播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。

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昨日の天気予報では、今日は雨が降るとのことでしたが、外を見てもまったく雨が降りそうな気配がありません。
昨日の朝はこむら返りの激痛で目が覚めて、半日ほど右足に違和感があったので山へは行かなかったのですが、今日は右足の違和感も完治し、山へ出かけても問題なさそう。

いつもは行き先に悩みますが、今日は違います。

姫路市の苫編山(とまみやま)の山頂にある反射板が撤去されて苫編山が大展望の山になっていると「TAJI & HMの兵庫の山めぐり」(http://taji-hm.la.coocan.jp/)で知り、是非その大展望を楽しみたいと思っていたのです。

苫編山だけ往復してもつまらないので、苫編山〜籾取山(もみとりやま)山塊を南から北へ縦走することにしました。

南端はJR英賀保(あがほ)駅、北端はJR播磨高岡駅が最寄りの駅です。

播磨高岡駅のあるJR姫新(きしん)線は本数が少ないため、いつものようにJR姫路駅に自転車を止めていると、下山後に姫路駅へ戻るための列車待ちの時間がもったいない。

播磨高岡駅に自転車を置いておけば、列車を待っている時間で自宅まで帰れます。
というわけで、本日のプランは次の通りにしました。

自宅から自転車でJR播磨高岡駅へ行き、自転車を播磨高岡駅に置いて姫新線で姫路駅へ。
姫路駅で列車を乗り換えて英賀保駅に向かい、英賀保駅から山塊を北へ縦走。
播磨高岡駅近くに下山し、自転車で自宅へ帰るという行程。

イメージ 1
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「姫路北部」「姫路南部」。(マウスポインタを地図に載せると現れる右下の虫眼鏡アイコンをクリックすると、拡大表示されます)

09:45
姫路市街の自宅を自転車で出発。

10:05
JR播磨高岡駅に到着。
駐輪場に自転車を止めます。

10:10
姫路行の普通列車が播磨高岡駅を発車。

10:15
姫路駅に到着。

10:22発の下り列車に乗るべく山陽本線下りホームへ向かいましたが、朝に大阪方面で発生した人身事故の影響でダイヤが大きく乱れており、先発の下り普通列車は10:37発とのこと。

その10:37発の下り列車も、遅れている新快速列車の乗客の乗り換え待ちをしたため、結局下り列車が姫路駅を発車したのは10:43。

10:47
播州赤穂行の列車は、定刻より6分遅れて英賀保駅に到着。

英賀保駅の出入り口がある南側には、下りホームがあります。そのため、列車を降りるとすぐに改札口があって駅の外へ出られます。

今回登山口として選んだのは、苫編山のある山塊の南西端、配水池のある尾根の先。

登山口に行くには線路の北に行く必要があるので、駅を出たらまず駅の西にある跨線橋で線路を渡って左側の階段で降ります(跨線橋は北端で突き当たり、左右に階段が分かれています)。
線路の北に降りたら線路沿いに西へ。

250mほど進んだ所にある丁字路を右へ曲がり、道なりに進んでいけば目的の尾根の先端付近へ行けるのですが、途中が工事のため通行止めになっていました。

そこで、スマホでGoogleマップを見ながら歩こうと思いましたが、2017年3月26日現在Googleマップに載っていない新しい道が出来ていて、きょろきょろしながらその新しい道を進み、途中から尾根の方へ向かう細い道に入りました。

工事の進捗に応じてこの辺りの道の様子は変わるかも知れないので、今回のルートに挑戦してみようとお考えの方は、現地の交通規制に従い、スマホの地図などを頼りに登山口を目指して下さい。

イメージ 2
▲山崎浄水場(地図内「山崎浄水場」)と尾根の間の道へ入る

今回の登山口は、尾根の上にある巨大なタンク(山崎配水池)への管理道の入口。
その管理道は、山崎浄水場に並んでいる大きな貯水槽の内、北の端にある貯水槽の東側から始まります。

下のURLをクリックすると、登山口の位置がGoogleマップで表示されます。


11:03
山崎配水池へ続く管理道(擬木階段道)の入口に到着(地図中「登山口」)。

イメージ 3
▲山崎配水池へ続く擬木階段道の入口

擬木階段の道はつづら折れですが比較的急な斜面。
階段だとついつい歩く速度が上がり、バテてしまいました。

11:09
巨大なタンクのある山崎配水池を通過(地図中「山崎配水池」)。
ここは山崎城跡だそうですが、配水池の建設のため遺構はほとんど破壊されているようです。

イメージ 4
▲山崎配水池

配水池から先も明確な道が続いています。

11:14
巨大なタンクの南側を回り込んで北へ尾根を登って行くと、86m標高点には「城之台」と刻まれた碑が立っているのに出会いました。
南側の一画だけ木々が伐採されていて、少し展望が楽しめます。

刻まれている「城」は山崎城のことかな。
ただ、この付近には山城跡らしき痕跡は見られません。

イメージ 5
▲「城之台」碑がある86m標高点

11:22
突然右側の視界が開けました。
そこにあったのは、近年はやりの太陽光発電施設(地図中「太陽光発電施設」)。

イメージ 6
▲太陽光発電施設

好展望だったのは太陽光パネルのある場所だけで、再び展望のない山道に戻ります。

今回のルートは、大半が同じような雰囲気の場所で、ほとんど変化はありませんでした。

イメージ 7
▲今回のルートの大半はこのような道

この後は特に見所も無く、苫編山山頂までは多少のアップダウンを繰り返しながら延々と同じような雰囲気の道が続きます。

途中で何カ所か分岐がありますが、どれも道標はありません。
しかし、方角を考えれば進むべき道は分かるはず。

苫編山山頂までに出会う明確な分岐は、全て左が正解。
右の道を選ぶと、南へ延びる尾根伝いの道へ入るようです。

苫編山山頂の手前は展望の良い露岩の尾根になっていて(地図中「露岩の尾根」)、当初はここで昼食を摂ろうかと思っていましたが、「とりあえず山頂の様子を見よう」と思い、先へ進みました。

イメージ 8
▲岩尾根の様子

11:40
三角点標石の脇を通り、苫編山の山頂(165.6m三角点。地図中「苫編山」)に到着。

噂に聞いていたとおり、反射板は土台を残すのみできれいさっぱり撤去されており、大展望が広がっていました。早まって先ほどの岩場で食事をしなくて良かった。

反射板跡地の周囲に残るブロックや段差がちょうど良い椅子になり、休憩や食事に最適。

どれだけ展望が良いかは、下のパノラマでご覧いただけます。

イメージ 9
▲苫編山山頂の三等三角点標石(点名:苫編)

イメージ 10
▲苫編山山頂の反射板跡地

▲苫編山山頂で2017年3月26日に撮影した全天球パノラマ。(全方位を撮影したパノラマ。画像内を上下左右にドラッグして色々な方向を見られます。要Flash Player。)

Flash非対応のブラウザをお使いの場合や、大きな画面でパノラマをご覧になりたい方は、下のURLをクリックして下さい。


東西方向は見通しが悪く、20kmほど離れたところはもう霞んで見えません。

しかし、北方面は直線距離で45kmほど離れた駒ノ尾山〜後山山塊が雪をかぶった姿が肉眼でも見えました。

イメージ 11
▲苫編山の山頂から雪をかぶった駒ノ尾山〜後山山塊が見えた(山が見えやすいように画像処理を行っています)

この景色を見ながら頂く本日の昼食は、アマノフーズのフリーズドライ「畑のカレー」とお茶碗1杯分の白飯。
フリーズドライでここまできちんとカレーが再現できるのかと驚くほどの品質です。

イメージ 12
▲本日の昼食(アマノフーズの「畑のカレー」と、家から持ってきて湯煎で温め直した白飯)

12:35
景色と展望を満喫したので、下山開始。

反射板跡地の北東隅付近から始まる、トラロープが張られた急坂を北へ下ります。
ロープがない区間も一部ありますが、基本的にこの下り坂はなかなかの急斜面。

12:40
急坂を下り切ったところは、伯母ヶ谷峠(地図中「伯母ヶ谷峠」)。
峠とは言っても、東へ下る道は消失しかかっています。しかし、西へは綺麗な道が下っていました。

