惜別 113系阪和色車(1)
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皆様こんばんは。 昨年12月10日をもって阪和・紀勢両線から113系阪和色車が引退しました。 1972年3月15日改正で天王寺〜和歌山に新たに設定された新快速用として登場して以来40年近くにわたり活躍したことになります。このたびの引退を惜しみ、当方の旧作で往時の活躍を偲ぶことにいたします。 今回は阪和線新快速です。EF58シリーズ(19)、和歌山駅でのDF50と併せて撮影しています。 まずは1枚目です。 和歌山駅に入線するところです。当時は6両×3編成が鳳電車区に配属されていました。全車網干区からの転属車です。 なお前面の行先表示幕は何故か103系用のを使用していたので、行先が読みづらいですね。 次いで最終2枚目です。 和歌山駅で停車中の時のものです。昼間に1時間毎に運転されていました。 明暗差が大きく、ヘッドマークの文字が白とびしているので補正をかけましたが、なかなか納得のいく仕上がりになりませんね。 今回は以上です。
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こんばんは
またひとつ 関西地区伝統の塗色が消えてしまいました
黄色一色や緑一色の車輛ばかりになると味気ないですね…
2012/1/9(月) 午前 2:01 [ めだか帝国鉄道 ]
めだか帝国鉄道さま 早速のコメントありがとうございます。
この塗色、本家の宮原区153系・165系新快速は8年余りの活躍にすぎなかったのに対し、阪和の方は1978年10月2日改正で新快速が廃止されてからも今回の引退まで続いたのは先刻ご承知のとおりです。軽快さが感じられ、好感の持てるいい塗色でしたね。
2012/1/9(月) 午前 2:18 [ ゴハチ信者 ]
こんにちは。
新快速のマークはさすがに凄いですね。
113系のカラーがつい最近まであったことが不思議に思われます。かなり長い期間の活躍だったこと改めて認識いたしました。
2012/1/9(月) 午後 2:03 [ れいくんパパ ]
れいくんパパ様 コメントありがとうございます。
阪和線の113系新快速はこの年の8月にも晩年の姿を和歌山駅で撮ってますので、近日中に投稿いたします。若干変更箇所がありますのでお楽しみに。
紀勢線電化で従来の6両編成が紀伊田辺まで、新たに登場した4両編成が新宮までそれぞれ入線することになりました。新快速廃止後もこの塗色が継続されたのは、黒潮踊る南紀の海沿いを走る電車に最もふさわしい色だったからだと認識しています。
現在の塗色は特急型車両は割と似合っているのに、ローカル運用車だと違和感がありますね。
2012/1/9(月) 午後 3:03 [ ゴハチ信者 ]
新快速のカンが普通に付いていたのですね。当時は4両ではなく6両編成でしたか。
2012/1/9(月) 午後 7:39 [ 福井在住 ]
福井在住様 お久しぶりです。本年初めてのコメントありがとうございます。
阪和線の新快速にマークが取り付けられていたのは、先輩にあたる東海道・山陽両線の新快速に倣ったのでしょう。従来の快速に比べると停車駅が少ないので、誤乗防止のため掲出していたのです。
なお阪和線新快速に関しては
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%BF%AB%E9%80%9F#.E9.98.AA.E5.92.8C.E7.B7.9A.E3.81.AE.E6.96.B0.E5.BF.AB.E9.80.9F
をご参照ください。
阪和色113系の6連が4連に組み替えられたのは、1986年11月1日の国鉄最後の改正の時です。
2012/1/9(月) 午後 10:07 [ ゴハチ信者 ]
天王寺から和歌山間での阪和線で運転をされていました新快速は本年3月15日を持ちまして昭和47年の運転開始から40周年を迎えます、
2012/1/31(火) 午後 7:15 [ 巽孝一郎 ]
巽孝一郎様 はじめまして。コメントありがとうございます。
早いもので、阪和線新快速が運転されてからこの3月15日で40年になりますね。
東海道・山陽本線と異なり阪和新快速が僅か6年半の短命に終わったのは、利用者数に格段の差があったからです。並行する南海の南海線特急を意識して設定したものと思われますが、内陸部を走る阪和線沿線は当時はまださほど開発されておらず沿線人口が少なかったので乗車率が悪かったようです。停車駅を増やしても余り改善されなかったので快速と統合し昭和53年10月2日の改正で廃止されてしまいました。
現在の紀州路快速に至っては昼間は日根野〜和歌山各駅停車となってしまいました。お急ぎの方は「くろしお」に乗ってもらう様に仕向けている感がします。
2012/1/31(火) 午後 7:58 [ ゴハチ信者 ]