旋火輪 senkarin

「作品名しりとり・2」やってます。書庫からどうぞ。

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目・下目・小目

 
娘が理科のドリルを見ながら
 
「お母さん、キリンとオカピってのは同じグループなんだって〜。」と。
 
オカピって何だっけ・・・。
ああ、なんだか何かになりたかったけど化けそこなったような姿のヤツね。
 
                              ↓オカピ
 
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へー。
 
・・・ん?。
 
キリンって、なんだ?。
 
そうだ、たしか偶蹄目だよ。
んじゃ鹿?。イノシシ?。いやいや、キリンはキリン?。
わからん。どうでもいいけど、気になる。
 
偶蹄目、偶蹄目・・・(検索)
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
「ぐうていもくって何?」(娘)
「ああ、あのさ、ひずめみたいなのが二つに割れてるっていうか、そういうやつ・・・。
チョッパーみたいなヤツだよ。」
「あはは。たしかに手がチョキだね、チョッパーvv。」
 
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そんなこと言いながら調べてみて、びっくりぎょうてんでした。
 
今は「偶蹄目」という分類は、生物学上、無いんですって!!。
で、何になったかというと、
 
鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)
 
ですって!。
 
一生懸命解説を読んでみたんですけど、結局ムツカシすぎて鯨とキリンがどう繋がってるのかわかりません。
どうやら、DNA配列の解析がすすんだことで、従来のグループ分けからいろいろ変更があったようです。
 
キリンは、鯨偶蹄目の鯨反芻亜目の真反芻小目・キリン科 で、そこに入るのは、キリンとオカピだけ。
なるほど。おなじグループだわ。
 
鯨は、鯨偶蹄目の鯨反芻亜目の鯨凹歯下目・クジラ目・・・・。ふう。
 
 
これ調べて以来、チョッパーがラブーンと親戚であるという事実に衝撃を受けてます。
 
 
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背伸びはしない

 
最近気付いたこと。
 
ラジオ体操第一の冒頭にある、「背伸びの体操」では、いわゆる背伸びはしないのですって。
 
かかとは上げないんですよ〜。
何十年も間違ってました。私。
 
まぎらわしいネーミングしないでほしいです。

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マキャヴェッリ

 
 
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猫マキャヴェッリ
 
 
あー。なんか漫画チックになっちまった。ちょっと真田さんっぽい?(ってかアトム?)。
 
 
なぜマキャヴェッリなのかと申しますと、やはりいつものアレです。放送大学ね。
あれを聞き流してたら、哲学の講義になりまして、その日はマキャヴェッリについてだったのですよ。
大変に有名な「君主論」ですけども、ま、私個人にとって縁無き(興味無き)書籍の一つとして、ほとんど何書かれてるのか知らないまますごしてまいりました。
 
いやいやいや、それがですよ。
放送大学の講義は何年も使いまわしされているので、この講義の収録時に今の状況を予見していたとも思えないのですが、今聞くと、ポポポポーン♪と効果音出したくなるくらい、そーだそーだと共感しないでは居られない内容で驚きました。
 
新設された君主国の行政は征服者である君主の力量によって左右されるとマキャヴェッリは論じる。
国家を樹立する途上での問題とは導入しようとする新たな社会秩序によってもたらされており、言い換えれば旧秩序の中で権益を持つ人々すべてと敵対することにある。
このような問題を研究するためには、君主の力量に着目する必要がある。力量が不足していればその統治は失敗し、民衆を説得し続けることがむずかしくなるのである

他人の武力や運によって新たな君主国を得たとしても、そのような成果は君主の指導力が不足しているために常に不安定にならざるを得ない。もしも運によって政権を得たとしてもその力量が不足していれば国の基盤を構築することはできない
具体的には、敵の排除、味方の確保、武力や謀略による勝利、民衆からの畏怖と敬愛、兵士からの畏怖と敬愛、政敵の抹殺、旧制度の改革、厳格かつ寛大な振る舞い、忠実でない軍の再編、諸侯たちと親交を保ちつつ便益をもたらすようにするか、攻撃の際には慎重であること、これら全てが君主国において不可欠な力量である。
非道な手段によって政権を得た君主は、力量があるとはいえない。なぜならばこのような手段によって獲得した権力には栄光がないためである。ある国を奪取する場合には征服者は残虐行為を一度で終結させ、その後に民心を獲得しなければならない。断続的な残虐行為は民衆の信頼を失わせてしまうからである。逆に恩恵は小出しにして継続的に実施することで民衆の支持を得ることができる。
 
 
まぁ、あたりまえと言ってしまえばそんな気もしますけども。
 
 
一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能であり、自分の国家が略奪されるような重大な悪評のみを退けることになる。しかしながら自国の存続のために悪評が立つならばそのことにこだわらなくてもよい。なぜならば、全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。
 
