バリ島 兄貴!との出会い

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バリ島&知覧 雷の不思議なお話 NO14

 
 
雷の不思議な体験をした私達。
 
バリ島の兄貴こと丸尾さんから聞いたプールに落ちた雷のお話。
 
そして、その雷の話を聞いた私達。
 
知覧の富屋旅館の保存会での丸尾さんのお話。
 
そして、猿山とトメさんのお墓の前でのあの雷の大演奏。
 
今でもトメさんの意志をついで富屋旅館を守られている鳥濱初代女将とこの数年間で、知覧に1000人以上の方を連れていき、知覧の観光大使にもなって日本の大先輩たちの事を八王子の安藤物産の安藤副社長通して私に教えて下さったザ・メディアジョンの山近社長。
 
私達が経験をしたこの事が、特攻隊として亡くなった方々の想いであるならばこの経験をさせていただいた事の意味を考えてこれからの人生を過ごしていきたいと思う。
 
当然にこの出来事を昨年の8月に3度目のバリに行った時に丸尾さんにも伝えたのだ。
 
丸尾さんと私の中には、この先輩たちのメッセージになんの疑いもない。
 
日本を守る為に命を落とされた方々に対する畏敬の念は増すばかりなのだ。
 
 
 
このブログを読んでいただいて下さる皆様に感謝しています。
 
昨日でこのブログを読んで下さった事がある方が20万人を超えました。
 
ありがたい限りです。
 
自分の子供の為に書き出したこのブログも今は、毎日200〜350人ぐらいの方が立ち寄っていただいていることに素直に嬉しいと思っています。
 
私の事を嫌いで読んでいる人も間違いなくいる筈で、偽善者と思う人達もいるだろうと思います。
 
自分の考えを押し付けているように感じる方もいるだろうと思います。
 
私は、ともかく丸尾さんと云う大成功者の感性を真似る事は、幸せになることへの近道の筈なのだ。
 
この雷の話にも、バリ島の丸尾さん発信の素晴らしい考えがある事に気が付く人がいらっしゃる事を信じてこの雷のお話を終わります。
 
約2週間に亘り、この雷のお話を読んでいただいてありがとうございました。
 
最後に、冨屋食堂の鳥濱トメさんの事が分かる映像を見つけたのでご紹介をいたします。
 
 
 

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バリ島&知覧 雷の不思議なお話 NO13

イメージ 1
 
鳥濱トメさんのお墓を後にして、富屋旅館にバスは向かった。
 
雷は、もう収まっていた。
 
なにか不思議な体験をした事を改めて思い起こした。
 
昨日の夜に、バリ島の丸尾さんの話が出た事。
 
そして、この雷。
 
『偶然では、ないだろう。』
 
このブログを読んで下さっている方でも
 
『ただの偶然だろ!』
 
と思う方と私達が感じたように
 
『メッセージ』
 
と捉える方に別れると思う。
 
私はメッセージと捉えていたので、
 
『私の今する事は何か?』
 
を考えた。
 
富屋旅館に戻り、女将さんの鳥濱初代さんとこの知覧の観光大使にもなったザ・メディアジョンの山近社長にバリ島の雷の話から今起こった雷の事をお話をした。
 
山近社長は、一緒に雷を聞いていたので私がその話をすると急に号泣をされた。
 
『山近社長。間違いなく特攻隊員の方々が喜んでいるのですよ。私が雷の意味を知っていたから、女将さんや山近さんに伝えてくれと云う事だったんだと思いますよ!』
 
と女将さんと山近社長に一番特攻隊員の方々が伝えたかったであろう事をお伝えした。
 
女将さんは、
 
『へぇ〜〜、そんな事がありましたか。雷がね〜〜。白柳さんは、バリの丸尾さんともお知り合いですか?』
 
とおっしゃられた。
 
『はい!女将さんもお知り合いですか?』
 
『いえ、お名前だけは、お聞きしています。』
 
山近社長は、涙に伏せていた。
 
つづく
 
 

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バリ島&知覧 雷の不思議なお話 NO12  

 
鳥濱トメさんのお墓に向かうバスの中で、
 
『さっきの雷は、間違いなく合図だよな。』
 
と門倉専務や梅田常務と話をした。
 
外の雷や雨は、大分収まっていた。
 
『これでまた、鳥濱トメさんのところで雷が鳴りだしたら間違いないな〜。』
 
と思いながら、バスに揺られていた。
 
鳥濱トメさんのお墓の傍までバスで行き、バスを降りた。
 
小雨が降っていたが、大したことはない。
 
雷も少し鳴っているが、小さな音でたまにゴロゴロって感じだ。
 
傘もいらないかな?と思うくらいだったが、すぐにまた雨が降り出したと思ったら、また雷が鳴りだした。
 
『こりゃ、また雷鳴りだすかな?』
 
と思いながら、鳥濱トメさんのお墓の前まで向かっていくと、雨は大降り、雷がまた猿山の時みたいに鳴りだした。
 
本当に、私たちの周りに雷が落ちているかの音で休む間もなく鳴りだした。
 
『これは、間違いなく雷で特攻で亡くなった方々が、メッセージを送ってくださっているんだな!』
 
と私は確信に変わった。
 
田中さんがカメラを持っている事を知っていたので、もしかしたらオーブでも映るかもしれないと考えて
 
『田中さん!トメさんのお墓の写真撮っておいて!この雷、間違いなく特攻隊員の方々のメッセージだから!』
 
と頼むと田中さんは、カメラをトメさんのお墓に向けた。
※昨日まで紹介した知覧での写真は、知覧から帰って八王子で確認をしたもので、オーブが映っているとは、知覧にいる間は知らないでいたのだ。
 
