箱根駅伝にみるJリーグの魅力作り
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東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は、全日本大学駅伝、出雲駅伝と並ぶ、大学駅伝の三大レースの一つだが、箱根駅伝は全国区のレースではなく、関東地方の大学による駅伝レースである。にもかかわらず、その歴史の長さと規模は、全国クラスであり、実際の全国大会である全日本大学駅伝を凌いでいるといえよう。その走る距離もモンスター級だ。大手町から箱根・芦ノ湖まで車で運転しても、意外と疲れるのに、人間が走って行くのだから、恐れ入る。開催も、一年でたった二日だけという希少性と寂しさ、そして、暇な正月にやっているせいか、箱根駅伝がないと、新年が始まった気がしない。ただ、長年、箱根駅伝のテーマソングで馴染み深かったネバーエンディングストーリーのテーマ曲が変わり、やや、今年は正月気分になりきれなかったかもしれない。あと、瀬古氏の解説も、早稲田以外は熱がないのはあいかわらずだ。 さて、レースだが、今年も、五区の柏原の快走で、そのまま東洋大が連覇を果たした。一見、柏原が突出して取り上げられているが、6区以降をブレーキ無しでうまく纏めた復路5人のランナーの見えない功績も忘れてはならないであろう。今年は、一区ですでに早い勝負の仕掛けがあった。例年の1区はリスクを取れずにスローで流れ、団子状態を保ちながら、最後、よーいドンでスパートをかけるのだが、今年は、立ち上がりからハイスピードで、序盤から振るい落としがなされた。そのせいか、1区から有力校の苦戦が目立った。4区までの明治の首位状態も、そういう流れから生まれたものといえよう。 今年は然程でもなったが、箱根駅伝の魅力は優勝争いのみならず、シード権のかかった中位争いも忘れてはならない。シードが取れる取れないは、翌シーズン日程の調整を迫られ、最悪、予餞会で本大会出場を逃すなど、リスクがまるで違ってくる。ちなみに、今季は順天堂が出場できていない。また、(チームが出場できない優秀ランナーの救済に過ぎない)学連選抜制度も、かってはモチベーションが低く、空馬のごとき存在だったが、今では、シード権争いに参加できて、10位以内に入れば、シード枠を一つ減らし、逆に、翌年の予餞会の枠を一つ増やすことが出来る。そして、繰上げスタートを迫られる下位争い。襷を繋げられないことは、勝敗を度外視した最低限、死守しなければならない矜持である。とにかく、どの順位に居ても、気の抜けないシステムが箱根駅伝の言い知れぬ魅力ともいえよう。 こうしてみると、上位と下位は、Jリーグの優勝争いと残留争いとなんら変わりは無い。かっては優勝争いしか着点のなかったJリーグも、降格昇格の枠を増やしたり、(AFCに働きかけて)ACL枠を増やして上位争いに優勝以外の目標を設定するなど、それなりに競争原理の方向へ歩んではいる。そして、毎年書いてるが、Jリーグに足りないのは、やはり中位争いだ。一応、賞金がリーグ8位まで出るが、それだけでは訴求力が弱い。たとえば、あくまで思案だが、ナビスコ杯の構造を改革したうえで、中位にナビスコのシード権設定などすると良いのかもしれない。 Jリーグの改革は、当ブログでも過去にあれこれ書き綴ってきた。Jリーグも客が欲しい、人気を取りたいのならば、(落ち目の)日本代表に頼ることなく、厳しい競争システムを構築するしかない。決して、ゴルフやフィギュアのようなスターシステムの構築がベストのやり方ではない。あれはマイナー競技の手段であり、メジャー競技には、NFLのようなメジャーのやり方がある。 いずれにしても、箱根駅伝の魅力は、残酷なまでの「厳しさ」「過酷さ」に尽きる。なんであれ、面白さの着地点はそこに尽きる。 |
