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傑作(0)
上の写真の社名は判りませんが「〇〇観光自動車」と記してあるようです。車体は富士重工の昭和27年(1952)型です。女性客の服装や髪型から見て昭和30年代初期の撮影ではないでしょうか。下の写真は東京の奥多摩地区を走っていた奥多摩振興バス(現・西東京バス)の鳩ノ巣停留所。後ろの土手の上は青梅線の線路です。同じ日の撮影のようですね。
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2008/1/27(日) 午後 9:14 [ 小金井橋 ]
奥多摩振興株式会社は昭和31年に合併で社名は無くなっているようです。看板の表示がすぐに訂正されたかどうかはわかりませんが …
2008/1/28(月) 午前 9:10
西東京バスの成立はちょっと複雑で、まず昭和30年に高尾バス(八王子)、翌31年に奥多摩振興(青梅)、36年に五王自動車(五日市)が京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の系列に入りました。それぞれ傘下に納まった時にはバスの色を当時の京王バスと同じ黄色/朱色に改めただけで、旧3社はそのままの社名で存続していました。昭和38年10月1日に奥多摩振興が高尾、五王の2社を併合する形で「西東京バス」が誕生、本社を八王子に置いて京王系の有力バス会社となった次第です。従って写真の撮影時期が昭和38年より前であれば「奥多摩振興株式会社」でよいということになります。現在、西東京バスの分社化で「多摩バス」という子会社が生まれているのは、名称の一部復活?のようで面白いと思います。
2008/1/28(月) 午前 11:01 [ 小金井橋 ]
うむ、バスのお好きな方が見ればこんな写真からもいろいろ当時が見えて面白いんでしょうねぇ。
2008/1/28(月) 午後 8:42
03567の煙出し付きの建物は禅宗寺院の庫裏(くり)です。この写真と非常によく似た松島・瑞巌寺庫裏(国宝)の写真が文化庁のHPに出ていますのでご覧ください。http://www.bunka.go.jp/ 「文化庁」を開き、「文化財」→「文化財の紹介」→「文化財選集」→「国宝(建造物)の紹介」と追っていくと見られます。03567が東京多摩地区での撮影とすれば、よほど大きな禅寺ということになりますが、まだ確認できずにおります。灯台もと暗し(最も暗し?)で、案外近くにあるのかもしれませんが…。探査を続けてみます。
2008/7/3(木) 午後 2:14 [ 小金井橋 ]
小金井橋さん、お調べいただき感謝いたします。確かにほとんど一緒ですね、撮影位置もほぼ同じなのでよく分かります。ここまで似ていると瑞巌寺庫裏の可能性が大きいですね。
2008/7/3(木) 午後 3:05
2枚目までと3枚目の写真は着ている服の様子から同じ時期ではないと思います。3枚目は半そでに帽子ですから初夏ではないでしょうか?後姿ですが(03560)の浅虫温泉海岸の写真の立っている右側の女性と同じ服に見えます。同じ女性(学校の先生)だとすると宮城の瑞厳寺を見学して、青森の浅虫温泉に行った東北旅行の記念写真の1枚ではないでしょうか?浅虫温泉海岸の女性の顔の確認が出来るようでしたら同じ人か見ていただけますか?
