「THE MANZAI」の問題点について
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今年、M−1にとって代わるように行われた「THE MANZAI」。
M−1とどうしても比較してしまうが、
いくらバラエティーや同タイトルの漫才番組をやっていたとはいえ、
コンテスト形式で行う今大会はフジテレビとしては初年度なわけだし、
M−1のデキの良さを求めるのは酷というもの。
たが、来年、再来年もフジテレビがこの大会を継続していくのならば、
あえて苦言を呈したい。
まぁ、毎年M−1の出場者紹介と展望を
このブログでやってきた者の
ささやかながらの提言として言わせてもらいたい。
そもそも、
発起人である紳助さんが引退してしまったため、
牽引する人間がいない状態で
この企画が進んでいくことになったのが
不幸であったように思う。
いくらトップをビートたけしさんにしたとしても、
どこまで彼にこの大会の方向性を打ち出してもらったのか
わからない。
というか、
お飾り的に頼んでしまったように思う。
それではダメなんだ。
大会の主旨が
本当に「漫才ナンバーワンを決める大会」としたのならば、
たくさんの配慮がなさすぎた。
まず放映時間数である。
19時からスタートして23時すぎに終わるという、
4時間のコンテストは、
会場にいる観客、視聴者、そして審査員が
疲れてしまうこと出場者は覚悟しなければならない。
(これはたけし氏も「後半の組は大変だな」と言っていたことにも表れている。)
それを王者になるための「ハンディ」とするならば、
では、聞きたいが、
お笑いに
「疲れている状態でも笑わせる意義」をどこに見出すことができるだろうか?
笑い疲れたあとは、どーでもよくなるのが人間であり、
見てる人間の集中力なんて4時間も続きはしない。
第一、
こんなクソ忙しい年末に
いくら土曜日とはいえ
4時間ぶっとおしで時間が取れる視聴者が
多くいるのだろうか?
録画したとしても
細切れに見る方もいてもおかしくない時間数である。
それに、
本線スタートが19時30分くらいからだったので、
もしその時間帯で漫才をやった組が見事勝ち上がり、
決勝大会で最後に漫才をしたとしたら、
最初に漫才をしてから3時間以上後で登場することになる。
前のおもしろかった余韻など残っているはずがない。
それを考慮してか、
後半、決勝大会にすすんだ組の漫才を振り返るコーナーを作っていた。
それがわかっててそういうコーナーを入れたのならば
無駄な時間を削り、
コンパクトにしたほうが
誰も疲れない。
途中から連れてこられた爆笑問題への配慮もあったのかもしれないが、
そもそも
たけし氏がTBSへ抜ける為のドタバタを作り上げていたが、
そこがまったく無意味なのである。
製作側が「漫才師が漫才をみせる」ことの限界をわかって
途中スパイスを入れようとしている、
と認めていることではないか?
その流れで
穴埋めに爆笑問題を連れてくるくだりがあり、
このドタバタもいらない。
爆笑問題にも失礼だと思う。
決勝大会がスタートしても
観客の笑い疲れは手に取るようにわかり、
残念ながらそれを破壊したのは
ナイツの「ヘロイン」ネタであったと思う。
禁断のネタで観客が再び覚醒し、
パンク・ブーブー、千鳥のネタを集中して聞いていたように思う。
(それでナイツが取れないんだから気の毒だ。)
どうしても4時間やりたいのならば、
2時間ずつにわけて、
1週目は予選、2週目は新ネタで決勝大会をやることにすればいい。
あるいは、
3時間の番組にして、
残り1時間は終わったばかりの優勝者を呼んで
場所を観客、審査員のいないスタジオに変えて、
ナイナイがその大会を振り返る番組をやればいい。
もうひとつの不満は、
審査員に不足はなかったものの、
漫才のジャッジである。
たしかにお笑い番組は
笑わせたら勝ちなのだが、
漫才の技術はどうなるのだろうか?