12:48
伯母ヶ谷峠から北へ登り返したところにある小ピークを通過。
ここには、古墳の石室のように見える岩があります。

地形図では破線道の三差路になっていますが、実際は西への道もあるらしく、路面の岩に赤い塗料で十字型の矢印が書かれていました。

12:50
「陸軍省所轄地」と刻まれた標柱に出会いました(地図中「陸軍省標石」の内一番南側)。

登山道のすぐ脇に立っており、道から見ると「第二一号」と刻まれているのだけが見え、裏側に前述の文言が刻まれています。

イメージ 13
▲陸軍省の標石

余談ですが、私の親戚にこの付近に住んでいた戦争経験者がいますが、その方によると南の新日鉄の工場に高射砲が複数設置されていて、姫路空襲の際はそこから発射された高射砲弾の破片がこの尾根の東側一帯に降り注いだそうです。

12:53
2本目の陸軍省の標石を通過。

その後すぐ境界標石のようなものに出会いましたが、よく見ると「陸」の字が刻まれていました(地図中「陸軍省標石」の内中央)。

イメージ 14
▲陸軍省の短い標石

この標石を見た後に視線を上げると、東に延びる広い尾根上に何やら人工物のようなものがあるのがヤブを通して見えました。

「戦争遺跡か!」と期待に胸を膨らませてヤブへ突入。
出会ったのは、確かに人工物で遺跡と呼べるものですが、古墳の石室でした。

イメージ 15
▲ヤブの中にある古墳

ヤブの中を歩いたので、念のため登山道に復帰した後ズボンをチェック。
すると、いました。マダニが何匹もズボンの表面でもぞもぞ動いています。
一匹ずつ指ではじき飛ばし、全身をチェック。

服を脱いで半裸になるとマダニが直接体にくっついてきて危険ですから、服を着たまま体をねじって出来るだけ広い範囲を観察し、マダニを綺麗に取り去りました(どうしても見えないところはチェック自体を諦めた)。

12:58
3本目の陸軍省の標石を通過(地図中「陸軍省標石」の内一番北側)。

新幹線の西庄(さいしょう)トンネルが真下を通っている157m標高点の前後は、他と違ってシダが多く生えています。
逆に言うと、シダが出てくると157m標高点が近いということ。

13:01
JRの西庄P6鉄塔下を通過(地図中「西庄P6鉄塔」)。

イメージ 16
▲西庄P6鉄塔下の様子

13:05
西庄P5鉄塔下を通過(地図中「西庄P5鉄塔」)。
この鉄塔には、この山塊の登山道を記した地図が貼られていました。

イメージ 17
▲西庄P5鉄塔に張られていた地図(マウスポインタを地図に載せると現れる右下の虫眼鏡アイコンをクリックすると、拡大表示されます)

鉄塔の真下で道は二股に分かれていますが、縦走路は左。

西庄P5鉄塔から北への下りは要注意です。
次の山田峠までの間だけで、数カ所の分岐があるのです。

すぐ先で合流する分岐ばかりだと思いますが、おかしいなと思ったら引き返して下さい。

山田峠への下りにもトラロープが張られていますが、こちらは苫編山から北へ下る坂にあったのとは違い、ほぐれて黒い部分だけが残った古いトラロープでした。

13:13
山田峠を通過(地図中「山田峠」)。

この峠の西はJRの変電所、東は循環器病センターで、登山用に利用する人が少ないのか、東西への道はほとんど歩かれている形跡がありませんし、東への道は木の枝で通せんぼされています。

イメージ 18
▲山田峠の様子

山田峠からの登り返しは、斜度がゆるくて楽です。

13:32
籾取山(もみとりやま)山頂手前の反射板横を通過。
反射板の周囲を時計回りに進めば、反射板の敷地の北東隅から縦走路の続きに入れます。

イメージ 19
▲反射板の横を通る

13:34
西日本新姫路線4番鉄塔の下を通過(地図中「西日本新姫路線4番鉄塔」)。
鉄塔の背後にある岩の斜面を登ると、三角点標石のある籾取山山頂です。

イメージ 20
▲本日歩いた稜線を鉄塔下から振り返る

13:38
四等三角点標石(点名:籾取)のある籾取山の山頂を通過(地図中「籾取山」)。
三角点標石の他に、「伏見宮貞愛親王殿採蕨之跡」と刻まれた碑(折れている)があります。

イメージ 21
▲「伏見宮貞愛親王殿採蕨之跡」の碑

籾取山の山頂から北へ進む区間だけは、私にとっては楽しいイワイワした道。
しかし、楽しい道は東へ向きが変わるまで。

イメージ 22
▲籾取山山頂北側の尾根道の様子

実は、この東側の谷間にある高校が私の出身校なのですが、その谷の最奥にあたる部分(鬢櫛山:びんぐしやまの南側斜面)をこの尾根道から見ると、切り立った崖(石を切り出した跡?)があり、その下に大量の岩が積み重なっているように見えました。

この山は、その昔お城の石垣を作るために石を切り出していたそうですが、その時の主な切り出し場所が谷の内側だったのかな。

イメージ 23
▲鬢櫛山の南側斜面(右下は山のように岩が積み重なっているように見える場所)

籾取山北のイワイワした道にも、石を切り出すための矢穴が残っています。

イメージ 24
▲矢穴が残る岩

13:53
鬢櫛山(びんぐしやま:186m標高点)を通過(地図中「鬢櫛山」)。

イメージ 25
▲鬢櫛山

13:57
東へ進む区間も、西日本新姫路線3番鉄塔の周辺だけは露岩の尾根になっていました(地図中「西日本新姫路線3番鉄塔」)。

イメージ 26
▲西日本新姫路線3番鉄塔周辺の様子

14:05
西日本新姫路線3番鉄塔からしばらく東へ進むと、突然急な下り坂が始まります。
そして、下り始めて間もなく丁字路に突き当たります(地図中「高校分岐」)。

この丁字路は右へ進むと高校の敷地内に入ってしまうので、左へ進んで下さい。
下り始めてから丁字路を左に入ってしばらくの間が、今回のルートの中でもっとも鬱蒼とした区間です。

イメージ 27
▲本日のルートの中でもっとも鬱蒼としている区間の様子

北東へ延びる尾根に入ると道は展望が良くなり、西飾磨支線1番鉄塔と西日本新姫路線2番鉄塔を過ぎて岩の斜面を下れば、鉄階段に出会います。

イメージ 28
▲西飾磨支線1番鉄塔(中央)と西日本新姫路線2番鉄塔(右)。これらの鉄塔の右側を通る

イメージ 29
▲西日本新姫路線2番鉄塔の先で岩の斜面を下る

14:17
鉄階段の先でプラ階段の斜面を下ると、変電所の南側に下山します(地図中「巡視路入口」)。

イメージ 30
▲鉄階段とプラ階段の道を下ると、下山完了

後は、変電所の西側の道を北へ進めば、すぐにJR播磨高岡駅に着きます。

イメージ 31
▲今回のルートの高低差を表したグラフ(カシミール3D)マウスポインタを合わせたとき右下に表示される虫眼鏡のアイコンをクリックすると拡大表示されます。


今まで当ブログで紹介した山の記録の一覧を公開しています。興味のある方はどうぞ。
山行記録一覧  ←クリック

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今日は加古川市の志方にある城山(中道子山:ちゅうどうしさん)に登ってきました。
ここは以前にも登ったことがあるのですが、その時は車道と擬木階段の道(本道)で往復するという味気ないルートでした。

今回は旧道(城があった当時の大手道)で登り、下山のルートはその時適当に考えるというおおざっぱな予定。
結局、主尾根を北西へたどる周回ルートで歩くことになりました。

イメージ 1
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「笠原」「加古川」。(マウスポインタを地図に載せ
ると現れる右下の虫眼鏡アイコンをクリックすると、拡大表示されます)

10:00
姫路市街の自宅を車で出発。

国道372号線を東進し、播但道をくぐって間もなくローソンのある交差点(信号あり)に出会うので、それを右折します。
これで県道65号線に入りました。

県道65号線をぐんぐん東へ進み、「志方皿池」交差点を左折。
この南北の道路は県道515号線です。

県道515号線を北へ400m進んで「志方小学校前」交差点を直進します。
志方小学校前交差点の60mほど先に信号の無い三差路があるので、それを右へ入って下さい。
この道は県道118号線。

