きよっぴワールド炸裂

天下の風来坊が無差別に色々書いていきます!!

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雪の大谷

イメージ 1
黒部ダムへ行く途中では強風のため見合わせだったのが帰りには開催されている
 
との電光掲示板で見たので行くしかないでしょう(^^)
 
雪の大谷へは室堂バスターミナル北側に下りてゆける出口があり、そこから高原バ
 
ス道へ出てゆきます。
 
そこから両側に雪の壁を見ながら歩いて10分ほどで雪の大谷に到着です。

大谷ロード側は普通の舗装路面を歩きますので、特に積雪や凍結していなければ
 
何の準備も要りません。
 
生憎この日は天気が悪く雨でしたので寒さ対策が必要でした(^^;)
 
 
※旅行日および撮影日は4月22日です。
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
立山黒部アルペンルートの開通時に最大の高さを誇る雪の大谷と雪の壁です。
 
立山・雪の大谷と呼ばれているところは、立山黒部アルペンルート開通時には十数
 
メートルの雪の壁が出来るところとして非常に有名であり、春の立山観光の目玉と
 
も言えるものです。
 
高原バスの始発である美女平ですでに2m〜3mくらいの雪の壁が道路の両側に
 
連なっています。
 
これは行きのバスの中から見ましたが、やはり降りて見たいもんですからね。
 
ここから約23kmの道のりを除雪作業が行われます。 
 
ブナ坂、弘法、七曲り、弥陀ヶ原、追分、天狗平と標高を上げてゆくにしたがって両
 
側の雪の壁の高さも次第に高くなり、周囲の景色はほとんど見えなくなってゆきま
 
す。
 
一面雪に覆われた銀世界の中に見える立山の山岳と雪の壁はこの時期にしか見
 
ることの出来ない素晴らしい風景です。
 
雪の大谷はこのアルペンルート高原バス区間でも最大の雪の壁を見ることが出来
 
るところです。
 
年によっては20mに迫ることもあるそうです。
 
この雪の大谷区間の除雪だけでも一週間から10日前後掛かるそうですから驚きで
 
す。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
これだけ巨大な雪の壁が両側にあると、ふと崩れてきたらどうしようと思ってしまうも
 
のですが、実際のところ、この雪の壁はアルペンルート開通以来一度も崩れたこと
 
がないそうです。

これは1立方メートル当り500kgという雪の自重で雪自身が押し付けられて氷のよ
 
うに固められているためだそうです。
 
また暖かくなって解けるのも表面から雪解けして行くので、徐々に道から後ろ側へ
 
後退してゆくのだそうです。
 
歩いている方と比べると雪の壁の高さが想像し易いですよね(^^)
 
解説によると、この雪の壁も、その年の雪の降り方や気候の変動が、降り積もった
 
雪の中に記録されているとのことです。

この時期を観察することで、その年のいつ頃が寒かったか、黄砂がいつ頃降ったか
 
(雪がやや薄茶色になる)気温が高かった時期(ザラメ状の丸く大粒の雪質になる)
 
氷状の部分(寒暖差があり一度解けた雪が再び固まったもの)などが分かるそうで
 
す。
 
このような積雪とは無縁な地域に住んでいる者としてはこの光景は驚きと感動すら
 
覚えてしますものです(^^)

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黒部ダム

イメージ 1
前日は時間の都合で立山駅周辺のみでしたが、宿で一泊したあと、朝食を済ませ
 
てすぐにチェックアウトして立山駅に到着しました。
 
到着したのは午前7時頃で、黒部ダムまでの切符を購入しました。
 
 
 
 
 
イメージ 2
7時20分頃、まだ人はほとんど見当たりませんでした。
 
出発までまだ時間があるようでしたので、構内にある土産物屋さんでも物色します
 
(^^)
 
出発間近になるとどこからともなくたくさんの人であふれかえっていました(^^;)
 
 
 
 
 
