社会学系研究者の台湾滞在記

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サッカーは誰のためのものか??

この記事はTB記事です。

まずはTB元の記事を一読された方が話が分かりやすいと思います。

どうも、ここのブログではTB先の記事が出ないようですね。しょうがないので直貼りします。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/so-ma/article/175

とゆーか、コメントをつけるつもりが長くなりすぎたので、人のところでやるのはどうかと思い、自分の場所で発信することになりました。



非常におもしろい記事でした。

正直、「サッカーは誰のためにあるべきなのか」という問いにつながる興味深い指摘だと思います。

「娯楽が見たいならサーカスに行ってくれ」という有名な発言がイングランドにはありますが、彼らは「スポーツとして」サッカーを愛しています。

スポーツですから、ルールの枠の中で最善を尽くして勝つ、それだけです。
どんなテクニックもファンタジーも勝利につながらないのであれば、意味がない。いかにも禁欲的なイギリス人っぽい考え方でですね。


それがプロスポーツつまり、エンターテイメントということになると、派手で見ていて面白いということが重視されます。
スペインには「サッカーとは人生そのものではない、それ以上のものだ」という有名な台詞があったと思いますが、サッカーが「生活そのもの」であるイギリスとはだいぶ違いますよね。


イギリスではサポーターの代表として、必死に戦って勝つことが重視される。


スペインでは、非日常的なスペクタクルとして、楽しい試合を提供することが重視される。



サッカーはサポーターのためにあるべきなのか、サッカーファンのためにあるべきなのか。


私としては、クラブはサポーターのことをもっとも考えて行動するべきだと思っています。なぜなら、彼はそれこそ病めるときも健やかなるときも常にクラブを支えてきた存在だからです。

そこで、サポーターの中で、「美しい試合をするために負けるリスクを増やしてもいい」と思っている人がどれほどいるかが問題でしょう。

正直、これは皆無なんじゃないか、と。


もちろん、バルセロナはある程度例外でしょう。「美しく勝つ」が彼らの哲学ですから。

しかし、「美しく負ける」ということに対しては反応は分かれるのだと思います。

現実に、一緒にバルサ×チェルシー戦を見たカタランは、「今日の試合は良くなかった」とは言っていましたが、負けそうな時は絶望し、勝ったときは抱き合って喜んでいました。


私もTB先のso-maさん同様、美醜の問題は好きにあっていいと思います。

しかし、その選択はそれこそ好きにやっていることで、それ以上のものではないでしょう。

サッカーというゲームにあるのは、勝ちと負け。それだけでいいはずです。スポーツなら。


それ以上は、極端に言えばプロレスが好きなのかボクシングが好きなのかの違いではないか、と。誤解されないように言えば、私はプロレスが嫌いではあいません。

しかし、美しい試合というものが、はじめから協定のように、つまり「魅せる試合」をするためにはなから仕組まれているのだとしたら、ゲームとしてサッカーの誠実さを捨て去る行為に私には思えます。

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