その後の大島邸 その10
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佐賀新聞に見る
佐賀近代史年表 明治編 下
索引が良くできていました。
地名・団体・会社・学校・社寺教会・人名・件名に区分されています。
地名
京町裏矢倉 34−11D (明治34年11月 D分野は教育・文化)
国有林払い下げで東松浦郡唐津町の二之門堀塘など5筆は不許可、京町裏矢倉跡は許可となる。
京町裏矢倉跡とは町田口のこと?
山城屋の道を挟んで東側。(玉屋旅館とか吉開万龍堂とか華陽とかあったとこ)
矢倉=櫓?
関連して
明治34年10月9日
矢田唐津町長は、二之門堀堤など西ノ浜一帯の土地、城郭、垣などは防風又は旧蹟保存のため、国有林払い下げの中止、その他の土地は学校基本財産として払い下げを出願。
何〜〜〜。
明治35年6月27日
東松浦郡の唐津町の大手口から呼子港までの馬車鉄道が許可、発起人は河村藤四郎ら
呼子線計画は明治35年にあったのか。
明治39年8月21日
東松浦郡唐津町の唐津銀行は、旧城内大手口の濠を不用の堤塘を取り壊して埋め立てて、本店敷地を造成中
いよいよ旧唐津銀行の誕生となりますね。
明治31年2月25日
唐津町船宮の旧藩主船入場と同町大手口柳川堀が埋築許可。柳川堀は唐津小学校用地に。
現在の唐津信用金庫本店脇に石碑が建っておりますが、信用金庫とか福銀辺りが唐津小学校だった時代のことですね。
明治33年11月
東松浦郡唐津町で明神社秋季祭、各町の山車を引き回す、21日は西の浜に1万人の人出。
なになに。10月29日じゃなかったのか。
明治42年12月
東松浦郡唐津町と佐賀郡村長会は、年中行事を決定。唐津町は盆祭は8月13〜15日、取引決済は8月13日、12月31日の2回、唐津神社の神祭は10月29日、雇い人の入れ替えは2月2日など。
なるほどなるほど
年表の最初
明治31年1月
政治
いきなり
○唐津憲兵屯所を東松浦郡京町裏板場山に建築の由 1.11<3>
京町裏板場山とは一体どこだろう。
などなど・・・・きりがない。
特別付録の明治45年の地図もとても参考になります。
既に肥後堀、柳川堀は埋め立てられています。
しかし、この地図では猫川、つまりアルピノ北の道路下に流れる水路が町田川よりも立派に流れています。
これは石炭の積み出しに唐津駅に引き込み線を作り貯炭場を整備して猫川に船を入れて石炭を積み出していた名残なんでしょうか。
大島小太郎の記事も結構ありますね。
さてその後の大島邸。
佐賀新聞 3月7日
唐津発展の礎、
大島小太郎の功績を紹介
唐津市 近代唐津の発展を支えた大島小太郎の功績を顕彰し、当時の歴史をたどる「大島小太郎とその時代」展が、唐津市近代図書館で開かれている。江戸から昭和にかけての絵図や大島家文書、移築される「旧大島邸」の建具など約70点を紹介。鉄道や港湾など社会基盤整備の礎を築いた人物像と唐津発展の背景に迫っている。30日まで。 大島小太郎は1859(安政6)年、唐津生まれ。辰野金吾ら多くの俊才を育てた唐津藩英語学校「耐恒寮」で高橋是清に学び、1885年に唐津銀行の初代頭取に就いた。 唐津興業鉄道や唐津築港会社、唐津電灯会社、佐賀県初となる図書館も設立。1919年には60歳で北九州鉄道(筑肥線)を整備するなど、88歳で生涯を閉じるまで地域の発展に尽くした。 会場では、その業績を鉄道、電力、銀行、港湾のテーマ別に当時の資料や写真パネルで紹介。唐津藩士だった大島家の文書や、邸宅とした旧大島邸のふすまや床の間の天袋など市所蔵資料も飾っている。 唐津市教育委員会主催で入場無料。開館は午前10時から午後6時まで(月曜は休館)。 NHK佐賀放送局 3月8日
歴史建物を生かす委員会に
唐津市は移築作業が行われている和風建築の「旧大島邸」の活用方法を検討する委員会を設置することにしていますがこの委員会では国の重要文化財の「旧高取邸」など中心市街地に点在する歴史的建造物などを活用したまちづくりも考えていく方針を決めました。
住民などの意見を受けて移築作業が進められている唐津市の明治中期の和風建築「旧大島邸」について、坂井俊之市長は移築後の活用方法などを検討する委員会を設ける方針を示していました。 この委員会について唐津市は旧大島邸だけではなく、国の重要文化財の旧高取邸など城下町の風情を色濃く残す中心市街地の建物などを活用したまちづくりもあわせて考えていく方針を決めました。 委員会は4月設置する予定でメンバーには建築の専門家や住民などから選ぶ方針です。 唐津市は、委員会の設置に必要な予算として330万円あまりを市議会に計上しています。 03月08日 10時01分
2月28日の大島邸はこんな状態です。
工事の音で隣接する大志小学校の子供達は勉強できるんだろうか心配しています。旧大成小学校を仮校舎にした方が良いのではないかと思ったりしています。
体育館は旧大成小学校の体育館を利用すると聞いていますが、なんか腑に落ちません。
新校舎が出来て、旧校舎を解体するときも、安全第一でやっていただきたいものです。
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