昔は、その辺のところを国民も検察庁もマスコミもわかってたような気がするんですよ。
美徳であっても破滅に通じることがあるという原理自体は変わっていないのですから、あーだこーだ政治家のプライベートなことや些細な(?)献金云々で「ゆゆしゆゆし」と追求してたら、前向いて進めないのよ。
もちろん不正を奨励するつもりはないけど、正義漢ぶって国を滅ぼす連中はやっぱりアホだと思います。
 
 
君主にとって信義も間違いなく重大であるが、実際には信義を意に介せず、謀略によって大事業をなしとげた君主が信義ある君主よりも優勢である場合が見受けられる。
戦いは法によるものと武力によるものがあるが、これら謀略と武力を君主は使い分けなければならない。
もしも信義を守ることが損害が出るならば、信義は一切守る必要はない。重要なことは立派な気質を君主が備えている事実ではなく、立派な気質を備えているという評価をもたせることである。
 
講義の中、このくだりではしびれました。マキャヴェッリは天才だ(笑)。
佐藤栄作なんかは、こういうことを非常によく理解していたんだろうなぁと思います。もちろん、側近も。
んで、ノーベル賞なんかまで貰っちゃってますし。
 
まー、結局のところ、どんな理念があろうと、どんなことをやろうとやるまいと、君主が君主であるためには君主の器ってのが大事なんでしょうね。
どこかに売ってないですかね、できるだけでっかいやつ・・・。
 
 
 
私の愛用「お手軽お絵かきソフト」はあいかわらずご機嫌ナナメで、しかたなくはるかに高級だけどまったく使いこなせないフォトショップを使いました。あふー。
それだけじゃなくて、このブログの「かんたん機能」も、本日は不調でして、何度やりなおしても引用部分の表示がへんてこです。かんたんさに逃げてちゃダメってことっすかね?(気分は全否定)。
 

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男歌・女歌

 
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猫かしまし娘
 
 
 
昨夜ラジオで聴いた「現代日本社会における音楽」って講義は、たいへんに興味深かったですっ。
なにげにラジオをつけたら、かしまし娘の唄(うちら陽気なかしましむっすめ〜♪)が聞こえてきて、あ、局間違えたと思ったのですけど、講義の真っ最中でした。
 
講義の主題は、「ジェンダー交差歌唱」ということでして、担当講師の持論を展開されておりました。
先生の指摘で驚いたのは、日本ではかなり普通に行われてきた(と感じる)、男が女の立場で歌うこと、女が男の立場で歌うこと、というのが、世界的に非常に珍しいことである、ということです。
 
ただし、それがわかりやすく顕著になったのは意外に最近のことで、第二次大戦の後なのだとか。
 
交差歌唱の例としてまず挙げられたのは、美空ひばりの「柔」、暁テル子の「東京シューシャインボーイ」でした。
ここでは女性が「少年」になっています。
 
次に、男性が歌う女性歌の例としては、ロス・プリモスの「ラブユー東京」と、ぴんから兄弟の「女の道」。
逆の例としては、イルカの「なごり雪」と・・・あれ、なんだっけ?失念(残念)。
 
戦後、演歌というジャンルが確立する中では、かなりあたりまえに交差が行われたのですね(特に男性の女歌)。
 
その後、フォークというものがアメリカ経由で入ってきますが、そこでも同様のことがおこります。
非常にわかりやすい例だなと思ったのは、かぐや姫の「神田川」です。
 
フォークから発展していった、ニューミュージック〜Jポップの流れの中でも、ジェンダー交差歌唱は引き継がれています。
例として挙げられたのは、浜崎あゆみの「JEWEL(ジュエル)」、大塚愛の「ユメクイ」。
そこでは、一人称は「ぼく」になっています。
 
なるほど、言われてみればというか、例に挙がったもの以外にもいくつも思いつきます。
 
さほど日本では違和感なく交差しているものが、日本以外では(少なくとも欧米では)、馴染まないというより「タブー」にすらなっていると聞いて、マジびっくりでした。
 
その(日本ではおこりえた)要因として考えられるのは、日本語の性質ではないかというのが先生の説です。
日本語というのは、男言葉と女言葉が、はっきり区別されて使われることによる・・・・と。
女言葉であれば、一人称は「わたし」「あたし」であり、語尾は「なのよ」とか「・・・わ」とかになります。したがって、ちょっと歌詞を読んだ(聴いた)だけで、それが女歌なのか男歌なのかが、まず間違いなくわかるのが日本語の歌詞の特徴なのだそうです。
「なな〜いろの虹が〜消えてしまったの〜♪」と、ここだけ聴いても、これを男歌だとは誰も思いません。それをあえて男性が歌うことによって醸しだされる何か・・・メリットがあるんですね。おそらく。
 
これが西洋語ではどうか。例えば(よく引かれる例ですが)ビートルズのナンバーを女性がカバーする時には「He(Him)」を「She(Her)」に変えるだけでOKです。男言葉を全面的に女言葉に変える必要はないし、ジェンダーを交換することで得られるものはたぶん、何も無い。だから、やらないというか、やれないのではないか、とのことでした。
 