イメージ 1
 
後日、写真を確認をするとやっぱりオーブがたくさん映っていた。
 
私の後ろ姿が映っているが、背中の処にもオーブや小さな光が映っていたのだ。
 
私達はお墓に手を合わせた。
 
鳥濱トメさんのお墓の前にいる時は、大きい雷が何百回と鳴り続けていた。
 
 
 つづく
 
 
 
 
 
 

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バリ島&知覧 雷の不思議なお話 NO11

イメージ 1
 
猿山に向かうバスの中、外の雨足が段々と強くなってきた。
 
猿山に行ける処までバスで行き、大した距離ではないが尾根まで歩く。
(上記写真)   ※今回の雷の不思議なお話で使った知覧での写真は全部田中課長撮影
 
歩きだすと急に雨足が強くなり、そして雷が鳴りだした。
 
そして、私たちが尾根に着くとその雷が嘘のように鳴りだした。
 
どのように、鳴りだしたかと云うと、普通はピカっと光ってゴロゴロと云うのが多くても30秒に1回みたいだと思うが、3秒おき位に大きい音でそこいら中に雷が落ちているようにゴロゴロと鳴り止まない感じで鳴りだしたのだ。
 
『あれっ?この雷ってもしかしたら、バリで兄貴から聞いたみたいに特攻隊員の方たちからの合図じゃないかな?』
 
と思い出すと、雨も一層強くなりそして、雷が信じられないくらい凄い大きな音で何百回も鳴りだした。
 
今までの人生では、経験した事がない雷だ。
 
門倉専務と梅田常務に
 
『これってまじでバリで兄貴から聞いた雷での合図じゃない?』
 
『そうですね。』
 
と二人とも頷く。
 
イメージ 2
 
※その時の猿山から雷が鳴っている空を田中課長が撮っていたので紹介致します。ここにも無数の魂が・・・・。わかりますか?
 
『お前たちよく来てくれた。俺たちの想いわかってくれよ!富屋旅館のことはもちろん、俺たちが守ろうとした日本の事たのむぞ!』
 
と大勢の方々から言われているようだった。
 
私達がバスに乗るまでずっと空からの雷のメッセージは、ずっと続いていた。
 
不思議な感覚を持ちながら、猿山を後にしてバスに乗り込んだ。
 
『これって間違いなく雷のメッセージだったよな。先輩たちが、「この白柳たちは、この間、バリの丸尾さんのところで雷の事の意味を聞いて知っている筈だから雷でメッセージ伝えればわかる筈だ。」とバリ島で雷を落した日本の先輩達が知覧から飛びったった特攻隊の方々に靖国神社で伝えたのかな?』
 
と想う程の出来事だったのだ。
 
そして、バスに乗ると雷は音を小さくし、時々ゴロゴロと云うようなよく聞く感じの状態になっていった。
 
バスは、鳥濱トメさんのお墓に向かって走り出した。
 
つづく
 
 
 

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バリ島&知覧 雷の不思議なお話 NO10

 イメージ 1
 
イメージ 4
 
翌日の朝、まだ暗く小雨が降る中バスで三角兵舎跡地に出かけた。
(写真:上)
 
下の写真は、平和祈念館の隣にある三角兵舎を再現をしたものだ。
  
この場所で特攻隊員の方々は、最後の夜を過ごしたのだ。
 
どんなにつらい夜であったろう。
 
人生の最後の眠りを迎えた心境は、どんなに苦しかったのだろうか。
 
この上記の三角兵舎跡地の写真に、オーブが映っている。
 
オーブについては、様々な意見があるが皆さんはどう考えるでしょうか?
 
ここで、前日に撮った富屋旅館の裏にできた観音堂の写真も見て欲しい。
 
イメージ 2
 
このオーブの数どう思いますか?
 
私には、この富屋旅館を保存しようと日本中から同じ思いの人が集まってきた事を喜んでくださっている特攻隊員の方々の魂が映っているように思えるのですが・・・・。
 
 
イメージ 3
 
さて、三角兵舎跡地の後は、当時滑走路があって指揮所だった場所に立ち寄った。
 
この後に猿山に向かうのだが、少し猿山について説明をしときたい。
 
昭和20年4月この滑走路から飛び立つ特攻隊の方々を当初は挺身隊として身の回りの世話をしていた『なでしこ隊』の女学生が桜の木の枝を手に、飛び立つ特攻隊員に滑走路のすぐ脇で桜の木を振って最後の別れをしていたそうだ。
 
イメージ 5
 
しかしながら、それでは特攻隊員の方々の心が揺らいでしまうと云う事ですぐに飛行場のフェンスの外からしか認められなくなったそうだが、それも禁止となり、どこから見送るかを考えた『なでしこ隊』の女子学生達は、猿山で見送る事にしたそうだ。
 
この猿山は、滑走路から飛び立った特攻隊員の乗る飛行機の目印となっていて、この猿山上空で旋回をして鹿児島南部の開聞岳を目印に沖縄に向かったそうなのだが、旋回をする時にスピードが落ちる場所だった。
 
だから、自分たちの声が届くかもしれないと猿山に上って見送るようになったのだ。
 
 
 
つづく
 
 
 

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開設日: 2008/4/8(火)


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