8月13日にこいつが生まれて、もう4カ月半になろうとしている。
餓鬼の成長はとにかく早い。産まれた頃にしていたことがもうできなくなっている。もちろんできるようになっていることもあるが、ひねくれてみれば、どんどん新生児だった頃の面影を消していっている。
まどろみの中を生きていたKyosukeだが、どんどん「笑顔」を見せるようになっている。その代わり、あの動物的な、本能的な表情は失いつつある。
餓鬼の笑顔はかわいいものだ。だが、その笑顔とひきかえに、確実に何かを失っている。野性的な何かを。まぁ、もちろんまだまだ野生人であることには間違いないが、それでも、どんどん「人間化」していっているのが分かる。
世の中の平凡な父や母どもは、「できるようになること」を喜ぶ。だが、俺様は違う。「失っていくこと」を憂いているのだ。人間になっていく悲しさと向き合っていくのだ。このブログは、その悲しみの過程を描いているだけだ、と言ってもよいかもしれん。
無垢さは穢れていく。生まれたままの姿はどんどんと消えていく。変わっていく。そして、人間に、日本人になっていく。言語を覚え、ルールを学び、そして、退屈を覚えていく。そんな過程が悲しくて仕方ない。この無垢な笑顔もやがては、消えていくのだろう。それが、大人になっていく過程だとするなら、それは悲しみへの階段を昇っていくことに過ぎない。
皆、赤ちゃんはかわいいと言う。もちろんかわいい存在ではある。だが、そのかわいさは、どんどん失われていくのだ。赤ちゃんの育児なんていうもんは、一瞬のことに過ぎない。すぐに、あっという間に、言葉を覚え、世俗化され、くだらないことを考えるようになる。
…なんてことを考えるのは、ちょっと野暮だったかな。
まぁ、いい。
この笑顔は、嘘ではない。消えゆく笑顔であったにしても、今、こうして笑っていることは確かだ。刹那の瞬間を、とくと味わっておくことにしよう。
こんな夜は、Blue Vices☆
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