2011年9月。とぅとぅ義母に痴呆の症状が。。。本人の自覚もあり、これからどうしていくかの記録です。義母とは2009年3月に別居。それまで20年近く側で見てきて、義母には元々そう言った系の気配を感じてました。義母から聞いた話しを「誰に聞いた??」と言われるとか、同じ名称で呼んでいたお店の名前が突然通じなくなるとか。それらは”駄目だこりゃ”書庫に書いて来ましたが、これからは、義母のことをまとめてここに書いていきます。
歩ける
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近況です。義母のお見舞い、2回目行ってきました。ICUを出てベッド2つは空いてる4人部屋へ移動。夜の淋しさはないと言う。え?あんなに淋しかったのに??!!(心の声)。
寝たきり状態だと思い込んでいたので、トイレに立つ義母に驚いた。え?歩けるん??「うん、トイレは自分で行けるよ」点滴を引きずりながらすすーっと歩いて行ってしまった。思いの外やった。さすが、内科ではなく、外科。傷さえ癒えればですわ。
物忘れは相変わらず。義母がトイレに立ってしまったので、はす向かいに入院している伯父さんのところに顔を出しに行った。しばし会話が弾み、しばらく間をおいて義母の部屋へ行ったら、また1からになっていて、「まぁエコペンさん、来てくれたん・・・(涙ぐむ)」何度でも感激してくれる。申し訳ないの一点張り。不安なんだろうね、手を包むと「まぁなんて温かい手・・・」と嬉しそうに笑い、また涙ぐむ。そんな感じ。
私は体温が高いわけではないのだけど(^_^;)、手が温かかったりする(更年期?)ので、会うたび体温を伝えることにしている。冷たいとびっくりさせてしまうけど、温かい時ってホッとするやん。言葉だけより、さりげない体温の交流って言うん?タッチする(手だったり肩だったり)って大事やと思うん。
世間では義母がかなりの認知症と言うことになっているらしい。まぁ、説明しきれないので放っておくが、老人性ウツから来る認知症状態であることは間違いなく、いずれ”本物の認知症”に発展する確率は五分五分だと聞いている。病名はどうあれ、どう見ても認知症が進んだ人ではある。
運転免許を持っているだけでなく、いまも運転をしていたと言う事実は考えると恐ろしい。車は大破し廃車にしたので、二度とハンドルを握ることはないだろう。どの車でも運転出来るではなく、その車しか運転出来ないタイプやったし、怖くて乗れないことを願う。
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入院
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前々から心配だった義母の車の運転。とぅとぅ単独事故を起こしました。幸い、命に別状はないものの、しばらく入院することになりました。緩い左カーブで、助手席側がガードレールに食い込む形。不幸中の幸いがいくつも重なりました。車は駄目になったけど、ほんまに免許証返上やったってことやと解ったと思う。本人が臨んだことやし、ごり押しして辞めさせなくて良かった。これを機に寝たきりにならないようにと、呆けが進まないように願うのみです。
お見舞いに行ったのは手術(腸の)の翌日やったんで、話が出来ました。すごく反省してた。心配かけて迷惑かけてすまないと。知ってやったことやないんやから、仕方がないし、しっかり養生して元気になってと声を掛けました。こうやって少しずつ弱っていくのだろうと思います。最後まで幸福やったことだけは忘れず、過ごして欲しいです。
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老人性ウツ
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昨日いつものように美容院で週刊誌を読んで見つけた記事。衆議院議員の野田聖子さんのお母さん。義母と同じ年齢でしかも”老人性ウツ”だと書いてあった。はっきり聞いてはないものの、義母もこれに違いない。検査では痴呆でもアルツハイマーでもなかったことから、検査してくれた先生は”ウツ状態”であることをほのめかした。