イメージ 5
立山駅と美女平までの標高差500m、最大29度の急斜面を2台の車両
 
がつるべ式に昇降しています。
 
車窓から立山山麓の雪景色が見られました
 
※(旅行日および撮影日は4月22日です)
 
 
 
 
 
イメージ 6
「雪の大谷」で有名な美女平から室堂の、標高差1,500mの高原を走り
 
ます。
 
人数を数えて全員着席できるようにしてくれているらしく、快適に車窓
 
見学を楽しむことが出来ます(^^)
 
車内では走行に合わせて見どころ解説のDVDが流れています。
 
 
 
 
 
イメージ 7
名所ポイントに近づくとバスが停車してくれます。
 
かなり遠めに称名滝が見られました。
 
この時期は雪と凍結で行けないみたいなことを運転手さんがアナウン
 
スされていました。
 
 
 
 
 
イメージ 8
高原バスを降りて今度は立山トンネルトロリーバスに乗っていきます。
 
日本では最高所の2,450mの所を走ります。
 
主峰・雄山の直下を貫き、室堂から大観峰へ全長3.7kmの区間を運行
 
しています。
 
言うまでもなくトンネルだから電気自動車でした(^^)
 
雪の大谷ウォークはここで見れるのかぁ、でもこのときは強風の加減
 
で開催見合わせのなっていました・・・( ̄_ ̄)
 
 
 
 
 
 
イメージ 9
急斜面の岩場にある大観峰駅と黒部平間の標高差500mを約7分で
 
結ぶ80人乗りのロープウェイです。
 
支柱のないワンスパーン方式としては日本一の長さがあるそうです。
 
支柱がないのは美観を損なわないようにするためだそうです。
 
まさに動く展望台で眼下に広がる眺望を満喫できます。
 
 
 
 
 
イメージ 10
大観峰駅は断崖絶壁にせり出すようにして建っているので、屋上以
 
外、外へ出ることはできません。
 
 しかし駅の屋上展望台から一望する黒部湖や後立山連峰の大パノラ
 
マは、アルペンルート屈指の美しさです。
 
 
 
 
 
 
大観峰の展望台から見た景色です(^^)
 
 
 
 
 
 
イメージ 11
黒部平から黒部湖までの標高差400mを上り下りしています。
 
日本でもここだけにしかない「全線地下式」のケーブルカーで、自然景
 
観保護と豪雪による被害防止のため地下式が採用されています。
 
 
 
 
 
 
このとき何か異常があったのか凄い勢いで突っ込んできて止まれるの
 
か?と一瞬思いました。
 
オペレーターの人もストップ!ストップ!と叫んでいるのが聞こえました
 
から、何とか何事もなく止まりましたが、このあとお客さんを下ろしたあ
 
と試運転のために一旦下りてまた上がってきたときの様子です。
 
次に乗るのに・・・(^^;)
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
高さ186m、堤長492mという世界でも屈指の規模を誇る黒部ダム。
 
美しい弧を描くアーチ式ドーム越流型ダムで、2億立方メートルの貯水
 
量を誇ります。
 
この先のレストハウスで黒部ダムの製作ドキュメント映像の「くろよん
 
物語」が上映されていました。
 
上映時間は11分、席はいっぱいありましたが誰一人見ていませ
 
ん・・・きよっぴは席に座りしっかり鑑賞してきました!(^^)
 
あと山苺のソフトクリームもいただきましたよ!
 
