epsanのブログ

太陽の光、無礙光を浴びて・・・日々日が短くなっていく。それだけいっそう濃く味わっていきたい。

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久しぶりに100均へ行ってあちこちみているうちに書籍棚が目に入った。
そういえば昔、宮沢賢治の本を買ったことがあった。
童話の後に、それを引用した挨拶文例があって、微妙にズレているというか、牽強付会というか、なにか落ち着かない気持ちになったことを覚えている。

今回も、短い「いい言葉」の引用のあとに解説的な文章がついているが、ざっとみただけだが宮沢賢治のときほど違和感はなさそう。
しかし主に「いい言葉」だけを読んでみた。
次のものが一番最後のものである。

「寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である。」 カール・ヒルティ

以下、解説文:
「幼い頃、翌日の遠足や誕生日会、クリスマスなどのイベントが楽しみでなかなか眠れなかった経験は、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。
 でも大人になってみると、明日が楽しみでワクワクしながら寝床につくようなこと、少なくなってはいませんか。『なにが起こるかドキドキ!』といった純粋な期待感を大人は忘れてしまうのでしょうか。それとも、大人の経験値によって先に起こることが常に予定調和でなければならない、といった固定観念に捕らわれてしまうのでしょうか。
 脳科学者・茂木健一郎氏は、ものごとの中で次になにが起こるかわからないことを『偶有性』と表現しています。その先の行動がすべて予定通りだと人間の脳は想像力を失い、喜びや驚きの感情が生まれないそうです。脳は『次になにが起こるかわからない』部分をワクワクしながら想像(活性)するというのです。さらに『偶有性』の中にこそ、思いがけない幸運が隠れているとも茂木氏は語ります。あの幼い日の頃のように、朝がくることを楽しみに床につくことが、私たちが幸せになるための第一歩なのかもしれませんね。」
(下線は引用者)

解説では、①翌日何かイベントがあって、こういうふうにしたい、こうなったらいい、というように「楽しみにする」場合と、②何が起こるかわからないけれど、それだからこそ「楽しみにする」という場合が述べられている。

①はよくあるが②はかなり人生の上級者?(もしくは楽観主義者)にならないと実感できない気もする。
死について、そのような感覚を持てることが理想だ。以前記事にしたことがある

オットー・ペテルソンは、地球上の景色をもうそんなに長くは楽しめないと悟ったとき、息子にこう語りました。
「死に臨んだとき、わたしの最期の瞬間を支えてくれるものは、この先になにがあるのかというかぎりない好奇心だろうね」と。

この記事に

閉じる コメント(4)

茂木健一郎氏は、ものごとの中で次になにが起こるかわからないことを『偶有性』と表現しています
高額脱税で国税官に踏み込まれた時茂木先生は、この理論の真の意味の快楽を味わったのかもしれませんね(笑)

2016/3/2(水) 午前 0:48 くいまる 返信する

おはようございます(^^)。

限りない好奇心、、、私にも「死」に対して凄くあります(笑)

今日も笑顔で素敵な一日を過ごしましょう

2016/3/2(水) 午前 10:34 mamamiyuki 返信する

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> くいまるさん
コメありがとうございます。そんなことがあったんですか!きっとその時の実感を語っていなのかも

2016/3/2(水) 午後 10:12 epsan 返信する

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> mamamiyukiさん
コメありがとうございます。
私も是非そんな境地に達したいと思います。

2016/3/2(水) 午後 10:23 epsan 返信する

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