私が義母の為に選んだ病院は自宅から一番近い老人専門の精神科。行くならそこと以前から決めていた。そこへ検査結果を持って話しに行ったのだけど、『今は違っても徐々に痴呆へ移行していく確率が高い』と聞いた。これは本で読んだのだけど、老人性ウツで怖いのは”自殺願望が出る”と言うことらしい。確かに確かに、私の実家近所でもかなり前の話しになるけど、自殺したおじさんがいた。結構歳を取ってからやったけど、元々が暗い感じの人で、生活が苦しいわけでもなさそうやったから、そうやったんかもしれん。。。
調べてみると、”痴呆”よりも”老人性ウツ”(痴呆とほぼ同じ症状なので紛らわしいとのこと)が断然多いのだそうだ。そっから痴呆に発展していく確率が高いって言うんやから、ウツの初期に気づければ、まだしも進行を遅められるんかな、薬も色々あるみたいやし。ま、義母の場合、検査は昨年したけれど、遅かったかもしれん。駄目だこりゃ書庫を整理していて、かなり前から言動がおかしかったことがはっきりしたし(それはウツではないと思うけど)、そんな日常の中で、で私が義母のウツに気づけたかどうかと言うと定かではない。
義母の場合、「淋しい」とか、「火の始末や鍵が気になって何度も家を出てから戻る」と言う話しをしていたので、もしかして普通じゃないかもと思えたのと、家族が一緒にいた場で、なかなか冷たいお茶が出てこなかったり、不可思議な行動をみんなで確認出来たのも大きい。私1人がオカシイと気づけても、”嫁姑問題”と混同されて、なかなか信じてもらえないのだ(経験談)。義母も1人になると将来に不安を感じるのだそうで。いままで将来のことなんて考えることもなかったと思う(生活が保障されている)のに、考えてしまうのはやはり病的なのだろう。
この記事を書いている途中義母に電話してみたが、短い時間の中で同じ話しが2回。それは楽しかったよと言う昨日の出来事なので、よほど楽しかったのであろう。同年代が集まるデイサービスが待ち遠しいらしい。うん、よいよい。時々電話をすることとしよう。
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近況
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義母のこと、しばらく書いていませんでした。昨日、一昨日かな、電話したんです、夢を見たので。相変わらずやったです。最初はテンション低めやったけど、徐々に声に張りが出ていつもの義母に。
最近の様子は何となく解った。行くように勧めていたデイサービスにも行ってるみたい。これと言った趣味もないから、家にいると、”ただ家にいる”だけの生活で張りがないのが気がかりで、なるべく定期的にでも外に出たほうがいいと思ってた。週に一回と言ってたけど、2回でも3回でも行けばいいと思う。”外部からの刺激”と”社交時の緊張感”って言うん?大事やと思うん。家でぐったりしてるのに、お医者さんの前に出るとシャキっとなるように、”気の持ちよう”って大きいよね。
忘れっぽいのは前と変わらず。さっき話したこと、何度も聞いてくる。いま初めて言うかのように。先日、義母の姉妹の娘さんと話したんだけど、似たような状態だそうで。そう言う家系なのかもしれない。”でも、どうにもしてあげられない”と意見は一致し、見守るしかないねってことで。そんなところです。
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近況
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義母の書庫、しばらく放置してました。いったん落着したのもあったし。で、近況報告です。
義母は元気です。昨日電話をかけたら、力のある発声で元気ハツラツでした。薬が合ったんだろうね、夜も7時間くらい続けて眠れるとのこと。やっと長年の不眠から解放されたみたい。食事の支度も自分でやってるみたいやし、気弱な様子は感じられませんでした。
毎日やってても時折忘れるらしいけど、私だって毎日飲んでる薬を飲み忘れたりするからねぇ。毎日が同じすぎて今日だったか昨日だったか解らんくなるんじゃない?と話しました(私がそうなので・笑。)逆に義母に心配されました。あんたがウチの大黒柱なんやから気をつけてよ。って、私が大黒柱??。。。(^_^;)。。。義母健在でした。
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