プラトニック・シナジー理論とは何ぞや

プラトニック・シナジー理論は、不連続的差異論から発展した新しい理論です。

不連続的差異論

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写真と精神:精神的視覚と「写実」:同一性主義批判と新東洋文明曙光(はてなダイアリーから)

先に、映画 と精神 について、簡単に言及したので、ここで、本件について簡単に触れたい。もっとも、これは、芸術 と精神 ないし感覚と精神 の問題として一般化できるが、一般論 は、ここでは置いといて、写真 と精神 に限定したい。(そう、これは、デザイン と精神 、等々と展開するだろう。)  映画 については、ベラ・バラージュの古典 の『視覚的人間 』があるが、 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003355717/sr=8-1/qid = 1162439021/ref=sr_1_1/249-9325302-2790723?ie=UTF8&s=books 精神 の表現技術 の方にウェイトが置かれているだろう。(この書は、思うに、映画 の一種モダニズム的理論 だろう。) すべて表示すべて表示

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今は余裕がないので、随想に留める。  以前、男性は+iの傾斜があるといい、女性は、バランスがとれていると言った。しかしながら、女性は、-iの傾斜があるのではと言いたい誘惑がある。  問題は、男性の場合、同一性化が女性よりも強いということである。だから、同一性傾斜があるということである。  そして、女性の場合、差異共振性が保持されると思われるのであ ...すべて表示すべて表示

村上春樹の『ねじまき鳥クロニカル 第1部 泥棒かささぎ編』を読んでいるが、先に触れたが、声の文体と身体性の希薄さを感じているが、違和感を感じつつ読んでいて、日本語が不自然であると感じた。とりわけ、会話の日本語が不自然であると思った。なにか、機械が話しているような人工的な日本語である。言語機械が話しているようである。日本語の会話の不自然さが、おかしさを直接生ん ...すべて表示すべて表示

仏陀の反転によって、自己認識方法が誕生したのである。ここで、簡単に整理すると、光認識は、闇を排除するので、反差異・連続的同一性認識となるということである。つまり、必然的に、人間の認識は、光認識に達するので、闇認識を喪失する必然性があると考えられるということである。光の盲点、光の闇があるのである。つまり、光とはヴェールであり、闇を覆って、闇を見えなくさせている ...すべて表示すべて表示



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