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(写真上)車両基地のある保々駅の側線で休憩中の101系。
(写真中)三岐線唯一の広告車である801系。かなり目立ちます。 伊勢治田駅
(写真下)こちらは801系の標準塗装車 保々駅近く
こんばんは。試験休みを使って、久しぶりに地方民鉄めぐりをしてきました。
今回出かけた先は、三重県の三岐鉄道です。以前お知らせしたとおり、当ブログは3月26日で終了となります(折りしも鹿島鉄道とくりはら田園鉄道の最終日の数日前ですが)が、もしかするとこれが最後の遠征になるかもしれません。資金繰りが苦しい状況で・・・。楽しみにしてくださっている皆さんには申し訳ありません。
さて、なぜここを選んだのかと言いますと、三岐鉄道はもともと近鉄富田と西藤原を結ぶ三岐線を運行していましたが、2003年に近鉄から廃止予定だった北勢線を譲り受けました。
これは地方民鉄が大手民鉄の廃止路線を引き受けるという、非常に画期的な出来事だったのではないでしょうか。自治体の多大な支援があるとはいえ、自社の業績も決して楽ではない状況下でローカル線を残そうと努力する三岐鉄道の英断には本当に頭が下がります。
今回は表敬訪問(?)を兼ねて、三岐線と新生北勢線をご紹介していきたいと思います。
まずは四回の予定で、三岐線のほうをご紹介します。北勢線は三岐線に続いて掲載しますのでお楽しみに。
三岐線は、1931年に石灰石の産地である三重県の藤原岳からセメント原料を輸送するために開業しました。現在でも太平洋セメントの工場がある東藤原駅から貨物列車が一日に何本も運行され民鉄としては日本有数の輸送量を誇っています。
旅客輸送については員弁川を境に対岸を走る北勢線(現在は同社の路線)のほうが圧倒的に利用者の多い状況でしたが1970年代以降、三岐鉄道では近鉄富田駅への乗り入れ(それまでは国鉄富田駅へ乗り入れていた)や車両の冷房化、列車の増発やスピードアップ、そしてパーク&ライド用駐車場の整備を進め形勢は一気に逆転。現在では三岐線のほうが圧倒的に利用者が多くなっています。
これらの施策はモータリゼーションの進行による全国的な利用者離れにもブレーキをかけ、三岐線は最盛期の430万人と比べ現在でも320万人と減少率は低く、近年は利用者も再び増加傾向にあります。この実績が北勢線の経営移譲を引き受けた一因と言えるのは間違いありません。その意味では全国の地方民鉄のお手本とも言える会社です。
現在の車両は西武鉄道から譲り受けた101系(元西武401系)2両編成と801系・851系(元西武701系)3両編成、そして今では珍しくなった元西武571系の釣り掛け駆動車601系も運行されています。
それでは、次回から三岐線沿線の様子をご紹介していきましょう。次回は「暁学園前・保々」編を掲載いたします。
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601系の車両の置き換えとして西武鉄道より101系2両1編成を導入 して予備車として運用してほしい。又三岐線各駅に自動改札機を導入して ほしい。
2007/2/10(土) 午後 8:52 [ H.Sさん ]
>H.Sさん 初めまして。たくさんの書き込みありがとうございます。601系にも乗りましたが、車内はさほど変わらないとはいえ中身はかなり古そうですね。厚化粧で我慢している感じには見えました。現在は北勢線で進められている自動改札が三岐線にも導入されれば人員削減にもなりますね。近代化のためにもぜひ進めてほしいです。
2007/2/11(日) 午前 0:27
こんばんは。この鉄道は全く知りませんでした。車両も上信電鉄的で落ち着きますね。経営についてもドラマチックで本当に面白い鉄道ですね。
2007/2/11(日) 午前 0:32 [ 東毛太郎 ]
>東毛さん こんばんは。そうですね、車両は上信で活躍するのと同じものです。黄色とオレンジの塗装も非常に気に入っています。北勢線を引き受けた時は本当に驚きました。以前から訪問したいと思っていたのですが今回やっと叶ったので嬉しいです。
2007/2/11(日) 午前 0:44