった清朝は1894年に日清戦争を起こしたが、日本に敗れて下関条約を締結し、朝鮮が独立国であることをついに認めた。
その後、朝鮮は大韓帝国となったが、事実上の財政破綻などで独立維持が困難となり、更に日露戦争の最中に日本を裏切ってロシア側に付いたことなどもあって日露戦争後の1905年に第2次日韓協約によって日本の保護国となった。
それでも大韓帝国の財政再建などは失敗に終わり、1910年8月22日に日本に併合してもらうことによって国家の破綻と滅亡を回避した。
まずは、併合前の朝鮮(大韓帝国)の街の景観を紹介
―――――――
『政治史』第77巻、豚犬的生活五より
細井肇著「漢城の風雲と名士」
「韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花(人糞の比喩)が場所も構わずにあちらこちらに咲き乱れいて、足の踏み場もなく潔癖な人は一目その不潔さと臭気の酷さに驚くのである。
(中略)
現に、この国(韓国)の中央都会である京城(ソウル)のような、「韓国の帝都」と言われる都市でさえ至る所に人糞や牛馬糞を見ないことはなく、辺りに漂う恐ろしいほどの臭気は人の鼻を襲い目を顰めない人はいない。
さらに京城市内(ソウル市内)を流れている川には、そこに隣接する各家々から排せつされる糞尿が混じり、川の水は黄色に染まり、ドロドロとなっているなど目も当てられない光景であるが、韓国人はその水を洗濯に使っている。
全く持ってとんでもない話である。
毎年夏期になると京城(ソウル)では伝染病が流行し、その伝染病にかかる患者の殆どが韓国人であり、大流行時には何千人もの患者を出すことも珍しくはない・・・」
―――――――
「最近朝鮮事情」明治39年(1906年) 清水書店より
(本書は衆議院議員で中国新聞社主筆でもあった荒川五郎の朝鮮視察記)
五、六人以上朝鮮人がいるうちには必ず一、二人は痘痕(あばた=天然痘が治った後、顔などに残る窪みのこと)の者がある
これは衛生の思想の無い明らかな証拠で、天然痘が流行しても種痘をしてこれを予防するなどの考えも無ければ、またその道も開けていない
だから今どき日本の内地には痘痕面(あばたづら)の人はメッタに見られないけれども、朝鮮では至る所にこれを見ることができる
しかし今では種痘も漸次広まりつつあるそうである。
朝鮮は概して飲料水がよくない上に、朝鮮人の無頓着なることは、雨が降って河川が赤濁っておっても、これを濾(こ)して用いるなどの考えは、更に無い
そこで赤痢じゃの、腸チフスなどの病気がとかく発生しやすい。
(中略)
朝鮮人の不潔ときたら随分ヒドイ
てんで清潔とか衛生とかいう考えはないから、いかに不潔な家でも、いかに不潔な所でも一向平気で、濁った水でも構わないどころか、小便や大便の汁が混じって居っても、さらに頓着せずにこれを飲む
実に味噌も糞も朝鮮人には一所である。
といえば朝鮮に行かない人には、極端の言いようのように思われるかも知れないが、事実その通りで、一例をあぐれば、家を造るに、壁土の中に馬糞などを混ぜて喜んでこれを塗る
その訳は馬糞を混ぜると壁が堅くなって泥が落ちにくいというている。
さらに驚くべく信じ難い程であるのは、朝鮮人は小便で顔を洗い、気目がよくなるというて居る
また小便は腎虚や肺結核や解熱等に有効じゃというてこれを用い、また強壮剤じゃというて無病の者でも飲んでいる
いよいよ病気が重くて生きられまいという時は、大便を食べさすということも聞いている
なんと驚かしいことではないか。
塵や芥(ごみ)がばらけておろうが、物が腐って臭かろうが、食物に蝿などがたかって汚しても、更になんとも思わないで、年中風呂に入るの、湯をつかうのということは無い。
―――――――
『朝鮮における司法制度の近代化の足跡』友邦協会編より
元京城控訴院判事 山口真昌氏の1908年6月の証言
「道路は非常に狭く、しかも糞尿は至るところ道ばたに落ちているという有様でした。
井戸水は混濁していて、風呂に入れば茶色の湯で、かえって身体が汚れるような感じで、飲料水は石油の空き缶一杯で何銭(当時のお金の単位)で買ってきて使用すると言う状態で(要するに飲料水は買わなければならなかったと言うこと)、電灯は今だ一般の家庭には普及しておらず、私たちが当時借家としていた家にはその設備(電灯)が無いためランプを使用しておりましたが、冬になると寒気が激しく、石油が凍って段々と光りが薄暗くなり、仕事が出来ないほどでありました。」
―――――――
「釜山で朝鮮が私に与えた第一印象は、さほどいいものではなかった。
道は狭く不潔で、家屋は低くて見栄えがしなかった。
日本のように人目を引く商店や、古い寺などもない。