2010/6/15(火) 午後 9:44 [ グズグズ ]
「浅虫温泉海岸の女性」と「鳩の巣バス停の左側の女性」が同じ人かどうかです。分かりづらい言い方ですいません。
2010/6/15(火) 午後 10:02 [ グズグズ ]
グズグズさん、この建物は現在の瑞巌寺庫裏と微妙に異なる点がいくつか見られますが改装されたものではないでしょうか?立ち木などは同じ位置にあるように思えます。
2010/6/16(水) 午前 5:08
[付記1] 初出当時、写真2までの後に写真3が追加されたもので、時期は明らかに違います。写真の整理番号も飛んでおります。[付記2]この女性は浅虫温泉の他、私がコメントを寄せた「三等車 列車」にも登場しており、東北本線の列車と一緒に写っていますので、一連の東北旅行の写真?があるように思います。[付記3] 瑞巌寺庫裏は「よく似ている」ことからの推定で、断定はしておりません。禅宗寺院の庫裏はこの建築様式なので、よく似た寺院は各地に多数あるからです。但し、浅虫温泉の女性とこの庫裏の脇に立つ女性は似た服装なので、同じ人が東北の旅をした時の一連の記録ではないかという思いはいたします。今すぐにタイトルは思い出せませんが、この女性と母上?が東北地方?の農家で写した1枚もあります。旅の途中なのか、帰省中または親戚訪問中なのかは不明です。
2010/6/16(水) 午前 6:35 [ 小金井橋 ]
どきどきさん、早速のご配慮ありがとうございます。観光バスの前に立つ女性とバスから覗く笑顔で学校のバス旅行を連想した早とちりだったようです。バスの人は同僚の方々のようですね。そこで瑞巌寺庫裏の件ですが、一応、奥多摩とは切り離して考えてよいと思います。30年代の庫裏の写真があれば解決なのですが見つかりませでした。よって類推ですので、そのつもり読んでください。瑞巌寺本堂は昭和28年に国宝指定されましたが、庫裏は6年後の昭和34年に国宝指定されています。この国宝指定の6年のギャップを考えると、庫裏が台所として実用されていて、オリジナルの姿から改変されていたために国宝指定が遅かったのではないだしょうか。現在の姿が本来の姿で国宝指定のために改修されたのでしょう。いろいろ違う点はありますが建物や塀の配置、立ち木、左の塀の前の石の水路のような窪みなど、あまりにも似ていてこれが瑞巌寺庫裏でなければ「瓜二つ」として話題になっていてもいいと思いますがいかがでしょうか?但し類推ですので断定するほどの自信はありません。
2010/6/16(水) 午後 7:44 [ グズグズ ]
小金井橋さん、早速のコメント恐れ入ります。掲載当時の時系列を知りませんでしたので、些か、とんちんかんなコメントだったかもしれませんね。失礼しました。
2010/6/16(水) 午後 8:14 [ グズグズ ]
どきどきさん、グズグズさん、こちらこそ深入りしてお手数をおかけしました。探索や考証に試行錯誤はつきものです、つき合わせていくうちに良い結果が出てきたことを喜んでいます。今後ともよろしくお願いします。
2010/6/16(水) 午後 9:39 [ 小金井橋 ]
建物は「瑞巌寺庫裏」と確定してよさそうですね!タイトルに入れさせていただきます。小金井橋さんグズグズさんありがとうございます。
2010/6/16(水) 午後 10:55
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開設日: 2005/6/15(水)
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上の写真の社名は判りませんが「〇〇観光自動車」と記してあるようです。車体は富士重工の昭和27年(1952)型です。女性客の服装や髪型から見て昭和30年代初期の撮影ではないでしょうか。下の写真は東京の奥多摩地区を走っていた奥多摩振興バス(現・西東京バス)の鳩ノ巣停留所。後ろの土手の上は青梅線の線路です。同じ日の撮影のようですね。
2008/1/27(日) 午後 9:14 [ 小金井橋 ]
奥多摩振興株式会社は昭和31年に合併で社名は無くなっているようです。看板の表示がすぐに訂正されたかどうかはわかりませんが …
2008/1/28(月) 午前 9:10
西東京バスの成立はちょっと複雑で、まず昭和30年に高尾バス(八王子)、翌31年に奥多摩振興(青梅)、36年に五王自動車(五日市)が京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の系列に入りました。それぞれ傘下に納まった時にはバスの色を当時の京王バスと同じ黄色/朱色に改めただけで、旧3社はそのままの社名で存続していました。昭和38年10月1日に奥多摩振興が高尾、五王の2社を併合する形で「西東京バス」が誕生、本社を八王子に置いて京王系の有力バス会社となった次第です。従って写真の撮影時期が昭和38年より前であれば「奥多摩振興株式会社」でよいということになります。現在、西東京バスの分社化で「多摩バス」という子会社が生まれているのは、名称の一部復活?のようで面白いと思います。
2008/1/28(月) 午前 11:01 [ 小金井橋 ]
うむ、バスのお好きな方が見ればこんな写真からもいろいろ当時が見えて面白いんでしょうねぇ。
2008/1/28(月) 午後 8:42
03567の煙出し付きの建物は禅宗寺院の庫裏(くり)です。この写真と非常によく似た松島・瑞巌寺庫裏(国宝)の写真が文化庁のHPに出ていますのでご覧ください。http://www.bunka.go.jp/ 「文化庁」を開き、「文化財」→「文化財の紹介」→「文化財選集」→「国宝(建造物)の紹介」と追っていくと見られます。03567が東京多摩地区での撮影とすれば、よほど大きな禅寺ということになりますが、まだ確認できずにおります。灯台もと暗し(最も暗し?)で、案外近くにあるのかもしれませんが…。探査を続けてみます。
2008/7/3(木) 午後 2:14 [ 小金井橋 ]
小金井橋さん、お調べいただき感謝いたします。確かにほとんど一緒ですね、撮影位置もほぼ同じなのでよく分かります。ここまで似ていると瑞巌寺庫裏の可能性が大きいですね。
2008/7/3(木) 午後 3:05
2枚目までと3枚目の写真は着ている服の様子から同じ時期ではないと思います。3枚目は半そでに帽子ですから初夏ではないでしょうか?後姿ですが(03560)の浅虫温泉海岸の写真の立っている右側の女性と同じ服に見えます。同じ女性(学校の先生)だとすると宮城の瑞厳寺を見学して、青森の浅虫温泉に行った東北旅行の記念写真の1枚ではないでしょうか?浅虫温泉海岸の女性の顔の確認が出来るようでしたら同じ人か見ていただけますか?