これを道なりに進み、「志方東小学校東」交差点を直進して県道118号線を離れる(県道118号線は左折)と、今回の登山口まではあとわずか。

田んぼを右手に見ながら集落内の道を700mほど走れば、「城山登山道入口」と書かれた道標のある三差路に出会います。

これを左折して1車線幅の道路を少し進むと、登山者用の駐車場に到着。

イメージ 2
▲登山者用駐車場へ入る三差路の様子(ここを左折)

下のURLをクリックすると、駐車場の位置がGoogleマップで表示されます。


10:45
駐車場に到着(地図中「P」)。
靴を履き替えたり、GPS受信機の衛星捕捉を待ったり、山歩きの準備を整えます。

イメージ 3
▲駐車場の様子

駐車場には「官兵衛の妻 光(てる)ゆかりの地 志方の城山(中道子山城)」と題された看板が立っています。

官兵衛の妻 光(てる)ゆかりの地 志方の城山(中道子山城)
志方町の東の端に位置する山で、山頂には中世の城跡があります。室町時代に赤松一族が築き、約170年間続いた東播磨で有数の城跡です。軍用金埋蔵にまつわる歌や、羽柴秀吉の播磨攻めの時、敵の侵入を防ぐ目的で山腹に竹の皮を敷き詰めたが火を放たれ、兵糧米をまいて鎮火に努めたものの、落城に至ったという伝説が残っています。山頂への登山道は整備され、頂上からの眺望はすばらしく、北に七ッ池、東に権現ダム、西に高御位山、南は播磨灘まで見渡せる絶景です。
加古川市
(出典:駐車場の看板)

工事の案内看板も立っていて、山頂に放送設備を新設するために、本道と呼ばれる登山道に荷物搬送用のモノレールの軌道が敷設されていることが説明されていました。

工事期間は、掲示によると2017年1月30日〜2017年5月末(完工予定)とのことです。

10:54
出発。
駐車場から北へ進み、車止めのある車道へ入ります。

イメージ 4
▲車止めがある道へ入る

ここからしばらくは、1車線幅の舗装路歩き。

途中、新しい柵が道路脇に立てられているのを見ましたが、「何のための物かな?」と思って柵の外を見ると、太陽光パネルが山肌に設置されていました(地図中「太陽光パネル」)。
太陽光発電施設への進入や車両の転落を防止するためのものでしょう。

道を歩きながら左側の山肌や右の道路の下(谷)をきょろきょろ見ていると、石積みのようなものをいくつか見つけることが出来ました。

太陽光発電施設の東側には、城があった当時の大手道が通っていたようなので、城に関連する石積みなのかも知れません。

イメージ 5
▲山肌に残る石積み

11:07
巨岩のある旧道分岐に出会いました(地図中「旧道分岐」)。
巨岩の上の方には、毘沙門天の石像が祀られています。

イメージ 6
▲旧道入口(舗装路から見上げて撮影)

イメージ 7
▲毘沙門天像

毘沙門天像のある場所に着く手前で、山道が右へ分岐しているのに出会いますが、これが旧道です。

イメージ 8
▲毘沙門天像のすぐ下にある旧道入口(「城山旧道」の道標がある)

旧道へ入ると間もなく道は左に折れて、毘沙門天が祀られていた巨岩の頂部をかすめてさらに登って行きます(毘沙門天のある岩の頂部にも上がれます)。

イメージ 9
▲巨岩頂部から南方向の展望(オリジナルデータはモヤで白っぽかったため、画像処理を施しています。マウスポインタを合わせたとき右下に表示される虫眼鏡のアイコンをクリックすると拡大表示されます。)

旧道は短い間隔でつづら折れになっていて、パノラマ撮影機材やドローン等々、普通のハイカーさんが持たないような荷物で十数キロにもなったバックパックを背負っていても、楽に歩けました。

旧道には100m毎に小さなプレートがぶら下がっていて、山頂まであとどのくらいの距離があるのか分かりやすいのもありがたい。

山頂まで300mの付近では、地形図の破線道から道が外れます。

イメージ 10
▲旧道の様子(山頂まで300m地点)

ここから先の地形図の破線道は廃道になっているようですが、これが往時の大手道かどうかは不明です。
あるいは、地形図によくある単なる記載ミスかも知れません。

その先には「小毘沙門岩経由鎖場コース」の分岐がありました。
このときは「下りでこの道を通ろうかな」と考えましたが、結局今回は通らず仕舞い。

11:24
資材運搬用のモノレール軌道に出会いました(地図中「本道合流地点」)。
本道と合流したようです。

この付近が大手門跡だったのかな。

イメージ 11
▲モノレール軌道の下を通過する本道と旧道の合流地点(この左上にある郭跡に反射板がある)

ここからは整備された擬木階段の道。
少し登って石積と土塁に挟まれた櫓門跡を抜ければ、反射板のある削平地(二の丸)に出ます(地図中「反射板」)。

イメージ 12
▲モノレール軌道の向こうに関西電力の反射板(二の丸)

11:28
さらに登って行くと2つめの櫓門跡があり、それを抜けると大師堂が目の前に現れます。

イメージ 13
▲2つめの櫓門跡(最奥に大師堂)

櫓門跡と大師堂の間にはモノレール軌道が横切っていますが、軌道を越えるための簡易な歩道橋(?)が設置されていました。

イメージ 14
▲モノレール軌道を越えるための通路

モノレール軌道を越えた先は、八十八カ所巡りの石仏が郭の周囲に並べられた独特の雰囲気の空間です。

イメージ 15
▲郭の周囲に並ぶ石仏

大師堂に向かって左奥は、複数の削平地が並ぶ三の丸。

イメージ 16
▲三の丸跡(標柱のある郭跡の様子)

三の丸を一通り見た後に大師堂に戻ろうと思ったら、大師堂の北側斜面へ降りる道があったので、何かあるのかなと思ってそちらへ入ってみました。

この北側斜面にも削平地があり、金網で囲まれた何かが目に留まりました。
近づくいてみると、井戸跡。

綺麗に石の枠組が残っています。

イメージ 17
▲井戸跡

大師堂の方に戻ると、大師堂に向かって右前方に放送設備の建設現場がありました。

イメージ 18
▲放送設備の建設現場

大師堂に向かって右側には本丸への入口があり、そこには縄張図付きの看板が立っています。

中道子山城跡
 播磨国守護赤松氏範(氏則)によって築かれ、本丸・二の丸・三の丸から構成され、東播磨で最大の約66,000平方メートルの広さがあります。
 山城跡には、城攻めの時に、斜面に竹の皮を敷いたが火をつけられた、坂の上から鯛をかかげ食料があると見せつけたなどの伝説があります。
 本丸は、標高271mの山頂にあり、土塁囲いが残っています。本丸入口の米倉跡は、三方を土塁で囲み、内側には石垣を積み上げています。
 二の丸には、大手門と櫓門が造られました。大手門は、四脚門の構えをもつ山城跡最大の門です。櫓門は本丸への通路に二カ所あります。
 三の丸には、搦手(からめて)となる裏門があります。
 山城跡北側は、尾根を二本の堀切りで切断しています。また、谷間には井戸を作り、堤を築いて貯水池にしています。今も井戸の水は涸れません。
 山城跡は、大永年間(1521〜1527)までに築城され、火災後規模を大きくして再築城しています。これが現在の中道子山城跡です。この山城跡は、近世城郭へと移り変わる過渡期の姿を残しています。
 平成13年3月 加古川市教育委員会
(出典:本丸入口の看板)

イメージ 19
▲中道子山城跡縄張図

イメージ 20
▲本丸への入口

本丸への入口は、縄張図によると二重に門が造られていて、その間の三方が土塁に囲まれた場所には米倉があったようです。

イメージ 21
▲米倉があったとされる場所

11:39
城跡をウロウロしていたので時間がかかりましたが、ようやく一等三角点標石のある広い本丸に到着しました。

「赤松城趾」の大きな石碑の前に一等三角点標石があり、東と南にはベンチが置かれています。
西端には公衆トイレまでありましたが、汚物はどうやって処理しているんだろう。