四方から悪臭が漂い、戸外にはごみが積もり、長い毛をだらりと垂らした犬が集まってきては食べ物をあさっている。
あちこちに乾上った下水道があるが、そのべとべとした底ではいろんな汚物が腐りかけている。
そしてその中で髪の毛の長い子供たちが遊んでいる。
朝鮮の海辺の村落を通り抜け、車夫らは道がより広く比較的きれいな、日本風の市街地へ向かった……」
ビショップ婦人は「三十年前の朝鮮」バード・ビショップ 1925年」で朝鮮についてこう書いている
『25万人の同市民は地上に瓦または藁を並べた一階屋の下に潜り込んで生活している。いや、不潔な道路に蠢動(しゅんどう)していると形容したほうがよいだろうか。その道路は広くても二頭の馬が並ぶことができない。狭いところで一人の荷を担いだ者が往来を塞いだほどである。路傍には悪臭が芬々(ふんぷん)とする溝があり、路面は埃まみれの半裸体の子供と、獰悪(どうあく)な犬とによって占領せられている』
『市街の中心を西から東へ流れる下水道は、市中の汚水を夜に昼に絶えず城外に排泄している。そのために下水道の泥は真っ黒で幾世の昔からの濁水によって染められ悪臭を空中に放散して旅人を悩ましている』
『南山の中腹に日本公使館があるが、木造で白塗りの建物としてはあまり感心できない。その麓に日本人居留地があり、約五千人の日本人が小さな天地をつくっている。料理店もあれば、劇場もある。朝鮮人町と反対に清潔でよく整って気持ちがよい』
婦人はソウルは「世界一不潔な都市」とまでいっていた。
―――――――
語られざる「善政」
今お話したように、統治時代のことについては戦後誇張されているウソがいっぱいあるわけですが、実際には「一視同仁」を実現するために、朝鮮総督府は本当によくやったと思います。
例えば、併合直後に朝鮮に渡った私の大叔父の話によると、釜山港に上陸したら道らしい道がないことに驚いたそうです。
なかには、道の真ん中に家が建っているところもあった。
なぜかと言ったら、とにかく千三百年間支那の属国でしたから、道路を作ったら侵略されるということで、道らしい道がなかったのだそうです。
それから、家にトイレもなかったから、臭いもすごかったすごかったそうです。
朝鮮人は部屋の中で用を足し、その大小便を朝、窓から外へ捨てるから、もう臭くてプンプンしていた。
伊藤博文が仁川で上陸してソウルの王宮まで行くのに、臭くてとてもかなわんということを書いてますけれども、当時の朝鮮の人に言わせるとそれがいいと言うんだ。
異民族が侵入してこないためにもこれがいいんだと。
そういう非衛生的な状態が蔓延していたから、コレラ、チフスがすぐ出る。
それに、病院がないから人がばたばた倒れて、その辺にごろごろしていた。
大叔父はそのような話をしていました。
日本人はそういうところに行って、街路をきれいに整備した。
そのお陰で朝鮮は三十六年間で近代都市に生まれ変わったんです。
また、病院をどんどん作って衛生思想を普及した結果、コレラ、チフスといった伝染病が根絶され、餓死者が一人も出なくなった。
餓死者というのは、栄養失調だけでなくて病気もありますからね。
この功績はいくら強調してもしすぎることはないと思います。
そういう朝鮮総督府の善政は、朝鮮の民衆が一番よく知っていたはずなんですよ。
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旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。
2007/8/21(火) 午前 1:03 [ 平和主義者 ]
記事を読んでいるだけで臭ってきそうな朝鮮です。。。
おえっ(>_<)
傑作ポチッ☆
2007/8/21(火) 午前 1:28 [ war*uk*doni**fukuki*ar*0*13 ]
中国が世界におこなった仕打ちを考えれば
日本が朝鮮に中国におこなった恩恵をかんがえれば
朝鮮が中国が日本におこなった仕打ちを
考えれば朝鮮人は中国人は何も言うなこのアホ!
2007/8/21(火) 午前 3:19 [ 平和主義者は糞尿だらけ ]
この真実に朝鮮の南部の人たちも気づくべきですね。
2007/8/21(火) 午前 3:49 [ zc ]
いまでも糞を嘗めているのに、日本の功績など認められるとというところなんでしょう。傑作に○!
2007/8/21(火) 午前 8:29 [ 太郎ともも ]
写真から臭ってくるようで・・・ 傑作!
2007/8/21(火) 午前 9:10
朝鮮、韓国人は「世界で一番不潔な国」だった自分たちの歴史を認めたくないんですね。それで捏造ですか?
