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リベリア共和国

リベリア共和国
リベリア共和国、通称リベリアは、
西アフリカに位置する共和制国家
北にギニア、西にシエラレオネ、東にコートジボワールと国境を接し、南は大西洋に面する。
首都はモンロビア
アメリカ合衆国で解放された黒人奴隷によって建国され、
1847年に独立し、
現在のアフリカの中ではエチオピアに次いで古い国である。
1989年から2003年にかけて断続的に2度も起きた内戦により、戦争一色の無秩序な国と化していた。
 
リベリアは建国以来、アメリカ合衆国の議会制度にならい、上下院の二院をもつ。
内戦終結後は一院制の暫定議会を有し、
2005年10月に上下院および大統領選挙を行った。
2006年に正式政府が発足した。
2011年10月に選挙が行われる予定である。
 
リベリア内戦の1990年以降、
ナイジェリアガーナ主導の西アフリカ諸国平和維持軍(ECOMOG)がリベリアに到着する以前は
アメリカの影響力や関係が最も強かった。
内戦勃発後、
アメリカの軍事介入を求める声が強くあったが、
アメリカは対リベリアの優先関係などの見直しを宣言し、
リベリア内戦に介入しないと宣言した。
アメリカはナイジェリアやガーナのECOMOGによるリベリア介入を支持した。
また、リベリアの内戦は
リベリア付近のECOWAS諸国同士の緊張ももたらしている。
リビアコートジボワールブルキナファソは、
国家の制圧を巡って内戦を引き起こした、リベリア国民愛国戦線(NPFL)を支持していたが、
ECOMOGNPFLは対立していた。
その為、NPFLを支持していた、他のECOMOG諸国(コートジボワールやブルキナファソなど)との間でぎくしゃくした関係であった。
隣国シエラレオネとは姉妹国的な存在だったが、
NPFLシエラレオネ内戦の原因である革命統一戦線(RUF)を支持していた為、
関係が悪化していた。
2003年に再び内戦が起こった時、NPFLのテーラー大統領に対して、
ついにアメリカが圧力を加え、小規模で軍事介入する(後はほとんどECOMOGに任せた)形で内戦は終結した。
1973年以降、マノ川同盟(MRU)を結成している。
アフリカ統一機構 (OAU)に加盟し、
西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)にも加盟し、
世界貿易機関(WTO)にも加盟している。
 
エレン・ジョンソン・サーリーフ (第24代リベリア大統領)
エレン・ジョンソン・サーリーフ(Ellen Johnson Sirleaf,1938年10月29日-)は
西アフリカリベリア共和国の現大統領である。
アフリカ初の選挙で選出された女性大統領であり、
アフリカの女性国家元首としては、
ギニアビサウカルメン・ペレイラ大統領代理に続いて二人目である。
「鉄の女」とも呼ばれている。
統一党所属。
また、同リベリアの女性国家元首としては、
同じ統一党に所属していた暫定政権のルース・ペリー国家評議会議長がいる。
アメリカ合衆国のジョージア州アトランタにチャールズ・サーリーフら、4人の息子や6人の孫達がいる。
 
和平後の2003年の選挙では、
彼女は有力な候補者として議論に上ったものの、
結局多くのグループは中立的立場のジュデ・ブライアントを暫定的大統領として選んだ。
彼女は国家再建任務のトップに就任している。
その後の2005年の選挙においては、
対抗馬である元サッカー選手のジョージ・ウェアに挑戦して、積極的な選挙活動を行った。
選挙結果については一連の混乱はあったものの、
2005年11月23日に勝者宣言してリベリアの大統領に選出された。
2006年1月16日の大統領就任式にはコンドリーザ・ライスアメリカ合衆国国務長官
ジョージ・W・ブッシュ大統領のローラ・ブッシュ夫人などが出席した。
 
大統領就任後は、
国民融和のために野党の政治家を複数閣僚に任命しただけでなく、
アントアネット・サイエ財務大臣(後にIMFアフリカ局長)のような有能な女性閣僚も何人も起用した。
汚職を絶対許さないとの公約を実行するために、制度を整備する等の努力をしたものの、
彼女の兄弟も汚職疑惑で閣僚辞任する等あり、汚職を完全撲滅することは難しい現実であった。
49億米ドルにまで至った国家の海外債務を削減することに努力した結果、
その後、重債務貧困国としての債務の削減が国際社会に認められた。
また、内戦にかかる真実和解委員会を設置したところ、
かつてのテーラーとの関係によって、彼女自身も厳しく報告書で名指しされることとなった。
アメリカや中国との外交関係や地域周辺国との関係においてもその関係強化に努力した。
 
ノーベル平和賞受賞
2011年10月7日、同年のノーベル平和賞受賞者に選出された。
 
リベリアの大統領エレン・サーリーフ氏ら女性3人
2011.10.7
【ロンドン=木村正人】
ノルウェーのノーベル賞委員会は7日、
2011年のノーベル平和賞を、平和と女性の地位向上に貢献したとして、
アフリカ初の女性大統領となったリベリアのエレン・サーリーフ大統領(72)
アフリカと中東の女性3人に授与すると発表した。
女性への授賞はケニアの環境活動家ワンガリ・マータイさん(9月25日死去)の04年以来7年ぶり。
アフリカからの選出もマータイさん以来。
他の2人は
リベリアの平和活動家リーマ・ボウイーさん(39)
イエメンの人権活動家タワックル・カルマンさん(32)。
授賞理由について同委員会のヤーグラン委員長は、
「3人への授賞が、多くの国で今なお続く女性への抑圧に終わりをもたらすことと、民主化や平和において女性が果たす大きな潜在性について理解が進むことを望んでいる」と述べた。
サーリーフ氏は米ハーバード大で経済学を学び、国連開発計画(UNDP)アフリカ局長などを務めた。
国際刑事裁判所(ICC)で公判中のテーラー元リベリア大統領が亡命、
同国の内戦が終結した後の05年の大統領選でアフリカ初の女性大統領に選出され、
国家再建に大きく寄与した。
しかし、
同国の残虐行為を調査する「真実和解委員会」が09年、
テーラー氏への財政支援を認めたサーリーフ氏らの公職追放を求める報告書を国会に提出。
これに対し、サーリーフ氏は続投を表明し、近く予定される大統領選に出馬している。
このため、
7日の記者会見では「(ノーベル賞授与は)内政干渉ではないか」との疑問も呈された。
ボウイーさんはリベリアで民族と宗教の壁を越えて女性運動を展開、
内戦終結を後押しするとともに女性の参政権を確立するなど、
西アフリカ地域での女性の地位向上に努めた。
 
ルマンさんは「アラブの春」と呼ばれる民主化の動きが始まる前から、イエメンで女性の権利や民主化、平和運動を推進。
今年に入り首都サヌアでサレハ政権を批判する学生運動を組織し、一時逮捕された。
賞金の1千万スウェーデンクローナ(約1億1千万円)は3人に配分される。
授賞式は12月10日にノルウェーの首都オスロで行われる。

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