その技術点という部分をどうテレビ側が伝えていくか、
そこも考えていくべき部分である。
M−1は少なからず、
漫才をよくわかっていない視聴者に
教育していくようなスタイルが少なからずあったように思う。
たとえば時間の使い方。
今回は、
自分の中ではかなり高得点だったが、
千鳥は制限時間の4分を超えて漫才をしていた為失格だったと思う。
こういうマイナスポイントが
視聴者投票の「国民ワラテン」に影響していたのか、
審査員の審査に影響していたのかがまったく見えていなかった。
(たしかM−1では審査員1人につき100点持っていて採点していくが、
制限時間を超えることで総合点から減点される方式を取っていたように思う。)
たけし氏も言っていたが
「もっと華丸・大吉が(票を)取ってもいいよなぁ〜」は
4組中1組を選択しなければならない方式の「悲劇」のあらわれではないか?
見ているものはわかりやすいが、
やはりここは
「技術点」、「ネタの面白さ」など多角的に採点をして点数を入れる方式のほうがいいと思う。
今回導入していた「国民ワラテン」は大変よかった。
もし採点方式にした場合は、
これをどうするかを考えなければならないが、
これも一審査員の点数として加点する方式をとれば何も問題はない。
さらなる不満は、
スイッチャーを担当している方(ディレクターか?)が
笑っているゲストの表情をやたら抜いて、
ネタとネタの間に挿入していたが、
はっきりいって、
タイミングがズレていた。
オチになって頭を下げているのにかぶっていたところもあった。
笑い顔を抜くことで
その漫才師たちのネタが面白いと思わせる効果はあると思うが、
後半は
そいつの主観(いや趣味?)と思わせるように、
トリンドルちゃんや菜々緒(だっけ?)などを抜く抜く。
たけし氏の笑顔もやたら抜き、
ネタをよく見せたいのか、
笑うゲストを見せたいのかがわからなくなってきていた。
そこも
この大会の「主旨」が隅々まで伝わり切っていないためと思わざるを得ない。
賛否はどうあれ、
R−1ではメイン司会のひとりである優香の存在感をまったく消してしまうほど、
雨上がり決死隊が笑いの「戦場」を演出しており、
また、M−1でも今田耕司が小池栄子が来ようが、上戸彩が来ようが、
漫才キングを決める番組の進行を厳かに行っている。
どれも大会の「主旨」が誰もが意識し、見えているからだ。
残念ながら今回の「THE MANZAI」には
それが見えなかった。
「大会」という「バラエティー」を「放送」しているにすぎない。
最後に、
今年の優勝者がパンク・ブーブーであったことについて。
これには別に否定をするつもりもない。
「国民ワラテン」がナイツに入っていたのにおかしい、という意見も目にしたが、
それならば審査員はいらないわけで、
審査員がいる大会に出場している以上は
その結果はただ受け入れるしかないだろう。
ただ
審査員が会場の雰囲気に流されるように票を決めてしまったような空気があったのならば
そこは笑いのプロとして直さなければいけないと思うが。
わたしのジャッジは、決選大会前では、ナイツか千鳥。
しかし、上記の理由で、
決勝大会は正しいジャッジは私はできなかった。
ナイツのネタでお客さんは審査員が覚醒したのならば、
もし彼らがそのネタをやっていなかったら、
尻つぼみの大会になっていたのかもしれない。
(爆笑が生まれないまま決勝大会が終わってしまったという最悪の展開も・・・。)
よってやはり放送時間数を見直すべきだ。
テリーさんや秋元さんが「新しい笑い」に一票を投じていて、
これはこれでよかったと思う。
バランスいい人選だったように私は思う。
M-1も第2回までひどかった。
フジもR−1は最近よくなってきたと思う。
「THE MANZAI」も今後いい大会に改良していってもらいたいと思う。
それにはもう少し、
主旨をもっと明確にすべきだよ。
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