本丸は、北側にだけ土塁が残っていました。

イメージ 22
▲本丸の様子

イメージ 23
▲一等三角点標石(点名:志方城山)

イメージ 24
▲公衆便所(不気味だったので入っていません)

▲志方城山(中道子山)山頂で2017年03月19日に撮影した全天球パノラマ。(全方位を撮影したパノラマ。画像内を上下左右にドラッグして色々な方向を見られます。要Flash Player。)

Flash非対応のブラウザをお使いの場合や、大きな画面でパノラマをご覧になりたい方は、下のURLをクリックして下さい。


高校生と思われる男の子数人のグループ、中年女性2人組、中年男性2人組が先客でした。
東と南は本来景色が良さそうですが、今日はモヤがかかっていて展望は楽しめません。

景色がよい場所のベンチは既に埋まっていたので、南向きに景色を楽しめそうな場所に折りたたみ椅子を置き、昼食を摂ることにしました。

本日のメニューは、袋入りの日清焼そば。

イメージ 25
▲本日の昼食(日清焼そば)敷いてあるのは、焦げ付きを防ぎ、後片付けを楽にするためのクッキングシート

12:30
下山開始。

本丸入口の縄張図を見ると、三の丸の先に堀切(ほりきり)があるとのことだったので、下山前にそれを見に行くことにしました。

三の丸は複数の削平地から成っていますが、一番下の削平地は手つかずの自然林。

その北端から下をのぞき込むと、深い堀切りが視界に飛び込んできました。
本丸入口の縄張図にあった「堀切2」です。

最下段の削平地の北東端にある搦手門跡から北へ下ると、簡単にその堀切へ行けます(地図中「堀切」)。

イメージ 26
▲搦手門跡

堀切は、尾根伝いに登ってくる敵の進攻を食い止めるため、尾根を切り通しのように掘り下げたものです。

この中道子山城の堀切は、岩を掘って作られた深くて立派なもの。
岩尾根だから、堀切がこれほど綺麗に残っているんでしょうね。

イメージ 27
▲三の丸に近い側の堀切

11:45
そのすぐ先にも2本目の堀切(縄張図の「堀切1」)がありますが、最初に見たものよりもさらに深いように見えました。

2本目の堀切を見物していたら、「七ッ池 1700m」と書かれたマーキングテープを発見。

七ッ池は、おそらく志方東公園の北にある池のことで、主稜線を北西にたどるルートでしょう。
しっかりした道もついています。

イメージ 28
▲七ッ池への道を示すマーキングテープ

この道は全く存在を知りませんでしたが、地形図を見る限りなだらかそうなので、この七ッ池への道を歩いて下山することに決めました。

道は明確でピンク色のテープがたくさんあり、迷うことはありません。
展望はありませんが、自然林の中のなだらかな道なので雰囲気は良いです。

イメージ 29
▲七ッ池へ続く道の様子

若干の登り返しが所々でありますが、基本的には下り基調で楽に歩けます。

13:04
「寄道処」と書かれた黄色いマーキングテープのある分岐に出会いました(地図中「展望岩場」のすぐ東)。
「20m」と書かれていて、そんなに近いなら何があるのか見てみようと思い、分岐を左へ。

あったのは、西方面に大きく開けた展望の良い岩場です。
次からは、人が多い本丸ではなくここで昼食を食べようっと。

本日は本丸跡でドローンを飛ばそうと思っていたのですが、人工物が多すぎて、ドローンの飛行を規制する航空法132条のルール(第三者や第三者の物件から30m以上離して飛ばさないといけない)を守ると飛ばせませんでした。

そんなわけで、今日はドローンを飛ばすのを諦めていましたが、ここなら飛ばせます。
ということで、ドローンで記念撮影。

イメージ 30
▲展望岩場の様子(ドローンで撮影)

イメージ 31
▲下山でたどってきた尾根をドローンで撮影(オリジナルデータはモヤで白っぽかったため、画像処理を施しています。)

ドローンを飛ばしていたら、トンビか何か分かりませんが、猛禽類が5羽ほど集まってきました。
ドローンに興味があるのか、周囲を旋回しています。

落とされても困るので急いでドローンを着陸させましたが、今度は猛禽たちが「バサッ」という羽音や「サーッ」という風切り音が聞こえるほどの近距離で私の周囲を飛び始めました。

「近いわっ!」と怒っても通じるはずも無く、大急ぎでドローンを片付けると、猛禽たちはどこへともなく去って行きました。
山でドローンを飛ばすときは猛禽類に要注意ですね。

13:18
下山再開。
七ッ池への道に戻り、北西へ下ります。

13:24
ピンク色のテープのある道が北と西へ分かれる地点がありました(地図中「分岐」)。
西へ進む方が駐車場に近そうなので、ここは西へ延びる道へ。

今まではマーキングテープがたくさんありましたが、西へ向きを変えてからはテープがありません。

イメージ 32
▲分岐から西へ下る道の様子(マーキングが一切無い)

13:27
突然道が広くなったと思ったら、テレビの共同受信アンテナに出会いました(地図中「共同受信アンテナ」)。

イメージ 33
▲共同受信アンテナ

アンテナから先は、アンテナの点検用の道になっているのか、幅が非常に広くて歩きやすい道になりました。
そして、この広い道は麓まで続きます。

イメージ 34
▲アンテナから先の道の様子

13:31
快適な道をるんるんと下っていると、突然道の左側にコンクリートの建物が現れました(地図中「水道施設」)。
その建物の脇で、道は二股に分かれています。

建物のすぐ横をかすめるのは、今まで通りの幅広の道。
建物から右へ離れるように付けられた道は山道。

せっかくなので幅広の道でこのまま楽に下ろうと思い、建物のすぐ脇の道へ入りました。

イメージ 35
▲水道施設(?)

13:36
車道に降りてきました。

車道に出る手前には、加古川市水道局の名前が書かれた「立入禁止」看板とバリケードが置かれていました。
これがあったので、あのコンクリートの建物は水道関連施設だと判断しました。

イメージ 36
▲幅広の道の終点(登山時は始点になる)はこんな場所

この後は車道を少しだけ西に歩き、田んぼの中の舗装道路を南へ進んで駐車場へ戻りました。

イメージ 37
▲田んぼの中のまっすぐな道を南へ進んだ

14:00
駐車場に到着。

往路をそのままたどって自宅へ向かおうとしましたが、播但道をくぐった西にある「上原田」交差点から渋滞で先へ進めません(交差点の先に渋滞の列の最後尾があるため青信号でも交差点を渡れず、私の目の前の信号が赤になると左右の道から国道372号線へ入ろうとする車が無理矢理入ってくるので、交差点内がカオス)。

無理して交差点を渡っても、その先も渋滞でトロトロとしか進めないのは嫌なので、当初は直進しようと思っていた上原田交差点を左折し、国道2号線で姫路市街へ戻りました。

14:55
自宅に到着。

イメージ 38
▲今回のルートの高低差を表したグラフ(カシミール3D)マウスポインタを合わせたとき右下に表示される虫眼鏡のアイコンをクリックすると拡大表示されます。


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先日、大型業務スーパーの「Costco(コストコ)」でレプリカの弾薬箱を購入しました(http://blogs.yahoo.co.jp/dfm92431/69381213.html)が、本物の弾薬箱がどんなものかを今回は紹介します。
(ミリタリー好きでないと、読んでもよく分からないかも知れませんが…)

弾薬箱は、山道具扱いするにはかなり無理があるのですが、私が山道具(固形燃料など)の保管に使用しているというだけのむちゃくちゃな理由で、山道具として紹介します。

概要

名前の通り、弾薬箱とは銃弾や砲弾、信管などの爆発物を保管、運搬するための箱で、一般的に銃弾などを入れておく小型の物は鉄製、砲弾のような大きな物を入れる箱は木製です。

どちらの弾薬箱も、おしゃれな飲食店などでインテリアとして飾られていることがあって驚きます。

大きな木製の弾薬箱やアメリカ軍以外の弾薬箱は持っていないので、この記事で取り上げるのは金属製の弾薬箱、それもアメリカ軍の物(2種類)だけです。

外観

比較的新しい弾薬箱は側面に製造年の末尾2桁が打刻されているのですが、私のは塗装の色が現在のものよりも濃く、製造年度の刻印がないので、古いものと思われます。

私が持っている米軍放出の弾薬箱は、サイズが2種類。
一つはサイズがおおよそ 275mm(W) × 96mm(D) × 185mm(H)のもので、M19A1というタイプの弾薬箱。