そうそう、絵まで描いた「かしまし娘」についてですが、講義を初めから聴いていないので文脈がちょっと違うかもしれないですけど、先生によると、かしまし娘がジェンダー交差にかかわっている部分というのは、「ギター」なのだそうです。おそらく彼女たちが登場するまで、ギターというのは男性イメージのものであったはず、と。それをあえて使ったのは師匠の影響らしいですけど、世間には意外にすんなり受け入れられたのですね。
それはなぜかというと、日本には三味線という楽器・文化が古くからあったせいである、三味線は男女の区別なく使用されたから、それに類似したギターという楽器を女性が使用してもOKだったのではないか、と。
 
歌舞伎、女形の存在というものにも言及されていましたが、割愛します。
 
Jポップにおける女性の男性歌については、ジェンダーを曖昧にするための装置として使用されている可能性があることも示唆されてました。
 
今後の展望については、男言葉と女言葉の区別が非常に曖昧になってきていることや、演歌的ステレオタイプ(女は徹底して健気で耐え忍び、男は義理と人情の狭間で苦悩する、もしくは己の道を究めんと欲す的な)が、もはやパロディとしてしか受け入れられなくなってきている現状から、日本人があえて行ってきたジェンダー交差歌唱というのは衰退していくのではないかという予想でした。
 
まぁ、牽強付会な部分もあるかなぁ・・・とも感じましたが、言われればそうかなーーな話と、ちゃんと例にあげた歌は一部とはいえ聞かせてもらえたので、非常に面白かったです。
昨日の講義が15回シリーズの9回目とのことなので、憶えていられれば来週以降も聴いてみるつもりです♪。
 
 
ながなが読んでくださったかた、おられましたら感謝です〜。
 
 

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銀河のこと

 
ステレオの場所を移動したら極端に受信状態が悪くなって、しばらく聞いてなかった放送大学ですが、電池式のラジオでまた聞き始めました。
なんとなくテレビの授業も。
以前にも書きましたが、時間割表とかプリントしてないので、いつどんな講義をやってるのかわかりません。
それがドキドキで、また面白いです。
 
当直明け、一人でフルーツグラノーラ食べながら見てました講義。宇宙物理学系の話でした。
 
 
えー。ほんとに生きる上で何の役にも立たなそうな話です。ご容赦くださいねヽ(´▽`)/。スルーシテネ。
 
 
 
銀河には、その密度によって段階があるのだそうです。
 
疎な状態から、密度が濃い状態に並べると、
 
孤立銀河
 
連銀河
 
銀河群
 
銀河団
 
超銀河団
 
というふうになるんですって。
 
(銀河団・・・って、ポケモンに出てきましたよねー。超銀河団って・・ぷぷ。)
 
 
「群」と「団」って、イメージ的には群の方が「いっぱい」な感じがしますよー。
団の方がかっこいいですけど。
 
なんか妙な気がしたので、どんな言葉を訳してそうなったのか知りたくて、検索してみました。
これが意外にたいへーん。英語のwikiまで辿って辿って、ようやく見つけました。(検索下手なだけです、はい。)
 
銀河群=Groups of Galaxies
銀河団=Clusters of Galaxies
超銀河団=Superclusters of Galaxies
 
ほーほー。グループは、まぁそうか。
クラスターってのを英和辞典であらためて引いてみると、「一団、群れ」って。
おいおい(一緒やん。)
母国語として使う人にしかわからん、微妙な違いなのかしら。
 
 
ちなみに、宇宙の銀河全体の70パーセントは銀河群なんですって。
まったくイメージできませんけどね。
 
 
そんなこんなで銀河をめぐる検索をしてる中で、際立って美しい写真を発見しました。
 
 
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からす座にある、NGC4038とNGC4039という二つの銀河が衝突している最中の銀河!。
これを見つけたのは英語のwikiサイトだったので、転載して良いものなのかどうなのか不安で、そのことを調べるだけでもへこたれそうでした。結局、よくわからないんですが、これはNASAが公開している写真の中でもとりわけ美しいものとして有名なもののようで、日本語サイトで調べたら、かなりあっちにもこっちにも載せられてました。・・・んじゃ、いいのかしら・・・ってことで。勝手にスミマセン。
 
英語で、Antennae Galaxies とタイトルが付いていて、これが、アンテナ銀河または触覚銀河と呼ばれるなんてことも、調べてようやくわかりました。なんか嬉しい〜♪。
 
 
いつか、地球が含まれている銀河も、アンドロメダ銀河と衝突するそうですね。
弥勒菩薩くらいなら、見届けることが可能なのかしら。
 
 
明日も当直なので、就寝しまーす。
 
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆おやすみなさい☆゜・*:.。.☆゜・*:.。.☆
 
 

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開設日: 2008/6/11(水)


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