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9/30(日本時間午前2時48分頃)サモア諸島近海でマグニチュード8.3と推定される地震
9/30(日本時間午後7時16分頃)インドネシア・スマトラ島西岸沖で大規模な地震
■10/1 スマトラ島、今度はM6.8の地震
http://www.asahi.com/international/update/1001/TKY200910010184.html?ref=rss
おだやかな日常を一瞬にして奪い去る、大地震や津波。おおいなる自然の力の前に、人間はあまりにも非力です。今こうしている間にも、多くの人命の捜索や救出作業が続いています。一人でも多くの方が無事でありますように。そして、無くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
私たち国際オペレータの仕事は、海外の災害とも密接に関わっています。現地の情報を得るため、通信を確保するため、家族や同僚の安否確認のため、国際電話の利用料が急増します。つないでほしいという要請や、つながらない/つながりにくいという問合せが国際電話センターに殺到します。
■2006年12月26日(日本時間21時30分頃)に台湾南西沖の海底を震源として発生した地震の影響により、台湾南西部の広いエリアで多数の国際通信用海底ケーブル群が損傷(NTTホームページより)
台湾沖には、アジアをむすぶ重要な海底ケーブルが集中しています。地震はそのケーブルを切り裂く力をもっています。迂回路を確保するまで国際電話が中断したり、また迂回路を確保してもつながりにくい状況が生じます。先日は海底ケーブル故障により同様の混乱があり、国際電話センターではその問合せ対応に追われました。
■2004年12月26日に突如インドネシア・スマトラ沖を襲ったマグニチュード9.0の地震と大津波。20万人以上の尊い命が失われ、インドネシアとスリランカだけでも100万人以上が避難民となり、数百万人もの人々が被災しました。(ユニセフホームページより)
今回のニュースで2004年の大津波を連想された方も少なくなかったのではないでしょうか。日本人旅行者の家族から、電話をつないでほしいという要請が相次ぎました。
■1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒、淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として発生したM7.3の兵庫県南部地震
私の祖母も被災した地震です。携帯電話がまだ普及していなかったころの災害でした。海外から日本へ、家族の安否確認のための国際電話が殺到しました。日本にいた私や家族も、市外通話が制限されてつながらなかったため、祖母の無事を確認するまでに半日を要しました。
■チリ地震(チリじしん)は、1960年(昭和35年)5月22日午後3時11分20秒(現地時間。日本時間では5月23日午前4時11分20秒)、チリのバルディビア近海を震源として発生した地震。日本を含め、環太平洋全域に津波が襲来した。
阪神・淡路大震災の起きたとき、私は岩手県の三陸海岸で卒業論文を書いていたのですが、そこでお世話になった方からこの津波のことを聞きました。当時小学生であった彼女は、「ランドセルも教科書も、みんな流されてしまった」と言っていました。
人から要請を受け、人の手で、探している人が出てくるまで電話をつなぐ「国際オペレータ通話」という命綱があります。日本では戦前より75年の歴史があります。KDDI国際電話センターが日本で唯一そのサービスを提供しています。ところが、「利用者が減少した」「日本人の外国語への抵抗が無くなった」ことを理由に、この命綱は来年2010年3月31日をもって失われようとしています。
KDDI、総務省、外務省、そして日本国民みなさんにもう一度確認させてください。国際オペレータ通話は、なくなってもいいですか?
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