惜別 113系阪和色車(2)
|
皆様こんにちは。 このシリーズの2回目です。 今回は高1の時の夏休みに母の実家に阪和線経由で行った際、和歌山駅で撮ったものです。 まずは1枚目です。 前回と比べると7ヶ月の間に ・運転区間が行先表示幕に横1行で表示されている。 ・ヘッドマークが小型化されている。 のがお分かりいただけるかと思います。 天王寺鉄道管理局所属車の手動式行先表示幕は原則として運転区間を表示していました。行先のみ表示の標準的なものだと、終着駅に到着するたびに表示を変える必要があります。この手間を極力省く為、天局は運転区間表示式を採用していたのです。 阪和新快速のヘッドマークは前回の画像からではよく判らないと思いますが、「新快速」と表示されている円の中心に縦方向に蝶番があり、間合使用の快速等は左右にめくって「新快速」の表示を隠していたのです。この時の画像はhttp://rail-a-la-carte.seesaa.net/category/263776-3.htmlをご参照ください。表示変更の作業は貫通扉を内側に開け乗務員が手を伸ばして行っていたものと考えられます。この作業がやりづらいので小型化し、間合使用時は乗務員室内にマークを保管するように改めたのではないかと思っています。当時の国鉄は国労を筆頭とする労働組合の勢力が非常に強く、当局に対して色々難癖をつけていましたので…。 次いで最終2枚目です。 阪和色車ではありませんが、参考資料として載せます。 阪和線の新快速は113系6両編成2本で運転されていました。この日のはもう1本は関西線用車が使用されていたので驚きました。 1973年10月1日に関西本線の湊町(現、JR難波)〜奈良が電化された際、快速用の113系が鳳電車区に配属されました。阪和線新快速との識別のため帯が朱色に改められたのです。なおこの色は奈良の春日大社の鳥居・神殿等の朱色をイメージしたものだったのです。 当時阪和色なる呼び名はまだなく、車体の帯の色から阪和線用は青帯車、関西線用は赤帯車と呼ばれていました。ことわざに「大は小を兼ねる」がありますが、これはまさに「赤は青を兼ねる」です。このようなが現象があるのをこの日初めて知ったのです。 なお当時阪和線快速は113系赤帯車も使用されていたようです。 今回は以上です。 |










こんにちは。赤帯関西線色の113系、これはすごいですね。
この色見なくなって久しいですから懐かしいです。
2012/1/13(金) 午後 0:33 [ れいくんパパ ]
れいくんパパ様 コメントありがとうございます。
赤は青を兼ねる現象は、1978年10月2日改正で鳳電車区から日根野電車区に転属後も1985年3月14日改正で奈良電車区に転属するまで時折見られました。このため、和歌山・桜井線用の赤帯4連が新宮まで行ったこともあり、当方もゴハチ撮影と併せて紀伊浦神あたりで撮っています。
2012/1/13(金) 午後 2:00 [ ゴハチ信者 ]