最近、背負子(祝島では「おいこ」)姿の若い移住者をよく見かける。
こいわい食堂の小女将(こかみ)太佳ちゃんも、休業日になどによく背負子を背負って薪を採りに裏山に登っていく。
在来の島民の間では、なんで物好きにという好奇の視線が無くもないし、お年寄りのなかには、若いころに段々畑の石段をミカンなどを背負子に背負って一日中上り下りして膝に負担をかけ、今でも膝の痛みを引きずっている人が少なくない。
でも背負子姿の移住者の意図はいたって明快だ。背負子は環境に負荷をかけない運搬手段なのだ。
彼らは3・11東電福島原発事故以前から背負子の利用を実践していたが、あの事故を受けて一層その意を強くしただろう。
時と場所を問わず、どこでもいつでも手軽で便利な輸送手段に頼っていた安易さは、大量かつ安価な工業的エネルギーが支えていて、そのひとつの結末があの事故だったのではないだろうか。
背負子ではスピードも遅いし、一度に運搬する量もたかが知れているというが、それは別の輸送手段と比較してのことだ。
自分の筋力、体力にふさわしい速度と量で運ぶという点でまさにヒトにとっては身の丈の輸送手段だ。
そして、自分で運べた量に見合った暮らしをすることが、自分にも環境にも過度な負荷をかけない持続性のある安心、安全な暮らしなのだと思う。
彼らはけっして原理主義者ではなく、現実的で実践的な離島の生活者だ。
程度の差はあるが、時には軽トラックも使えば電気も毎日使っている。 ただ、太陽光発電だから電気はどんどん使っても構わないという立場をとっていない。
祝島という生活の場で、電気や燃料、運搬手段といったエネルギーについて彼らなりのベストミックスをそれぞれが自主的に考えて、ヒトによる環境負荷を抑制しようと真面目に取り組んでいる。
私は彼ら移住者のそんな姿勢に「しなやかさ」とか「したたかさ」、流行りの表現をするなら「スマートさ」を感じて頼もしく思う。
祝島という小さな離島は、自分なりの手作りの暮らしをしたい人にはうってつけの場所かもしれない。
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