|
現在の「学校法人 立命館」は大学を中心として、東の慶応義塾と並んで西の立命館と呼ばれる私立学校改革路線の最先端を歩んでいます。そして、学祖として西園寺公望の「国際主義」が教学理念であるかのようになり、大分県の湯布院には立命館アジア・太平洋大学まであります。
立命館の建学の精神は、西園寺公望の秘書も務めたことのある亀岡国際秘宝館と同じ町内出身の創立者・中川小十郎の「自由と清新」です。また、教学理念は立命館の中興の祖、末川博・名誉総長の「平和と民主主義」です。
とある京都の大学設立を小説にした清水一行『虚構大学』1994年,集英社に登場する「新左翼のメッカ・鴨川大学」とは立命館大学のことであるのはまず間違いないです。
その他に、「総長自らが赤旗を振る大学」と書かれた書籍もありました。
また、文書に西暦を使用する立命館に対して文部省の役人が「これは、おたくの思想性のあらわれですか?」との皮肉を浴びせられたというエピソードも聞いています。
さらに、安保世代や団塊の世代からの立命のイメージは「わだつみ像」の受け入れや高野悦子『二十歳の原点(にじゆつさいのげんてん)』新潮社,1971年です。
よって、立命は「左翼系」大学と思われている方も多いと存じます。
さて、現在の立命館校歌は一番のみで、その歌詞を紹介します。
あかき血潮 胸に満ちて
若人 真理(まこと)の 泉を汲みつ
仰げば比叡 千古のみどり 伏す目に清しや 鴨の流れの
かがみもとうとし 天の明命
見よ わが母校 立命 立命
実は、戦前・戦中までは校歌は二番までありました。しかし、戦後になって封印されたものです。
見よやみどり とわの映えは
あふぐもかしこき 平安の御所
よき師友どち 和みてここに 契ひて結べる
「禁衛」「立命」 躍進日本の輝きを得る
見よ 我が母校 立命 立命
封印された歌詞なので、戦後の立命館出身者では殆ど知られていません。
立命館大学の設立は、勤労者の夜間学校として更に京都帝国大学教員の生活支援の為の副業を目的として設立された歴史があります。
『戦争への道』の時代に、京都帝国大学の滝川幸辰法学部教授が左翼的であると思想弾圧によって罷免を要求され、それに抗議して三十数名の法学部教授が辞表を提出した『滝川事件(京大事件)』が起きました。政府当局の真のターゲットは後の立命館総長の末川博教授であったという説もあります。
この事件で退職した京大教授18名を迎えたことから、戦前から立命館は左翼的であったという印象を与えます。
しかし、その一方で「満州国」の支援により立命館日満高等工科学校を設立したり、石原莞爾陸軍大将を教授として迎えた歴史があります。
終戦直後は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)により解体すべき軍国主義的大学の筆頭と、位置付けられたのです。
しかし、朝鮮戦争のぼっ発や末川博法学博士を総長として迎え入れたことによって、現在も立命館大学は存続しているのです。
立命館校歌二番の封印は、戦前から終戦直後までの立命館の歴史を象徴する出来事だったのです。誰しも封印したい過去があるのは事実です。しかし、正しくは、なぜ歌詞の封印をしたのかという理由を伝えるのが『歴史』を学ぶ姿勢ではないでしょうか?
なお、あるサイトで立命館出身者がこの事実を全く知らないと記しているのを見かけました。しかし、それは誤った記述です。僕の学友の全ては、歌詞は覚えていなくても事実は知っています。
「まったけ日記」1〜50は、こちらまで「 http://www.geocities.jp/f4_ttm/index.html 」
|
そんな事実があったとは・・・ 歴史は不可思議で複雑。 勉強になりました。
2006/6/18(日) 午前 11:29 [ まさやん ]
以前、読んだ本で「蛍の光」も、実は4番までありますが、現在、歌われている(教科書に掲載されている)のは、2番までと書いてありました。 ちなみに3番の歌詞は…。 筑紫のきわみ みちのおく 海山とおく へだつとも その真心は へだてなく ひとつに尽くせ 国のため 恐らく、「国のため」が、当時の軍国主義を連想させる為でしょう。この本の作者も、「ただカットするのではなく、時代背景も含めて教えるのが教育である。」と結んでいます。同感です。
2006/6/18(日) 午後 1:10 [ いっちゃんsan ]
まさやん様、いっちゃんsan様、いつもコメントありがとうございます。今回の日記については、自分自身でも明確な結論を出せないままに書くことにしました。立命館は被差別部落問題を中心に人権問題の研究が進んでいます。そして、戦前・戦中の立命館の歴史をありのままに教えています。(続く)
2007/1/15(月) 午前 2:00
(続き)しかし、この封印された「校歌二番」の歌詞だけは、学校側から教えることなく先輩から後輩へと語り継がれているだけです。しかし、近年の立命館の改革路線を見ているとやがては抹消される歴史となる危惧を覚え書くことにしました。いっちゃんsan様、『蛍の光』も『立命館校歌二番』と同様の危惧を感じていました。但し、僕の不勉強のため歌詞を知りませんでした。ご紹介ありがとうございました。2006/6/18(日) 午後 1:35 [ まったけ ]
2007/1/15(月) 午前 2:02
いやいや、同志社も韓国系、朝鮮系の連中がうごめいているよ。
2010/12/1(水) 午後 6:38 [ 青木博之 ]
立命館はややこしい大学やね。なにをやろうと勝手やけど、周りはかなり迷惑してますよ!大学の歴史に一本筋が通ってない。いろんな噂が聞こえてくるが、バブルではじけんのと違うかな?
2011/1/19(水) 午後 4:20 [ 聡一郎 ]
83年に経済学部に入学した者です。当時の学部長H先生が、本当は2番もあったのだが、今の時代に歌うと大変なことになると言われていたのを思い出しました。卒業して25年以上経ちますが、実際の歌詞を見たのは初めてです。でも、2番は一度も聞いたことないので、1番と同じように曲に合わせて歌うのは難しいですね。ありがとうございました。
2011/11/17(木) 午後 10:32 [ kumusumi ]