このときものすごい強風と小雨で天気はよくありませんでしたがものす
 
ごい建造物が見られて感動しました(^^)
 
毎秒10立方メートル以上も吹き出す大迫力の放水が見たいので、6月
 
から10月の間を狙ってそのうち来たいですね。
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
黒部湖も凍ってます(^^;)
 
 
 
 
 
 
富山県南東部、北アルプスの立山(たてやま)と赤沢岳間の黒部峡谷
 
地点にあるダムです。
 
立山町に属し、1956年(昭和31)関西電力が着工以来、6年10か月で
 
513億円と延べ990万人の労務者を投じて、63年に黒部川第四発電所
 
とともに完成しました。
 
ダムの高さ186メートル、堤長492メートル、体積157.5万立方メートル
 
のアーチ式ドームダムです。
 
黒部湖の広さは甲子園球場の237倍で、貯水量2億トン。
 
建設中は黒部川第四発電所のダムというので黒四ダムとよばれてい
 
ました。
 
ダム建設の仮設工事は立山越えのルートで行われたが、本工事の大
 
量資材輸送は赤沢岳直下を貫いた関電トンネルで行われました。
 
このトンネル工事は大湧水(ゆうすい)のため難工事でありました。
 
現在10キロメートル下流の地下発電所で、落差576メートル、最大水
 
量毎秒72トン、四つの発電機で33万5000キロワットの発電を行ってい
 
ます。
 
ダム完成後、大町方面からの資材輸送ルートは観光ルートとなり、そ
 
の後開通した立山黒部アルペンルートとともに観光地となりました。
 
ダムサイトの左岸に黒部湖遊覧船の船着き場があり、黒部湖上流正
 
面に赤牛岳(2864メートル)がそびえ、左岸山頂は立山で、右岸山頂
 
は赤沢岳(2678メートル)、スバ ­リ岳、針ノ木岳(2821メートル)です。
 
ダム下流左岸は黒部別山(2353メートル)とその断崖です。
 

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立山駅周辺

イメージ 1
富山の立山へ行ってきました。
 
途中で大津SA、賤ヶ岳SAで休憩しながらなので5〜6時間くいらいで到着しました。
 
車中からは立山連峰が見えたときは疲れも吹っ飛びました(^^)
 
※旅行日と撮影日は4月21です。
 
 
 
 
 
イメージ 2
きよっぴの住んでいるところは桜の時期はとっくに終わっていたのですが、こちらは
 
まだこれからといったところのようでした。
 
道にのまだこんなに雪が・・・まさかこんなに雪があろうとは思っていませんでした
 
(^^;)
 
 
 
 
 
 
イメージ 5
ここは立山駅からはちょっと離れているところですが、ここから歩いて駅までの景色
 
などを見ながら散策してみました。
 
 
 
 
 
 
イメージ 4
千寿ヶ原緑地公園からの景色です。
 
 
 
 
 
イメージ 3
到着したときにはすでに夕刻でしたので、いまから目的地に行くには無理なので、と
 
りあえず明日利用する立山駅と駐車場所やらケーブルカーの出発時間や周辺を見
 
ておくことにしました。
 
さすがに有名な観光地だけあって観光バスもたくさん停まっていました(^^)
 
あとは宿泊施設へ行って明日に備えて休むことにしました。
 
 
 
 
 
イメージ 6
宿泊した立山山麓 湯宿 ホワイトベルです。
 
至れりつくせりとまではいきませんが十分休める部屋でした(^^)
 
 
 
 
 
イメージ 7
大きなお風呂ではないですが温泉にゆっくりつかって疲れもとってサッパリしました
 
(^^)
 
 
 
 
 
イメージ 8
なんと露天風呂までありました(^^)
 

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松山城二之丸史跡庭園

イメージ 1
松山城二之丸史跡庭園の入り口。
 
松山城は、1602年(慶長7)に加藤嘉明によって築城を開始したが、二之丸は、2
 
代城主蒲生忠知(がもうただちか)の治世(1627〜34)に完成し、藩邸・藩主御殿
 
として利用されました。
 
しかし、1687年(貞享4)に三之丸が造営されると、藩邸・藩主御殿は三之丸に移
 
されました。
 
1872年(明治5)の火災で二之丸は焼失。
 
1984年(昭和59)に二之丸跡の発掘調査がおこなわれ、遺構などを整備し、史跡
 
庭園として建設されました。
 
 
 
 
 
