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世界の食料問題についての邪説を考える
ある宗教では食料問題を次のように書籍に記載している
*愛とは分かち合いです。
分かち合いができたときこの地上からさまざまな不幸が消えていくのです(41p)・・・一部のものが独占してしまうから飢えて死んでいくもの達がいる。(44p)
世界の食料問題は人口の爆発、貧困、異常気象、価格高騰、水資源問題等がその原因とされている
『愛とは分かち合いであるという』という説は一見、正しいように思えるが、大きな問題が含まれていることに気がつかねばならない
分かち合うといことが正しいとしたならば、貧しいものが富めるものから 奪うことが正しいことになる
これは 共産主義の正当化を意味している
嫉妬を助長するような教義は邪教を意味している
共産主義はユートピア論としては、魅力をもつものであるが、その中の嫉妬の正当化が不幸をもたらし、
それが発展を阻害することを、認めなければならない
たとえば 野球界のイチローや松井や松坂は頑張って多くの年収を獲得しているが、実力がなく、仕事を追われるものに、仕事がないのは、収入がないのは富めるものが独占しているからだ
というならば すぐれたものは 頑張ることに意義が無くなり その悪平等が、発展を阻害する
がんばった者には 頑張った報酬が与えられことを 公平という
平等とはチャンスの平等をいう、一部の利権に平等はない 是正が必要である
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ワーキングプア・老人医療等・・・・・・極端な平等の奥に隠れた嫉妬の合理化は異常な世界を作り出すことに注意しなければならない
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そう断言できるかな。お金をもうけることがへたくそでも世の中によい影響を与えている人は必ずいる。
さういうひとにわたしはなりたい。
お金儲けをあきらめたからそう思うのかな。もともとあまり執着はなかったけど。
2008/6/11(水) 午後 3:48 [ 白鳥座X−1 ]
白鳥座X−1さん
こんにちは いつもありがとうございます
ご返事遅くなりました。ご意見、ごもっともですね
市民マラソン大会でみんな頑張っても 結果がちがいます。途中棄権の人もいます。苦しんだ人も 投げやりになる人もいるとおもいます
助ける人もいなければ、倒れた人は助からないし、終わった時には、全員がんばった。よかったと思えるのが よい大会なのでしょうね
力のあるひと、体力のない人は、大会に対する考えも違うでしょうね
トップランナーのあの人は良い靴をはいているとか、練習施設が違うとか、それが事実であってもそんなこと言わないと思うんですね
人種や経験や知識が違うから参加出来ないようになってもいけないとおもいます
そんな大会に参加できてみんなと一緒に走れることがうれしいことだとおもいます
世界とか 社会とか
人生もそういうものじゃないのかなと思っています
ありがとうございました
2008/6/15(日) 午後 3:15