森綾のおとなあやや日記

もの書きで歌うたいな森綾のone note samba

蜷川幸雄さんのこと


 演出家の蜷川幸雄さんが亡くなった。


 私が21歳のとき、初めて見た舞台は大阪・近鉄劇場での「近松心中物語」だった。

 主演は平幹二朗さんと、太地喜和子さん。

 それはそれは感動して、終わって泣きじゃくって立ち上がれなかったくらいだった。

 連れていってくれた当時の彼氏は、その後、食事でも私がいかにすごいかを語りまくるので、
 
 ドン引きして「語りすぎるのはよくないな」と言ったのを覚えている。

 チケット代を払ってくださったその方には本当に感謝しているが、

 なぜこの興奮を分かち合えないのかと、やや寂しく思った。

 太地さんの狂気を引き出すかのような、ものすごい演出。

 客席の感動がまた舞台に波のように押し寄せていく。

 こんなすごいものを作れる人がいるのか。

 その後、太地さんと杉村春子さんの「華岡青洲の妻」(これは文学座)を一人で見に行ったり、

 演劇熱がしばらく続いた。
 
 その後すぐに太地さんは亡くなり、それは貴重な記憶となった。

 蜷川さんには、「elan」という雑誌で高橋恵子さんの特集を何十ページも書くときに、

 高橋さんについてのインタビューをお願いした。

 「近代能楽集」の稽古も見せていただいた。

 稚拙なインタビューだったが、

 高橋さんの美しさ、女優が美しいということにどういう意味があるのかを、

 熱く熱く語ってくださった。

 美しいって怖いことだな、と私は思った。

 「ハムレット」で、松たか子さんが初めてオフィーリアをやったとき、

 「あなたのやり方で狂気を演じなさい」と彼が言ったら

 松さんは歌舞伎のように目の玉を片方ずつ寄せたそうで、

 それを蜷川さんが大喜びしたという話は、

 確か松さんのお母様から聞いた。

 灰皿を投げて怒るとか、いろんな逸話があったけど、

 私が見た頃の蜷川さんはもう温厚で、

 言葉で説明する人になっていらした。

 もうちょっとまともなインタビューができるようになったら、

 またお会いしたいと思っていたのになあ。

 80歳。

 えっ、もう80歳だったの?

 人生は、早いな。

 たくさんの感動を、たくさんの役者の育成を、

 ありがとうございました。

 安らかに眠ってください。

 そして時々Bunkamuraあたりで観ていてください。

 合掌。


 


 

.


みんなの更新記事