富士山展望ハイクと「富士山の日」イベント報告
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《1日目》2月19日(土) 松蔭寺探訪と白鳥山ハイキング
午前10時過ぎ、東海道線・原駅(静岡県沼津市)に予定の参加者全員集合。臨済宗中興の祖・白隠禅師(1685−1768年)ゆかりの松蔭寺をめざす。 このあたりは江戸時代、東海道十三番目の宿場「原宿」のあったところで、白隠禅師誕生の地である。「駿河には 過ぎたるものが二つあり 富士の小山と原の白隠」とうたわれた白隠とは、一体どんな人物だったのであろうか。
まず、生誕の地を訪れる。記念碑の奥には、産湯を使った井戸が残されている。この変哲もない光景が、五百年に一度の名僧・白隠との出会いであった。 松蔭寺は旧東海道沿いにある。本堂の鐘を打つと、宮本圓明住職の奥方が現れ、拝観の求めに気さくに応じてくれた。白隠は、松蔭寺第五代住職である、全国行脚の後、30歳でこの寺に入り、34歳で白隠を名乗る。「富士が雪に覆われて麗しく聳え立つ」が命名の由来だという。寺には自作とされる白隠禅師像がある。その表情には、農民の疲弊を憂い権力に憤りを覚えた強靭な意志が感じられる。 本堂、座禅堂などの拝観に続き、白隠の墓に詣でる。境内の松が、いかにも禅寺らしい閑雅なたたずまいを醸し出している。ここに流れる雰囲気は、評価の高い彼の書画の世界に通じるものがありそうだ。白隠は多くの弟子を育て、禅の道を究めることによって、人々の危機を乗り越えようとした。修行僧が全国から集まり、その名声は居ながらにして天下に轟いたという。 それにしても、名僧白隠を育んだものは何だったのであろうか。賢者も取り巻く環境と無縁ではあるまい。「富士を仰いで生まれ、富士に対して育った」といわれる白隠84歳の生涯は、富士山を抜きにしては語れないであろう。だがこの日、富士には雲がかかり、白隠が朝夕眺めたであろうピークは望めない。わずかに、その手前に横たわる愛鷹連峰に白隠に対する思いを重ね、松蔭寺に別れを告げた。 松蔭寺を後にした我々は、静岡・山梨県境の白鳥山に向かった。松蔭寺で叶わなかっただけに、富士への思いは一層切なるものがあった。だがここでも、富士の眺望からは見放された。やむなく山頂を辞したが、道々の楽しい語らいに、我々の心はいつしか満たされていた。 《2日目》2月20日)静岡県主催「富士山の日記念・冨士見の祭典」参加。
午前は「秀景ふるさとふじ写真展」オープニングセレモニーに出席、写真展を見たあと、審査員長の山岳写真家・白旗史朗氏を囲んで座談会を行う。
午後は、「しずおかの文化新書」発行記念講演会「富士を仰ぐ」を聴く(主催は静岡県文化財団)。 会場:東静岡 グランシップ(JR東静岡駅前)
(1)「ふるさと富士写真展」―9時半に会場到着、祭典の初日らしく、早くから沢山の人が詰め掛け、イベントの開始を待つ。10時に川勝県知事、白旗史朗氏でオープニングセレモニーのテープカットと挨拶を10分ほどで終え、写真展示会場へ入る。応募作品から入選の70点、白旗氏作品のふるさと富士10点、NHK富士山写真コンクール入選作品、富士山と提携関係(平成19年)にある中国泰山の写真を展示。全国のふるさと富士の写真は、有名な山から無名の山まで、その特徴をよく写真に表した作品が選ばれている。地域的な偏りがある中で、薩摩富士(開聞岳)の作品が5点もあるのが面白い。ふるさと富士と地域の文化を表現した作品は極めて少なかった。 (2)「白旗史朗氏を囲んでの座談会」―11時から12時まで、10階の会議室で開催 先生のご意向で、作品応募者や一般市民の参加はせず、会員6名と先生及び秘書の日比野氏の8名で和やかに「ふるさと富士」及び富士山について懇談。以下、審査結果の講評、先生のふるさと富士や富士山への想い、当会へのアドバイスなどを語って頂いた。 :全国でふるさと富士は三百幾つあるが、北海道、東北は少なく、関東以西に圧倒的に多い。 しかし、山の環境はどんどん悪くなっている。それは国民が「山の文化」を考えないからだ。 「遊び」として山を登っているのが現状。その観点からの作品が多い。 :日本では山岳信仰が先にあった。それが自然信仰に結びついている。西欧では自然は征服の対象であり、自然信仰の発想がない。しかし、日本でも最近は以前のように、自然信仰に向かう山はごく限られ、鳥海山や男体山等にしかないことを憂える。商業主義に捉われているところがほとんどではないだろうか。 :富士山の世界遺産に反対している処は、商業主義の観点から、即ち儲かるか否かで見ているから反対する。実に嘆かわしい。
:当会がその趣旨を活かしたイベントを考えたら、「富士山の古道」からその文化を辿るのが面白いのではないか。村山古道など専門的に研究している人がいるので、その様な方を呼んでシンポジウムをしたら良い。富士山お中道もその対象になる。 :お中道については、現在は西側の大沢崩れで途切れるが、この大沢崩れで富士山の形態が変わってしまう恐れがある。本来は世界遺産よりこちらの方が緊急の問題。対策はあるが、膨大な費用が掛かり、政治的にも難しい問題だ。この問題を当会が取り上げるのも意義があるのではないか。 :NHK富士山写真コンクールの作品は素晴らしい。山が持つ霊気を表現している。故にこれを病院や老人施設などの廊下に展示して観て頂くと、山の霊気が乗り移り元気になる。特に富士山が持つ霊性はその効果が大きいと思う。これも面白い富士山の取り上げ方ではないか。 以上、大変有意義な話を伺うことができ、この企画の目的を達成出来たことは幸いでした。 また、今週の朝日新聞に4回の連載で、先生の山岳写真家としての人生語りがインタビュー形式で掲載されており、遠藤氏の計らいで事前にそれを読んで座談会に望めたことも幸いであった。 (3)講演会及びシンポジウム「富士を仰ぐ」 午後2時から4時30分 幾つかのイベントがあったが、(財)静岡県文化財団の主催する「しずおかの文化新書」発行記念講演会が当会の趣旨に合うテーマなので参加した。今回はその第一号である「人はなぜ冨士山頂を目指すのか」の発行を記念して開催された。費用は参加費500円と本代500円。 講師:中村徳彦氏(富士山本宮浅間大社宮司) 「富士山信仰と浅間大社」 内容は昨年秋、同所で受けた講義、資料と同じ。 :荻野裕子氏(京都造形芸術大学非常勤講師) 「富士山信仰の広がり〜駿遠豆、そして伊勢志摩の人々」 富士講とは別の静岡県内各地からの富士参詣ルートと習俗の考察。歌にみる富士山。 「伊豆半島に於けるミニ冨士」は、伊豆にある10か所の浅間さんのミニ冨士について 考察しているのは興味深い。 コーディネーター:八木洋行氏(「しずおかの文化新書」編集長 :「山開き」の意味は? 6月1日は衣替えの時、人間のリセットを意味する。これを山に置き換えた。 :「富士山の一合目」の合目とは? 登山に要する米の使用量を意味する。山頂が十合目=一升=一生の意味、即ち生まれ変わること。これが富士信仰の目的。 以上 楽しく有意義な2日間でした。
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