2010/6/15(火) 午後 9:44 [ グズグズ ]
「浅虫温泉海岸の女性」と「鳩の巣バス停の左側の女性」が同じ人かどうかです。分かりづらい言い方ですいません。
2010/6/15(火) 午後 10:02 [ グズグズ ]
グズグズさん、この建物は現在の瑞巌寺庫裏と微妙に異なる点がいくつか見られますが改装されたものではないでしょうか?立ち木などは同じ位置にあるように思えます。
2010/6/16(水) 午前 5:08
[付記1] 初出当時、写真2までの後に写真3が追加されたもので、時期は明らかに違います。写真の整理番号も飛んでおります。[付記2]この女性は浅虫温泉の他、私がコメントを寄せた「三等車 列車」にも登場しており、東北本線の列車と一緒に写っていますので、一連の東北旅行の写真?があるように思います。[付記3] 瑞巌寺庫裏は「よく似ている」ことからの推定で、断定はしておりません。禅宗寺院の庫裏はこの建築様式なので、よく似た寺院は各地に多数あるからです。但し、浅虫温泉の女性とこの庫裏の脇に立つ女性は似た服装なので、同じ人が東北の旅をした時の一連の記録ではないかという思いはいたします。今すぐにタイトルは思い出せませんが、この女性と母上?が東北地方?の農家で写した1枚もあります。旅の途中なのか、帰省中または親戚訪問中なのかは不明です。
2010/6/16(水) 午前 6:35 [ 小金井橋 ]
どきどきさん、早速のご配慮ありがとうございます。観光バスの前に立つ女性とバスから覗く笑顔で学校のバス旅行を連想した早とちりだったようです。バスの人は同僚の方々のようですね。そこで瑞巌寺庫裏の件ですが、一応、奥多摩とは切り離して考えてよいと思います。30年代の庫裏の写真があれば解決なのですが見つかりませでした。よって類推ですので、そのつもり読んでください。瑞巌寺本堂は昭和28年に国宝指定されましたが、庫裏は6年後の昭和34年に国宝指定されています。この国宝指定の6年のギャップを考えると、庫裏が台所として実用されていて、オリジナルの姿から改変されていたために国宝指定が遅かったのではないだしょうか。現在の姿が本来の姿で国宝指定のために改修されたのでしょう。いろいろ違う点はありますが建物や塀の配置、立ち木、左の塀の前の石の水路のような窪みなど、あまりにも似ていてこれが瑞巌寺庫裏でなければ「瓜二つ」として話題になっていてもいいと思いますがいかがでしょうか?但し類推ですので断定するほどの自信はありません。
2010/6/16(水) 午後 7:44 [ グズグズ ]
小金井橋さん、早速のコメント恐れ入ります。掲載当時の時系列を知りませんでしたので、些か、とんちんかんなコメントだったかもしれませんね。失礼しました。
2010/6/16(水) 午後 8:14 [ グズグズ ]
どきどきさん、グズグズさん、こちらこそ深入りしてお手数をおかけしました。探索や考証に試行錯誤はつきものです、つき合わせていくうちに良い結果が出てきたことを喜んでいます。今後ともよろしくお願いします。
2010/6/16(水) 午後 9:39 [ 小金井橋 ]
建物は「瑞巌寺庫裏」と確定してよさそうですね!タイトルに入れさせていただきます。小金井橋さんグズグズさんありがとうございます。
2010/6/16(水) 午後 10:55