イメージ 1
▲我が家にある唯一のM19A1(マーキングのある面)

イメージ 2
▲我が家にある唯一のM19A1(上の画像の反対面。「EMPTY(中身無し)」の表示がある)

もう一つはM2A1と呼ばれるタイプで、サイズはおおよそ 296mm(W) × 155mm(D) × 195mm(H)。

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▲我が家に2つあるM2A1の内の一つ(初期型。マーキングのある面)

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▲我が家に2つあるM2A1の内の一つ(初期型。マーキングのない面)

M19A1やM2A1という書き方ではピンとこないと思うので、M19A1は「弾薬箱(小)」、M2A1は「弾薬箱(中)」と呼ぶことにします。(M2A1より大きな弾薬箱があるので、「大」ではなく「中」としています。)

30年ほど前、私が子供だった頃、小遣いを貯めて放出品のお店で購入したもので(当時は弾薬箱(小)が千円程度、弾薬箱(中)でも二千円未満で買えたと思います。)、当時は花火や爆竹、かんしゃく玉といった危ないオモチャを保管するのに使用していました(悪ガキでした)。

大人になってからは、アウトドア用の固形燃料等の保管に使用しています。

本来の使い方は、既に書いたとおり銃弾等の保管、運搬用で、中身が外から見てすぐに分かるよう、側面と上面に黄色っぽい塗料でマーキングされています(ネットでは「刻印」という表記をよく見ますが、刻印ではなく単に塗料を塗っているだけです)。

米軍放出の本物ですから現場で実際に使われていたわけですが、どういう使い方をされていたのかがマーキングから分かります。

例えば私の弾薬箱(小)のマーキングを見ると、以下のように書かれています。

イメージ 5
▲我が家の弾薬箱(小)弾薬箱側面のマーキング

1行目の「200 CARTRIDGES」は、弾薬箱の中身が「200発の銃弾」であることを意味します。

2行目の「7.62 MM」ですが、左端の丸で囲まれたプラスの記号がNATOを、7.62mmは弾丸の口径を表しています。つまり入れてあったのは7.62mm NATO弾だったことが分かります。その右の記号は「(機関銃用に)弾丸がM13リンクでつながっている」ことを意味します。

3行目の「CARTONS」は弾丸が「箱」に入っていることを意味し、その右側の記号は、弾丸がバンダリア(弾丸を携帯するための使い捨てバッグ)に入っていることを意味します。つまり、リンクでつながった弾丸が箱に入れられ、さらにその箱がバンダリアに収納されているという意味です。

4行目の「1− M62 - 4 ● M80」は弾丸の構成を表し、「曳光弾(※)(型番がM62)1発と通常弾頭(型番がM80)4発」というパターンの繰り返しで弾丸がリンクにつながっていることを意味します。
※曳光弾(えいこうだん)は弾道を確認するために特殊な火薬が尾部に詰められた弾丸で、発射されるとその火薬が燃えて、光を発しながら飛行します。戦場のニュース映像で弾丸の軌跡が見えているのは、この曳光弾です。曳光弾と曳光弾の間に、4発の通常弾頭が飛んでいるのです。

5行目はロットナンバーで、先頭の「LC」は製造所(Lake City Arsenal:レイクシティー造兵廠)を表しています。

6行目の「A131」は型番で、曳光弾1発・通常弾頭4発の順に並んでリンクでつながったもの(箱入り)が、バンダリアに100発収納されたものを2つ、合計200発の弾丸をM19A1弾薬箱に詰めたものを表します。

弾薬箱を並べると側面のマーキングが読めなくなるため、弾薬箱は上面にもマーキングがつけられています。

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▲我が家の弾薬箱(小)上面のマーキング(「M60機関銃またはM73機関銃用にリンクでつながった弾丸がバンダリアに入ったもの」というのが、このマーキングだけで分かる。M60やM73の口径は7.62mmなので、機関銃名があれば、弾丸の口径を表示する必要が無い。)

次に、我が家の弾薬箱(中)のマーキングも見てみます。
我が家には弾薬箱(中)が2つありますが、どちらもマーキングの内容は同じ。

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▲我が家の弾薬箱(中)側面のマーキング

1行目の「840 CARTRIDGES」は、弾薬箱の中身が「840発の銃弾」であることを意味します。

2行目の「5.56 MM」は、弾丸の口径を表しています。

3行目の「BALL M193」は弾丸の型番(BALLは通常弾頭の意)を表しています。

4行目の「10 RD CLIPS」は、弾丸が「10発ずつクリップでまとめられている」ことを意味し、

5行目の「BANDOLEERS」は、クリップで留めた弾丸をバンダリア(弾丸を携帯するための使い捨てのバッグ)に入れた状態で弾薬箱に収めていることを意味します。

6行目はロット番号です。

イメージ 8
▲我が家の弾薬箱(中)上面のマーキング(10発ずつクリップ留めになった弾丸が入っていることがこの記号から分かる。10発が1列になっていれば5.56mm弾、4発×2列の8発の記号ならクリップ留めの7.62mm弾。)

この場合のバンダリアは、ポケットが4つ並んだ布製のもので、それぞれのポケットに10発の弾丸をまとめたクリップを3つ(30発用の弾倉1本分)収納します。つまり、バンダリア1本で弾丸が120発。
このバンダリアは弾薬箱(中)に7つ収納できるので、合計で840発になるという計算です。

この布製バンダリアは「かさばる」「費用がかさむ」という理由で、アメリカ軍は布のバンダリアに代わるパッケージ方法を開発していたようです。

アメリカ陸軍のサイトに掲載されている2012年の記事では、透明なナイロンでできたバンダリア状の容器を開発していることが書かれています。
ナイロン製バンダリアは、30発入りのポケットが1つずつミシン目で切り離し可能で、部隊に支給された後の小分けが便利なのだそうです。

さらに、布製バンダリアは1つが1〜1.25ドルするのに対し、ナイロン製の方は格安とのこと。

ナイロン製バンダリアで5.56mm弾を梱包したら、1つの弾薬箱(中)弾薬箱に1,050発を収納できます(布製バンダリアだと840発)。

ただ、この新しい梱包方法が採用されたというニュースは聞かないので、布製バンダリアが使い続けられているのかな。

さて、完全にミリタリーマニア向けの内容になってしまったので、本筋に戻りましょう。

機能

弾薬箱は火薬類を保管するための物ですから、収納されている火薬類を湿気や衝撃などから守り、安全に保管できるような設計になっています。

弾薬箱の耐久性は「PERFORMANCE ORIENTED PACKAGING TESTING OF M2A1 AMMUNITION BOX FOR PACKING GROUP II SOLID HAZARDOUS MATERIALS」と題された米軍のレポートを見ると分かります。

このレポートによると、弾薬箱(中)は以下の全てのテストに合格しています。

・落下テスト(高さ1.2mから様々な方向で落とす。わずかにへこんだり傷が付いただけ。)

・積み重ねテスト(重さ約15kgの弾薬箱(中)を高さ約5mまで積み上げたと想定し、最下段の弾薬箱にかかるのとほぼ同じ380kgの負荷を弾薬箱(中)に真上から加え、24時間後に弾薬箱の変形や傷みを調べる。変形なし。)

・振動テスト(上下に2.54cmの振幅で振動する台におもりを入れた弾薬箱(中)を固定せずに置き、1時間後に弾薬箱の損傷具合を調べる。弾薬箱が振動台から常に1.6mm浮き上がる程度の振動回数で実施。中身が漏れるような変形は無し。)

弾薬箱(小)、弾薬箱(中)ともに素材は鉄で、結合部分はすき間なく溶接されていますが、ちょうつがいや取っ手などの部品は、スポット溶接で取り付けられています。

なお、この取っ手自体とその溶接部分は、弾薬箱について定められた米軍の規格(いわゆるミルスペック)「MIL-DTL-3060G AMENDMENT-3」によると、約136kg(300ポンド)の負荷に1分以上耐えることが求められています。

