堂々巡り
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人の考えることは往々にして堂々巡りが多い。 先日もネットの記事から見つけてしまった。 と言う記事。 内容はオーストラリアの Bronnie Ware さんと仰る方が、緩和ケアに携わった時に、死の間際に人間がしっかり人生を振り返るのを観察した内容をまとめたもので、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということだそうです。 特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は次のようになるそうです。 1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」 2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」 3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」 4. 「友人関係を続けていれば良かった」 5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」 だそうな。 この記事を読みながら、ワシが以前に記事にしたことがある、とある映画を思い出したな。 それは 最高の人生の見つけ方 と言う記事。 まぁ映画の方は後悔と言うものでは無かったですが、残された時間をどう楽しむかと言う所に力点がありましたが、いずれにしましても人生の終末に向けてのメッセージではないでしょうか。 なぜにこのようなことを取り上げるのか。 それは若い人たちには他人事であったとしても、ワシのようにいわゆる高齢者と言われる領域の人間にとっては他人事ではない。 すなわち必然的に自分の人生を振り返る時間が多い高齢者にとっては・・・いや、ワシだけの問題かもしれぬが・・・ ただ、ワシの中では、我が人生に悔いなし なんだな。 例えば上記の後悔を検証してみると・・・ 自分自身に忠実に生きれば良かった 多分、自分の意志を貫いていたと思う。その結果でつまづいたことや、友人と疎遠になってしまったことなどもありますが、それもまた人生かと思うし。 あんなに一生懸命働かなくても良かった フムッ。仕事をトコトンやるときは徹夜なんかは当たり前のごとくこなしたな。しかし手を抜く時はそれなりに流していたし・・・だから仕事で後悔するとしたら、ワシの老後の手慰み的な仕事を用意していなかったことだろうか。 もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった ワシは自己顕示欲が強かったから、自己表現に関する後悔は無いな。 友人関係を続けていれば良かった 確かに今はそれなりにいろいろな友人はいるが、死の床に伏した時に彼らがどう反応するか、涙を流すか万歳を叫ぶか・・・これは判らぬ。というか、今はそこまで求めていないな。ワシは意外と冷めているのかも知れぬ。 自分をもっと幸せにしてあげればよかった ワシの人生は幸福だったと思うよ。ワシの周辺の全ての人に感謝しているし、自分がいろいろな事を出来ているのは周りの人のおかげだと感謝してるし・・・。 まぁ、今、ワシがデカい口を叩いていたとしても、イザとなったら泣き言を並べる羽目にならぬとも限らないが・・・でもね、この Bronnie Ware さんレポートはオーストラリアの人たちのことだと思うのですが、彼らは日本人より積極的に自己表現していると思うのですが、それでも もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった なんて思っているのでしょうかね。 またまた、結論が出そうもない不毛の問題を書きつけてしまった。 問題は 今 ワシは 何をすべきなのか いや 何をしたいのか これまた不毛のテーゼであるな。 よって、やはりこのようなことで後悔するのではなく、最高の人生の見つけ方 に傾注したいものです。その方が前向きでしょ。 後悔なんて要りません。 この記事、気になる方は こちら をクリック。 今日のランは入れ込んでみたら、いつもなら5.16Km、30分ほどのジョギングが27分57秒とついに28分を切りましたな。 でもそろそろ限界。 若い人たちのように走るのは無理と悟っております。 それに膝の負担もハンパネエから、水泳か自転車に転向しようかな・・・ |
