NYK(日本郵船)
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日本で最も歴史ある船社。
前述の2社(商船三井㈱、川崎汽船㈱)と共に日本の海運を牽引します。
今期は、かなりの経常赤字を余儀なくされていますが、業績の回帰に向け着々と手を打っています。ここのところ振るわないドライバルク、エネルギ−、一般貨物(コンテナ)は、それぞれ効率的な船舶の管理を行いライトアセット化を推し進め不採算船の解撤と適切な新造船の投入を図って行くようです。
その昔「速いことが良いことだ」「大きいことは良いことだ」など海運業界全体がその時代時代ごとに経験した轍をを糧として、先見的な視野を持って今後運営して行かねばならない中で、70〜90年代の船を振り返ってみました。
↑エコシップの走りと言うべき鉱石輸送船「遠賀丸」、空力抵抗の低減のためブリッジの左右にウィングスポイラ−を設け燃料消費の低減を図った設計がなされていました。画像は関門海峡を西航中の同船
↑おそらく70年代後半だと思われる撮影。このころ中東方面での戦争真っ只中で外航船のほとんどがこのように船腹に日の丸を描いていました。中東の一部の国は軍艦のみならず民間船にもミサイル攻撃を仕掛けて特に原油タンカ−は標的となりやすく攻撃を受けて「爆発炎上」などと良く報道されておりました。画像の船は長崎県佐世保港のSSK岸壁に接岸中の自動車専用船の「鵬神丸」で船腹には日の丸と分かり難いかも知れませんが船体の上部分は通常白色で塗色されますが目立たないように薄いグレ−となっています。
↑1988年ごろから船籍が日本籍からパナマやリベリアなどに船籍を移す動きが顕著となってきました。画像の「KUROBE」も元は「黒部丸」でした。この船は建造時2機2軸船でしたが、燃料費の高騰により燃費の改善を実施するため1機1軸船へと改造工事が行われました。画像は神戸ポ−トアイランドC-10(だったと思う)に入港中の同船
↑極東ー北米東海岸航路に従事する「アストロ プロスペリティ」、このころの東海岸航路は、ほかに「ケ−プ・チャ−ルズ」「ケ−プ・ヘンリ−」がNYK船として参加していました。ちなみにこの船は昨年までハパグロイドで「HERO」として活躍していました。
↑1990年代初頭にNLS(日本ライナ−システム)を吸収合併します。NLS(日本ライナ−システム)とは、1980年代の後半に山下新日本汽船(Y・S LINE)とジャパンラインの定期航路が合併してできた新会社でした。ちなみに不定期船が集まったのがナビックスラインでした。ということなのでNYKは一気に運行船舶が増大してしまいます。画像の船「カリフォルニア セレス」は、元山下新日本汽船の新米州丸(もしかしたら新加州丸)で、清水港の興津埠頭に着岸中の画
↑1970年初頭より続いた欧州同盟の「トリオ」も一旦解散して新グル−プ(GA)として再生、その初期の参加船「NYK KAI」、この船は当初「甲斐」として竣工しましたが、ほどなくNYKを冠するリネ-ミングされました。船名は極東-欧州航路のなごりで、Kを頭文字にする船としてはおそらくこの船が最終船ではないかと思います(不確定ですが・・・)最近最初期船の「北野」が解撤されそのほかに準シリ−ズ船として「加賀」「鎌倉」「葛城」「霧島」と建造されました。現在は命名基準が大幅に変更され、最近のNYKを冠したグロ−バルな船名となり、日本郵船の船らしいネ−ミングもついに途絶えてしまいました。 ↑ごく最近のNYK船「NYK THEMIS」、この船も建造時は大型船の部類に含まれましたが、現在ではこのクラスでも大型とは言えなくなりました。2011年もOVER10000TEUの大型船が数十隻就航しましたが現段階でOVER10000TEU船の受注隻数は100隻をはるかに超えます。船だけの設備投資では賄いきれない定期航路の運営コストの増大は、あらゆるマ−ケットを睨まなければ生き残っていけません。もうすでに始まったG6アライアンスを含め生き残りは鮮烈を極めることになりそうです。
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