イメージ 9
▲外付けの部品はスポット溶接されている

フタの内側にはゴムのパッキンがあり(本体の縁が食い込むため溝が出来ている)、フタを閉じてラッチをかけると、完全防水になります。

個体差があると思いますが、私の弾薬箱(小)のフタはかなり堅く、開けるのにコツが要ります。

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▲弾薬箱(小)のフタの内側(見えづらいですが、周囲にゴムパッキンがあります)

イメージ 11
▲弾薬箱(中)のフタの内側(見えづらいですが、周囲にゴムパッキンがあります)

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▲弾薬箱(小)のフタをロックするための頑丈なラッチ

イメージ 13
▲弾薬箱(小)、弾薬箱(中)とも、ラッチはフタの方に接続されている(本体のワイヤーハンドルは、開閉時に箱を押さえつけておくためのものかな。)

フタを全開にすると下の写真のようになるわけですが、フタが重いため、弾薬箱が空の場合はかなりギリギリのバランス。少しでも振動を与えると、フタの方へガタッと倒れてしまいます。

イメージ 14
▲フタを全開にした様子

弾薬箱(小)はフタの周囲に着いているスカートが斜めになっていますが、これはフタを閉じ切らなくても中に水や泥などが入り込みにくくなるようにとの工夫です。
(弾薬箱(中)も、初期型はスカートが斜めになっています。)

スカート下端が斜めになっているタイプの蓋は、ラッチ側のスカート下端付近に突起があり(下画像の矢印の部分)、それがフタを少し開けた状態を維持する役割を果たしています。

この状態で機関銃の隣に置き、すき間からリンクで連結された弾丸を出して機関銃に給弾するのかも知れません。

イメージ 15
▲弾薬箱(小)のフタを中途半端に閉じた状態(スカートが側面のすき間を塞いでいるのが分かる)

イメージ 16
▲初期型(左)と後期型の弾薬箱(中)のスカート形状の違い(分かりやすくするために、赤線で輪郭をトレースしました)

このフタですが、弾薬箱(小)も弾薬箱(中)も、どちらも簡単に取り外すことが出来ます。

戦争映画などでジープの後部や戦車の上部に積んである機関銃の横に弾薬箱が取り付けられていますが、あれにはフタが付いていませんね。
あの弾薬箱は、下の画像のようにフタを取り去っているわけです。

どうでもよい話ですが、ジープ後部の機関銃(M2重機関銃)用の弾丸は、リンクでつながった状態で弾薬箱(中)にちょうど100発収まります。

イメージ 17
▲フタを外した状態

イメージ 18
▲弾薬箱(小)のフタと本体を連結するちょうつがい(フタをマーキングのある面に向かってスライドさせれば、フタが外れる構造)

フタの上面にある取っ手は折りたたむと平らになりますが、これは弾薬箱を積み重ねるときのことを考慮した設計です。

弾薬箱の底面にはくぼみがあり(そのため内部が盛り上がっている)、そこに取っ手が収まるようになっているというわけ。

イメージ 19
▲弾薬箱底面のくぼみ

上面が平らでないのに、安定して積み重ねることが出来るのです。

イメージ 20
▲弾薬箱(中)を2つ積み重ねた様子

コストコで売られていた弾薬箱は、この底面のくぼみが浅すぎて弾薬箱が積み重ねられない(上には置けるのですが、ぐらぐら揺れる)という欠陥があります。

使い心地

密閉性の高さは素晴らしいです。

実は、大人になってから久しぶりにこの弾薬箱を引っ張り出して中を見ると、その当時で10年以上前、子供の頃に買った花火やマッチなどがわんさか入っていたのですが、試しに火を付けてみても全く湿っている様子がありませんでした。

50年ほど前の米軍の缶入り固形燃料(主成分はメタノール)も弾薬箱で20年近く保管していましたが、缶の周囲に何やら結晶のような物は付いていたものの、中身が劣化している様子はなく、普通に火が着きました。

よほど湿気があったり海の近くといった環境であれば、弾薬箱自体が錆びてしまう可能性はありますが、通常の環境であれば何十年でも平気で使える耐久性があります。

その代わり、重いです。

弾薬箱(小)が約1.7kgで、弾薬箱(中)は約2.3kgもあります(台所用はかりの測定限界を超えていたため、荷物の重量を量るためのバネばかりで測定しました。したがって、この数値は正確ではありません)。

また、屋内での使い心地は全く考慮されていないため、弾薬箱の底面にはクッションや滑り止めの類いは一切ありません。

フローリングの部屋では、弾薬箱を置いたり移動させる度に、傷が付かないように慎重になってしまいます。
床の上で弾薬箱を引きずって動かすなんてもってのほか。

底面にクッションを貼れば問題解決ですが、弾薬箱の雰囲気が損なわれるので、クッションは貼りたくありません。

私はミリタリー好きなので弾薬箱は格好良いと思いますし、耐久性と密閉性が高いため、多少の使いにくさは我慢しますが、普通の人でも弾薬箱を気に入ってくれたことがあります。

昔、「丈夫な工具箱が欲しい」と言っていた現場作業をしている知り合い(ミリタリー好きではない普通の人)に放出品の弾薬箱(中)を1つプレゼントしたことがあるのです。

工具入れとして使うには深すぎて使いづらいような気もしますが、その人物は耐久性を重視する人だったので、「工具を投げ入れても、箱自体を乱暴に扱ってもびくともせん。」と言って喜んでいました。
そもそも、渡した段階で「かっこええー!」といって興奮していましたが。

ちなみに、弾薬箱の中の広さですが、分かりやすくするために弾薬箱(中)の中にCD/DVDの薄型ケースを入れてみました。

イメージ 21
▲弾薬箱(中)の中には光学ディスクが収まる

弾薬箱(小)の内部は、エスビットポケットストーブ用の固形燃料のパッケージ(紙箱)がぴったり収まる幅です。

最後に

弾薬箱の活用方法は人それぞれ。

この無骨さと重さで好みは分かれると思いますが、ミリタリー好きの方なら、実用目的でも単なるインテリアとしても役に立つと思います。

昔は放出品店で山積みにされていたのに、最近はあまり見かけなくなりました。
側面のマーキングも、最近の放出品では上から塗りつぶされたりしているようです。

マーキング付きの格好いい弾薬箱が欲しい人は、早めに買った方が良いかも知れません。

ただ、放出品の弾薬箱は時々とんでもない状態の物があります。

私が持っている弾薬箱も、購入時は一つは中が泥だらけ、一つは中がオイルでベトベトという状態でしたし、フタを開けると独特の匂いが立ちこめるものもありますから、放出品を買うときには覚悟が必要です。


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警告
本日のルートは、一部の区間で道がなかったり、危険な箇所もあります。
整備された山しか歩かない方や、航法のための知識や装備が不十分な方は挑戦しないで下さい。
本日は「山であそぼっ」の島田さんにお誘いで笠松山を歩いて来ました。
大柳ダム湖(古法華池)の北西にある女岳(めだけ)に登り、ヤブ尾根を北東へ進んで笠松山へ登るという計画です。

イメージ 1
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「笠原」。(マウスポインタを地図に載せると現れる右下の虫眼鏡アイコンをクリックすると、拡大表示されます)

09:50
姫路市街の自宅を車で出発。

国道372号線を東進し、「小原」交差点を左折します。
ここからは県道372号線です。

同じ番号の国道と県道が交差しているため、国道372号線を進む運転手向けに「国道372号は直進」と書かれた標識が交差点の手前に立っていました。

小原交差点からおよそ1.7kmの地点に「古法華石仏→2km」の標識があるので、それに従って右折します。
2車線幅の道路をしばらく走れば、古法華自然公園西側の駐車場に到達(地図中「P」)。