イメージ 2
二之丸は、本丸を防備するための施設で、南と西側には内堀があり、高い石垣と強
 
固な櫓や門、それらをつなぐ塀によって周囲が囲まれていたそうです。
 
庭園内部は、部屋の間取りの中に各種の柑橘や四季折々の草花を植えた北半分
 
にある「表御殿跡柑橘草花園」と、部屋の間取りの中を水が流れる西南部にある
 
「奥御殿跡流水園」とに大きく別れています。

また、庭園東側には「林泉庭」があり、露岩を背景にした池や滝を配置して「わび」
 
「さび」を表現しています。
 
山の上には松山城が見えます(^^)
 
 
 
 
 
 
イメージ 3
1984年の発掘調査によって発見された巨大な井戸、大井戸遺溝です。
 
露出していたのは西半分だけで、東半分はいろりで火をおこしていた「焚火之間」が
 
覆っており、その基礎部分が残存します。
 
石段を上ったところにある一段低いところが床下通路跡で、火災の際、木桶で水を
 
くみ上げ、地下通路を経て運搬していたものと考えられています。
 

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萬翠荘・坂の上の雲ミュージアム

イメージ 1
萬翠荘と坂の上の雲ミュージアムの門です。
 
ここから緩やかな坂を登って行きますが、順番的には坂の上の雲
 
ミュージアムになります。
 
 
 
 
 
イメージ 2
入場券を外の券売機で購入して入ります。
 
愛媛県松山市にある博物館 で、同市が取り組んでいる司馬遼太郎先
 
生の小説『坂の上の雲』を軸としたまちづくりの中心 を担う施設です。
 
日本を代表する建築家の安藤忠雄氏が設計しました。

三角形という大胆な形状の地上4階、地下1階の鉄筋コンクリート造
 
り、松山城の裾に設立された「坂の上の雲」ミュージアムは、そのロケ
 
ーション同様に、歴史や文化を大切にしながらも、未来へと向かうこれ
 
からのまちづくりのコンセプトが見事に表現されています。
 
建物の中も奇抜というかおもしろい構造で出来ていました。
 
スロープ状になっていて2F〜4Fへ資料を見ながら上がれるようになっ
 
ていました(^^)
 
 
 
 
 
イメージ 3
1922年に旧松山藩主久松家、第15代当主久松定謨(ひさまつさだこ
 
と)伯爵の別邸として建築家、木子七郎(きこしちろう)(近代建築の草
 
創期に多くの作品を残した)に設計、建築させました。
 
ロココ様式の館内は名士が集まる社交場だった当時の雰囲気が漂
 
っています。
 
又、皇族方がご来県の際は、必ず立ち寄られたところです。
 
戦後、米軍将校宿舎、家庭裁判所、県立郷土芸術館と変遷して、昭
 
和54年に美術館分館となり、現在に至っています。
 
現在は愛媛県美術館分館郷土美術館として使用されています。
 
1985年に愛媛県指定有形文化財に指定されています。
 
 
 
 
 
イメージ 4
坂の上の雲ミュージアムのライブラリーラウンジからも萬翠荘が望めま
 
す。
 
ちょうど桜の時期でしたので映えますね(^^)
 
 
 
 
 
イメージ 5
夏目漱石が下宿し、自分の俳号「愚陀仏」をとって愚陀佛庵と名
 
づけた愚陀佛庵は萬翠荘の右手から裏へ回って行くとあるのですが、
 
立て看板があり、平成22年7月12日 水害により愚陀佛庵が倒壊しま
 
した。
 
と看板の端っこに小さく書かれていましたが、せっかく来たので見てき
 
ましたが、ご覧の通り土砂崩れので跡形もありませんでした・・・(^^;)
 
 
 
 
 
イメージ 6
観光し終わって萬翠荘を後にしようとすると、萬翠荘から周遊バスが
 
出発している青いレトロな車体の、その名も「マドンナバス」が停車して
 
いました(^^)
 

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開設日: 2007/5/13(日)


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