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お隣の自称”先進国・大国”と云われる国の遊園地で金色のガン○ムが大地に立った今日は、今まで発表したいくつかの城館跡の地名等の変更のことです。
1:水戸市旧内原町有賀所在の”有賀北館”です。
以前紹介したときは所在地が不明だったために書きませんでしたが、ようやく”川房小屋(カワボゴヤ)”という地名であることが分かりました。そのため、仮称を”川房小屋館”としたいところですが、正直”有賀地区の北のほうにある館”と解釈して勝手にでっち上げた”有賀北館”でもいいかなとは思ってますが、とりあえず、いずれできるであろうホームページでは仮称を”川房小屋館(有賀北館)”とさせていただきます。
2:常陸太田市旧水府村天下野町所在の”追野平館”です。
この名称の根拠は、館跡のある山の西側下にある共同墓地一帯の地名が”字追野平”であるため、山の名称が不明だった当時はとりあえず隣接してるからこの名前にしておこう、という理由です。
今回、その山上の地名が判明しまして、”字山口”といいます。そのためここも仮称”山口館”とするべきかもしれませんが、航空写真等や現地で共同墓地付近を見てみると、この台地上がいわゆる”居館”に当たると思えるような地形であり、山との間にある道が屈折していたりと、もしそうであるなら恐らく”字追野平”というこの台地が本体とみていいと思うので、大型ホームページを開設の際には仮称”山口要害(追野平館)”としておきます。
上記の2箇所だけでなく、遺跡登録されている名称以外の城館跡の名称はあくまで”当ブログ内での仮称”であり、実際の遺跡登録名ではありません。
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あそこ、山口ですか。まさに金砂山の入り口にあるという意味なんでしょうね。この次もどこか登城しましょう。
2010/12/20(月) 午前 10:53 [ 50storm ]
>50storm殿
文字通りの”東金砂山への入り口”という意味があるのかもしれません。
2010/12/20(月) 午後 10:41 [ dol*s*og*700 ]