以下のURLをクリックすると、駐車場の位置がGoogleマップで表示されます。


10:15頃
すでに来られていたやまあそさんとオードリーさんのお二方と合流。

イメージ 2
▲本日の集合場所となった駐車場

10:25
靴を履き替え、駐車場の東にある公園のトイレを借りて態勢を整えてから出発。

まずは自然公園内を東西に走る車道を東へ向かいます。
そして、大柳ダム(地図中「大柳ダム」)の200mほど西にある分岐を左へ。この分岐には道標も何もありません。

イメージ 3
▲この分岐を左へ入る

道は大柳ダムの北端をかすめて北へ延びていますが、今回は女岳に向かうためダムの北端を過ぎてすぐ左手の踏み跡へ入りました。

イメージ 4
▲女岳を目指してかすかな踏み跡を登る

女岳は女性器をイメージさせる形状をした岩尾根で、遠くから眺めることはあってもここに登る人は滅多にいないようです。

そのため、踏み跡程度の道しかなく、整備された山しか歩かない人からすると、道があるようには見えないかも知れません。

10:47
女岳の直下に到着(地図中「女岳」)。

ここからは急な岩の斜面を這い上がっていきます。
角度は急ですが、グリップの良い岩なので思い切って登れば問題ありません。

イメージ 5
▲女岳の直下

下手に怖がると、余計に危ないと思います。
ロープが垂れ下がっていましたが、付け根がどこに結ばれているのか分からないので、怖くて頼りに出来ません。

10:49
女岳の頂部に到着しました。

イメージ 6
▲やまあそさんとオードリーさんが女岳を登ってくる様子を見下ろす

女岳の頂部に3人揃ったら、ドローンを飛ばして記念撮影です。

イメージ 7
▲女岳の頂部に立って記念撮影(ドローンによる空撮)

11:10
ドローンを片付けて出発。

女岳の上もヤブっぽい踏み跡しかありませんが、すぐ先の小ピークからはシダが無くなって歩きやすくなりました。

11:20
小ピークの先の鞍部は、遠くから見ると痩せた滑りやすそうな砂地です(地図中「砂地の鞍部」)。
しかし、現地を見ると幅が広くて安心して歩けました。

イメージ 8
▲砂が浮いた鞍部の様子

次は、標高190m付近から北東へ進路を変えないといけません。
ヤブなのでそのルートが分かりづらくて大変です。

一応足下には道の跡があるのですが、長い間誰も歩いていないらしく、植物の枝が邪魔!
ルート探しが難しいので、やまあそさんが先導し、オードリーさんと私がついていくという形で進んでいきました。

イメージ 9
▲北東へ下る尾根の様子(ヤブですが、道の跡はあります)

一旦下った後の登り返しにはシダが多くありましたが、そのシダの胞子が舞い上がり、花粉症のオードリーさんには厳しい環境だったようです。

イメージ 10
▲北東へ登り返す区間にはシダもあった

その先も似たようなヤブが延々と続きます。

私は両手に擦り傷をいくつか作ってしまいましたし、トゲも何本か刺さりました。オードリーさんも手を負傷されましたから、挑戦しようと思っている方は、長袖・長ズボンに加えて帽子やサングラス、手袋も用意することをお勧めします。

12:10頃
笠松山山頂の西側にある鞍部には破線道が通っていますが、やまあそさんはこれをたどらず、尾根から南へ外れて古い遊歩道に入りました(地図中「遊歩道」。GPS軌跡が東へ延びているのは、南へ向きを変えるべき地点を通り過ぎてしまい、引き返したからです)。

これで、女岳の下から始まったヤブ区間は終了です。

イメージ 11
▲古い遊歩道

12:15
遊歩道の十字路に到着(地図中「十字路」)。
ここで小休止です。

イメージ 12
▲遊歩道の十字路(鞍部)の様子

この十字路から笠松山山頂までの道は、等高線が密集した急斜面。

イメージ 13
▲笠松山への最後の登り斜面

12:30
笠松山の山頂に到着しました。

イメージ 14
▲笠松山山頂の展望台

▲2015年6月27日に笠松山山頂の展望台で撮影したパノラマVR。(全方位を撮影したパノラマ。画像内を上下左右にドラッグして色々な方向を見られます。要Flash Player。)
 
iPhone等Flash非対応デバイスをお使いの場合や、大きな画面でパノラマをご覧になりたい方は、下のURLをクリックして下さい。


展望台の上にも下にも先客があり、私達の昼食中にも何組か登ってきていました。
手軽に登れる山なので、人気があるようです。

本日の昼食は、地元の食品メーカー「イトメン」の「ちゃんぽんめん」

これに卵とアルファ米のご飯を付け足したラーメン雑炊です。

13:08
下山のため、笠松山の山頂を出発。
東向きに急な岩の斜面(鎖がある)を下ります。

イメージ 15
▲山頂から東へ下る道の様子(左上に善防山城跡が見える)

イメージ 16
▲下った斜面を振り返る(写っているのはすれ違った団体さん)

13:16
つり橋方面と石彫アトリエ館(地形図「古法華寺」の「寺」の字の右)への道の分岐に出会いました(地図中「つり橋・石彫アトリエ館分岐」)。

今回はつり橋方面へ進みます。

イメージ 17
▲つり橋・石彫アトリエ館分岐

ごく一般的なルートなので、詳細は省略します。

イメージ 18
▲下ってきた尾根を振り返る

つり橋が近づいてくると、古法華自然公園東側の駐車場が見えるのですが、そこには観光バスが2台止まっていました。
笠松山山頂直下ですれ違った大人数の団体さんが乗ってきたのかな。

13:52
つり橋を通過(地図中「吊り橋」)。

実際は「つり橋・石彫アトリエ館分岐」から36分かかるわけではありません。
ここでもドローンを飛ばして遊んでいたので、時間が掛かりました。

イメージ 19
▲吊り橋(ドローンで空撮した画像。やまあそさんとオードリーさんが立っています。)

イメージ 20
▲吊り橋

吊り橋を渡ってすぐの分岐を右に下り、吊り橋の下を通る道路に降りました。
後は舗装道路を西へ進み、駐車場へ戻るだけです。

14:30
駐車場に到着。

オードリーさん曰く、「このコースに他人を誘うと、その人は二度と一緒に山に行ってくれないよ。」とのこと。
今回のルートは、「ヤブ漕ぎ上等!」という硬派なマニアの方にのみお勧めします。

オードリーさん、やまあそさん、本日はありがとうございました。


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警告
本日のルートは、積雪期専用です。道標やマーキングテープはありません。
単独や初心者のみのグループ、装備が不十分な状態での挑戦は危険です。

本日は「かみかわ登山日和」の山ちゃんにお誘いいただき、鳥取県の「くらます」でスノーシュートレッキングを楽しんできました。

ルートは、鳥取県八頭郡若桜町の吉川集落北端付近の「吉川浄化センター」を基点に、反時計回りで周回するというものです。

登山口の標高が460mで山頂が1282.3mなので、単純計算でも800m以上の標高差(実際はアップダウンがあるため、累積標高差は約1,000m)があり、距離も8km以上あるので、私にとってはかなりハードなルートです。

イメージ 1
▲対応する地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「岩屋堂」。(マウスポインタを地図に載せると現れる右下の虫眼鏡アイコンをクリックすると、拡大表示されます)

06:20
姫路市街の自宅を車で出発。
国道29号線をひたすら北上します。

07:45
道の駅みなみ波賀(はが)で待ち合わせ、山ちゃんの車の後について出発。
国道29号線を北上し、新戸倉トンネルを抜けて鳥取県へ。

兵庫・鳥取県境付近は、除雪された雪が道路脇にたっぷりあって、同じ兵庫県なのに、温暖な南部からは想像もできないような雪国の様相です。

池田郵便局を通り過ぎた直後にある三差路を左折し、県道72号線を3.5kmほど南下します。
特に何も目印も無いのですが、道が左へ分岐する地点があるので、そこを左へ。

9:00前頃
県道から左へ入ってすぐの場所で路肩に空き地があるので、そこに車を止めました(地図中「P」)。
この先は積雪で道が通行不能になっているため、車を駐めておいても迷惑にならない場所です。

イメージ 2
▲駐車場所の様子(左の建物が吉川浄化センター)

以下のURLをクリックすると、駐車地点がGoogleマップで表示されます。


09:20
参加メンバー総勢16名が揃ったので、出発。
到着した時は雪が降っていましたが、この頃には雪は止んで青空も顔をのぞかせるようになりました。

駐車場所のすぐ先から積雪があるため、最初から全員スノーシューを装着。

上の駐車場所のすぐ先の林道(地形図の実線道)を北東へ進み、橋で川を渡る直前で右側の尾根に取り付きました。

イメージ 3
▲ここから尾根に取り付いた(いったん行きすぎてから戻ったので、左側の尾根に取り付いたように見えていますが、駐車場所から見ると右側です)

