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英語とフランス語に関係する本を読んでいるので、紹介する。
「英語のたくらみ、フランス語のたわむれ」
http://www.amazon.co.jp/%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%BF%E3%80%81%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%8F%E3%82%80%E3%82%8C-%E6%96%8E%E8%97%A4-%E5%85%86%E5%8F%B2/dp/4130830392/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1237129885&sr=8-1
斎藤兆史氏と野崎歓氏による対談で、帯には「語学X翻訳X文学を語り尽くす」とある。
斎藤兆史氏の本は、ほかにも英語の達人たちのことを書いた本を読んだことがあり、ちょうど今も
放送大学で「英語の基本」という講義をやっている。野崎氏のことは知らないが、この本のタイトル
から英語とフランス語のことを両方書いているのだろうと思って、アマゾンで買ってみた。
僕は、今TOEICから英検1級くらいを語学の達成のひとつの指標として勉強しているところだが、この
本を読んで、ちょっと考えを改めねばならない、と思った。
まあ、考えてみれば自分の英語の実力の程度から言っても、仮に英検1級をとれたからと言って、
それで英語の雑誌や小説が、すぐにスラスラ読めるわけではないことぐらいのことは、なんとなく
理解はしていた。
しかしこの本の中で改めて、斎藤先生が「TOEIC満点という人を何人も知っているけど、そのまま
では使いものにならない」とか、「ちまたに・・教材開発を始めてみましたというのも多いんです。
その中には、著者がTOEIC900何十点だというのもあるんです。満点ではないんだ。・・そういう
人が書いて・・それを一般の人が読んでほぉーと思うわけですよ」。
などと辛らつに書いているのを読むと、なるほど、と呻ってしまう。
また、将棋の例で「初段の人が天下を取ったように強いと思うのは事実としてある」などと、書いて
いるのも、その通りだろう。
語学の道は、まだまだ果てしなく遠く、険しいのだ。。
ただ、この本で面白いのは、野崎氏の方がフランス政府の給費留学生試験を受けるまで、
ほとんど会話をすることなく、いわば書物至上主義で文学の勉強をしていて、それでも
面接の試験を受かり、フランスへ行く飛行機の中でも初対面のマダムと延々10数時間
ずっと話し続けて、ちゃんと活字でないフランス語を体験できた、と述べているところ
である。また、そうした勉強の仕方で「わが仏文で学んだ書物の読み方が「本国」に
いささかも負けないレベルであったことも、留学してみてわかった」とも述べている。
「本で読めるものはある程度は聞きとれる。その聞きとれた部分のいくらかは話せる。」
という言葉も真実である、と思う。逆に、読んで理解できなければ、聞いても絶対に
理解できないし、ましてや、それを話すことはできない。当たり前のことだが、実用性
のために、会話だけの勉強をしていても、語学の上達には限界がある、ということだ。
内容のある本をキチンと読めることが、やはり基本である。
この本の中には、こうした実用とは離れた方法で、幾つもの言語を習得してしまった凄い
人たちの話がいくつも紹介されていて、なるほどと説得される。
また、野崎氏が、仏文科の人たちは「語学というものを実用の道具としては捉えていない
わけだから」、フランス語は「実学としての語学」のくびきを免れて純粋性を保って
いられた、と述べているのには同感できる。
僕も(昔のことだが)、大学入学当時にフランス語を第二外国語で選んだのも英語で、ESS
などに入ってペラペラと喋っている奴らを横目で見ていて、その実用性志向になんとなく、
胡散臭さを感じていたものだった。また、法学部の学生はほとんどがドイツ語を選択する
のが当時の主流であったが、僕はなんとなく、ヨーロッパの文化の中心はドイツでは
なく、フランスなのではないか、また英国はヨーロッパとはやや趣を異にしているのでは
ないか、と直感的に感じていたのだと思う。
今も残っているのかどうか、このお二人は「教養主義」の伝統を守るべきだとの主張で、
実用としての語学とは一線を画する。「文法から入り、読解をやる。その基礎ができて
いる人は・・外国にある期間留学すれば、・・コミュニケーション能力というので
しょうか、運用能力というのは身につく」と言われる。また、幼児からの語学教育には
反対の立場だ。
この辺は、英語を長年やってきても、全く英語が話せなかったが、学生時代にアテネに
通って、ネーティブの人からの授業を聞いていたおかげで、フランス語の会話にはそれほど
抵抗感を感じなかった点からすると、もう少し教養主義と実用主義の中間のやり方がある
のではないか、とも思うのだが。。
いずれにせよ、実用を意識して勉強する傾向にあった自分を反省する、良い刺激になった本
であった。
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書物だけでずっと勉強した人がフランス人と十数時間話したという事実に驚きました!
ところで幼児からの語学教育は本当に賛否両論に分かれるよですよね。私は親の前ではスペイン語をペラペラ話し、スペイン語が通じな人にはきちんと正しい日本語を話す子供たちを目の当たりにしているので教育の仕方にもあるのではないかと思っています。
2009/3/16(月) 午前 5:11 [ みあも ]
斉藤先生は、バイリンガルなどよほど稀な環境にないとありえない、とのお説で、幼児からの外国語教育には基本的に反対しています。
「この二十年、大学で英語を教えていて痛感するのは、英語のできない学生は例外なく日本語の表現力が乏しいことです」
「大体英語コンプレックスの強い親ほど子どもを「バイリンガルにしよう」と早くから英語教育を押し付けたがる。
でも、完全な「バイリンガル」などまず不可能だし、
そんな英語コンプレックスを持つ必要もないんです。」
「文科省には英語教育の哲学も理念も、政策もない。「オラル」礼賛は基本的に間違っています。」
などの発言があるようです。
確かに、ある言語での思考能力をキチンと育てる前に闇雲に英語を習わせたら、子供は混乱するかもしれませんが、環境によっては可能
なのかもしれませんね。
2009/3/16(月) 午後 4:00 [ えいちゃん ]
私も以前この本を読みました、英語専攻の大学教授でさえも洋画を見て100%はわからない、というようなことが書いてあり、英語の奥深さを感じましたね・・・
ドイツ語の話題としては、長編を最初から訳していってら最後には「なんとなく」ドイツ語がわかってしまった、というのがあり、武勇伝の非常に面白い本でした。
英語の出来ない学生は日本語の表現力が乏しい・・・
日本の最高学府の学生を教えてこう言っているのでしょうから、その言葉には重みを感じました。
2009/3/16(月) 午後 6:26 [ Yggdrasill ]