そんなナイトパブ

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8時だよ全員アスペルガー!(3)


映画『仁義なき戦い』の第一作で
アンナパパが演じた悪魔のキューピーこと
大西政寛は
http://blogs.yahoo.co.jp/djkxq447/18359994.html
こんな可愛い顔をしていました。

大変な問題児で小学校時代からまったく授業を受けない。
授業中は絵ばかり描いていたそうです。
先生も匙を投げた。

ほとんど授業を受けないままにカシメ職人となった。
十代の頃でしょうか、食堂で横暴な海軍士官に腹を立て
厨房から出刃をもってきて大怪我をさせます。
瞬間湯沸かし器のような激情家で
やくざになる人種にはこういうタイプが多い。
以前はそれを分裂症と訳していましたが・・・

戦争がはじまり、徴兵されて中国戦線で
たくさんの中国人の首を斬ってきたそうです。
しかしそれは大西が望んで好んでやったことではなく
新兵のイビリの肝試しに、大西自らが替わってやったことから。
大西はそのことを終生、戦争は酷いものじゃった。と
暗い顔をして呟いていたそうです。
到底、自慢話なんてものではなかった。

復員して、呉の土岡組で若頭を務めます。
呉ではちょっとしたスターで、ボンクラの親たちは
「マーちゃんみたいになれ」といっていたほどです。

昭和25年に
殺人鬼として警官隊との銃撃戦で
27歳の短い人生を終えます。

本堂淳一郎は大西を描いた著書のなかで
彼が小学校の頃に教室で熱中していた絵を発見する。

それはとてつもない芸術的な抽象画だったそうです。
堂本は、もし大西の担任の先生が美術の心得があったら
大西をほおってはおかなかっただろうし、
もしそうなっていれば、大西の人生も変わっていたのでは
ないかと記していました。

いえ、大西が岡本太郎のような芸術家になったのではないか
というのではなく、もしそのときに担任の先生が
大西の才能を認めやったら、褒めてあげたら
大西は違った道を歩んだのではないかいうことですよ。

環境の影響は大きい。

生前の岡本太郎に会ったことがあります。
とあるパーティーで普通に、グラス片手に雑談していましたが
カメラのフラッシュがたかれる寸前に体をカメラに向けて
「爆発だ!」のポーズをとっていた。

とんでもない爺だと思った。

一昨年、杉山茂丸がNHKBSで取り上げられたときに
そのキャッチフレーズは「規格外」だった。

日本は、戦後教育で「規格商品」ばかり量産し
「規格外」を排除してきたのだと思う。

米国ハーバード大学の教育戦略に
「ノアの方舟」方式というものがあるそうです。

優秀な生徒を100名集めてもそこから優秀な生徒は出ない。
優秀な生徒を半分にして、残りの半分は雑多な生徒を入れる。

「それは一芸に秀でた者たちですか?」

いや、そうとも限らない。
ノアの方舟のようにとにかく色々な種類の生徒を集める。
そうすると多少の混乱はあっても
そこからもっと優秀な生徒を輩出する、
そういうメカニズムがあるそうです。
それが優秀な50人のなかからなのか、
そうでない50人のなかからなのかは、わからない。

血が固まると人間はダメになるみたいですね。
徳川家も最後のほうはダメでしたもんね。
単一民族と浮かれて日本人は優秀と思い込んでいると
とんでもないしっぺ返しにあいそうです。

国際競争というならば、なおのこと
規格内の平均的な人材では勝負にならない。
もっと優秀なもっと個性的な人材でなければ勝負にならない。

子は国の宝。

大事にしたいものですね。

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