この尾根の登りですが、序盤はとんでもなく大変(地図中「植林の急斜面」)。
斜度が急な上に、雪が締まっていないのもあって歩きにくくて仕方ありません。

イメージ 4
▲尾根に取り付いた場所は植林の急斜面

10:00頃
標高550m位まで上がると、ようやく斜度が少しましになり、歩きやすくなってきました。
それでも、まだまだ斜度は急です。

この辺りに雪はほとんどありませんでしたが、スノーシューを履いている方が滑りにくくて歩きやすい。

あえぎながら歩いていると、いつの間にやら周囲は自然林に変わっていました。

10:30頃
標高750m辺りからは斜度がだいぶ緩んで歩きやすくなってきました。

イメージ 5
▲標高750mを過ぎた辺りの尾根の様子

振り返ると東山(とうせん)の南側の山塊の雄大な風景が見えますし、視線を横にやると、美しい自然林の風景に癒やされます。

イメージ 6
▲美しい自然林

10:40頃
標高800m付近では、密集した植林が尾根の左側に現れ、せっかくの雰囲気が損なわれてしまいましたが、こんな所にまで植林をしていることに驚きます。

イメージ 7
▲薄暗い植林帯が左側に現れた

しかし、この植林帯は間もなく姿を消し、再び尾根は自然林に囲まれた美しい風景に戻ります。

11:10
978m標高点を通過。

標高が1,000mを越えると斜度はさらに緩みますが、スタミナの無い私はもうバテバテでヘロヘロ。
ちょっと歩く度に行動食を食べたり、水を飲んだりしながら何とか歩みを進めました。

参加者が多いため、全体的に見ると行動速度が遅くなるのが私にとっては救いでした。

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▲東山(とうせん)方面の雄大な風景を背景に登ってくる参加メンバー

11:40頃
標高1,150m付近からは雪庇(せっぴ:風で雪が横方向に積もって「ひさし」のようになったもの)や樹氷を見ることが出来ました。

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▲樹氷で白くなった木々と雪庇(右側の雪庇を避け、左寄りを歩いている)

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▲樹氷

12:04
くらますの北方400mほどにある1,260+mの小ピークに到着。

ここはなだらかな雪原になっていて、東側だけ木々が生えておらず、三室山とそこから北へ延びる雪の稜線の展望を楽しめました。

この時点では、北に見えるはずの氷ノ山(ひょうのせん)は雲の中。

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▲雪原から三室山を見る

小休止をしてから南のくらます山頂を目指すことになりました。
私はヘロヘロになっていたので、荷物をこの雪原に残し、身軽になって山頂へ。

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▲雪原からくらます山頂へ向かう様子

雪原からくらますの山頂へは、片道およそ10分のなだらかな道です。
今までの登りが過酷だったので、この道は平坦と言っても良いほど。

12:22
くらますの山頂に到着(地図内「くらます」)。
そこは大きな雪庇で覆われていて、少し下から見ると山頂が尖っているように見えました。

雪原からくらます方面を見ると木々が生えた山頂に見えたので展望は期待していませんでしたが、予想に反して大展望。

イメージ 13
▲くらます山頂

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▲くらます山頂は雪庇になっていた(奥に見えているのは後山〜駒ノ尾山塊)

12:35
雪原へ向かってくらます山頂を離れます。

12:43
荷物を残していた雪原に戻ってきました。

最初に到着した時点では雲に隠れていた氷ノ山や扇ノ山(おうぎのせん)が姿を現し、その綺麗な山容を見ながらここで昼食休憩。

本日の昼食は、アマノフーズのフリーズドライ一人鍋。

雪の土台の上に木の板を敷いて作ったテーブルに、パック燃料をセットしたエスビットストーブを置き、ぐつぐつと煮込みながら熱々の鍋を楽しみました。
寒い季節には熱いメニューが最適です。

イメージ 15
▲本日の昼食

食事の後は、最近の私の恒例行事になっているドローンでの記念撮影。

皆さんドローンに興味津々。
こちらはドローンで皆さんを撮影していますが、皆さんはドローンを写真に納めていました。

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▲ドローンで雪原の上空から撮影した写真


鳥取県にある「くらます」山頂近くからの展望
▲ドローンで撮影した動画(53秒)

13:39
下山開始。

氷ノ山を前方に見ながら北へ下山します。
下りはじめは自然林のなだらかな斜面で、雪も柔らかく「スノーシューって快感!」と思えるような極楽尾根。

イメージ 17
▲下りはじめの尾根の様子

14:15頃
進路が西寄りに変わってくると、植林が出てきます。
しかも斜度が急になり、雪の質も下がってきて下るのが大変になってきました。

スノーシューだと動きづらいですが、脱ぐと滑りやすくてそれはそれでまた歩きづらくなってしまいます。

イメージ 18
▲植林の中の下り斜面を振り返る

14:50
715.6m四等三角点(点名:吉川)の東側にある小ピークに到着。

尾根の形だけを見るとついつい北へ歩きたくなるような場所ですが、今回は駐車地点に下山するためここからも進路は西を維持します。

15:03
715.6m四等三角点(点名:吉川)を通過。

イメージ 19
▲715.6m四等三角点標石(点名:吉川)

この三角点の先が、今回最大の難所でした。

強烈な角度の急斜面で、雪が無ければ木にしがみつきながらジグザグに下りられるのでしょうが、雪で滑りやすいため、ジグザグに下りるのも至難の業。

イメージ 20
▲三角点標石の先の急斜面

参加メンバーの一人がロープを設置して下さったおかげで、最初の急斜面は何とか通過できました。

しかし、ロープが届かない区間をジグザグに下ろうとしたら、足を滑らせて転倒。そして、そのまま自動的に尻セード(ソリなどを使わず、お尻で直接雪の斜面を滑り降りる方法)の体勢に入ってしまい、皆さんが待っている場所までそのまま滑り落ちました。

このあとも延々と植林の中の斜面が続きます。

標高580m付近から進路を南に変えなければ行けなかったのですが、少し行きすぎたため、斜面をトラバースして目的の尾根へ。

15:48
標高520m付近からは南へ向きを変え、最後は竹藪を抜けて地形図の実線道(林道)に降り立ちました。
近くに用水路のようなところがあったので、ストックとスノーシューをすすぎ、汚れを落とすことに。

林道は、下山したところだけ日当たりが良くて雪がありませんでしたが、それ以外は数十センチの雪が積もっていました。

スノーシューを履こうかと思いましたが、せっかく洗ったのがまた汚れてしまうので、壺足でズボズボと雪の林道を歩いて駐車地点へ。

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▲最後は林道を歩いて駐車場所へ戻った

16:03
駐車地点に到着。

ここで、参加メンバーが用意して下さったコーヒーやお菓子(手作りのお菓子も!)でちょっとしたパーティーが始まりました。

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▲下山後のお楽しみ

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▲提供された飲食物

イカの燻製もあったのですが、私がチョコレートのパウンドケーキに夢中になっている間にちらっと聞こえてきた内容によると、参加者の方の手作りとのこと。
酒飲みの男性陣に好評だったようです。

16:30頃
解散。

18:40
自宅に到着。

出発してすぐにこのブログの読者とおっしゃる女性から格別の讃辞を頂いたり、2013年1月3日の当ブログ記事に登場した2人組男性の内のお一人とおっしゃる方に名乗り出ていただいたり、私にとっては驚きの出会いもありました。

最後のパーティーで色々な食べ物や飲み物を持ってきて頂いた皆さん、三角点下の急斜面でロープを張って頂いた方や、今回のオフ会を立案し、お誘い頂いた山ちゃん、本日は本当にありがとうございました。

イメージ 24
▲今回のルートの高低差を表したグラフ(カシミール3D)マウスポインタを合わせたとき右下に表示される虫眼鏡のアイコンをクリックすると拡大表示されます。


今まで当ブログで紹介した山の記録の一覧を公開しています。興味のある方はどうぞ。
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