阿修羅展
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今日は、憧れの阿修羅展に野を越え、山を越え 遥々と大宰府へいく。 12時頃、大宰府に着き、食事を済ませると博物館へむかった。 事前の情報では、博物館の駐車場はいつも満車で駐車できないと聞いていたが 念のため行ってみると、やはり満車の看板が ! あぁ〜〜 やっぱりなぁ。 しぶしぶ Uターンしかけると、整理の方が中に入るように指示する。えぇっ 本当 ! 頭を深く下げて、ラッキィー ! 無事 駐車 ! 何も危惧することはない。 今日の運は俺の上で光輝いている。昼も美味しいラーメン食べれたし ちょっとハイテンションで博物館入り口に着いた。あぁ〜やっぱぁ人多いなぁ。 ちらっと見た看板に220分待ち。ふぅ〜ん 220分かぁ。えぇ〜っ220分 ! 私のハイテンション粉々にちってしまった。 最後尾に誘導され奥に入ると人、人で埋め尽くされている。さらに誘導され下の入り口の 外に出された。そこにはなんと人、人の長蛇の列。やっとの事で最後尾に並んだ。 それにしてもなんという人出だろう。私が久住で一年で会う人の100年分はいる。 スゴ〜ィ ! と、変なところで感動。それからは歩いては止まり歩いては止まりの行脚が始まった。 やがてそれにもなれ、辺りを見回すと年配の方がかなり多い、中には杖をついた方もいる。 その方々は暑い中、幾重にも折れ重なった九十九折れの道を、愚痴も言わず、黙々と歩を進める。 まるでチベットの巡礼者のように。 それは、時が支配する日常の世界ではなく、焦るでもなくただ淡々と心誘われ往く世界。 それが そこに在る。 阿修羅像 愛するが故の苦悩を慈愛に秘め、人が人である事を知らしめ、許す事、許される事の優しさを伝える。 それは難しい教義でではなく、その小さな顔に幾重にも秘められた表情で、それぞれの人の 心の襞に染み入り昇華させてくれる。凡愚な私でさえ例外ではなかった。 外の混雑とは別に展示室内は、比較的ゆっくりと観覧できましたがやはり阿修羅像の前では さすがにに混雑し、押されたり、足を踏まれたり、でも怒る事もなく人の温もりと柔らかさを 味あわせていただきました。 十大弟子、八部衆像は教義にそった微妙なな表情を醸しだしている。 多聞天立像などは憤怒の表情の中にさえ微笑みさえうかがえる、恐るべし鎌倉彫刻。 ここで、九州国立博物館の方より厳しいご意見をとのことでしたので、それでは ミスト、清々しい滝下の噴霧のようでした、給水器砂漠のオアシスのようでいきつきました。 誘導の方達「皆さんに出来るだけ早くご覧になって頂きたいのでご協力お願いします。」 思いやりを感じることばです。こういう評価も阿修羅様効果かなぁ? お願いです。 写真は「九州国立博物館」から提供していただいてます。 転載はしないで下さいね。 |