2007/8/21(火) 午前 9:57
www上の写真なに?収容所?え?首都?ソウル?wwwwwプゲラ
嫌韓流はやっぱ勉強になったな。いまも売ってるかな?
2007/8/21(火) 午前 10:20 [ ぷーすけ ]
そのとおりです、何もいうことはありません。すべてコーヒーさんの主張どおりです。
2007/8/21(火) 午後 0:05
やっぱ、あれだけアホな行動とって、始終暴れてるのはウ○コ食ってた子孫(現在進行形?)だからか〜 分ってきたぞ! (f´▽`)エヘ
傑作☆ピカッ!
2007/8/21(火) 午後 2:34
ミソクソ、クソミソ、汚い言い回しですが、朝鮮人の生活形態をあらわすのに最も適した言葉ですね。この事実は認めたくないでしょうが、「歴史を鏡に」と大統領も言ってるのですから、目を見開いて受け止めてほしいものです。ポキッ
2007/8/21(火) 午後 3:58
中国新聞て、当地の支那新聞のことですよね。以前はまともな事書く人もいたんだなあ。
2007/8/21(火) 午後 10:06 [ mat*ka*ak*royon ]
昔のこととは言え、きっついなあ・・・ポチィ♪
2007/8/22(水) 午前 9:44
韓国人が、“朝鮮人”と言われると侮辱と受け止めるそうですが、朝鮮人という名を今でも使われると、民族としての過去の歴史を暴かれ、周知されてしまうからだと思います。
過去の惨めな歴史の劣等感から来る反動とそれらを覆い隠すための捏造から生まれた自尊心の高い民族性。
韓国人は、相反する劣等感と自尊心が混在している民族な気がします。
まだまだ、朝鮮人が火病を起こしそうな写真はありますしね。傑作ポチ。
2007/8/22(水) 午後 7:09 [ ]
1/自称平和主義者が多くの良識派ブログにおこなった仕打ちを考えれば、自称平和主義者は何も言えないような気がする。
2/問題なのは、当の韓国人より、媚韓派の日本人ですね。
2007/8/24(金) 午前 8:47 [ Harimao ]
[ zc ]さん。はい、朝鮮の南部の人たちも、北部の人たちも、世界中の人たちも、真実を知っておく方が良いでしょう。
2007/8/25(土) 午前 1:14
[ mattkanakeroyon ]さん。1906年のことですからね。
さすがに「支那新聞」も今とは違っていたでしょう。
2007/8/25(土) 午後 5:37
私なりに史料を元に考察、感想を添えて作ったものですが、TBさせて頂きます。
どう見ても、日韓併合により朝鮮人の生活は、改善、向上しております。
朝鮮人は、いい加減認めましょう。見苦しいです。
2007/8/26(日) 午前 0:12 [ ]
酷かったんですねェ〜!!
2と3が楽しみです!
プリントアウトして職場で
休み時間にまた読みます!
キポッ♪
2007/8/26(日) 午前 5:49
朝鮮人は糞喰うニダ!小便呑むニダ!犬コロ喰うニダ!
まさに朝鮮は美食の国ダ!ホルホル!歌うニダ、「低脳民族」!
チョ〜センマンセ〜♪
チャングムもびっくりな〜雑食ウマウマ〜♪
痘痕民族〜ナノニ自称世界一美男美女(wプゲラ)〜♪
国民の大多数が整形〜マネキン面〜♪
なにを思ったかノムヒョンおめめを二重に整形〜(wプゲラッチョ)♪
朝鮮〜朝鮮〜単細胞国家〜♪
2007/8/26(日) 午後 0:45 [ ぷーすけ ]
[ Harimao ]さん。そうです。アホな日本人が多過ぎます。
2007/8/27(月) 午前 6:50
属国の運命を高麗に見る
元からの高麗の使者は、高麗王からの添え状も持っていた。そこには、
「蒙古皇帝は貴国と通交をしたいだけで、貢献を求めるものではない。天下に名を高めたいだけである。」とあった。
蒙古と通交するということは、蒙古に服属し、命じられるままに貢物を納め、軍兵を差し出さなければならないことを意味するのを一番知っているのは高麗だ。
1231年、蒙古の使者が来た。
「貢物は、欲しくないものばかりだ。別の財宝を持ってこい。兵士の衣服を、百万人分を調達せよ。馬10000匹を持ってこい。王子・王女など、身分が高い家から子女を供出せよ。男女1000人を蒙古皇帝に贈れ。これらは迅速に行え。」
1232年、高麗は蒙古に
「要求された貢物が多すぎて調達困難である。現在集め得たものを贈るので、考慮願いたい」と。
この属国の運命を日本は辛うじて逃れた。
2012/2/12(日) 午前 10:36 [ 災害復興に有資格者の叡智を結集 ]