脱島国根性!

井のなかの蛙 大海を知らず

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そして、死刑は廃止された
ロベール・バダンテール 藤田真利子訳 作品社 2,300円

 光市母子殺害事件で、死刑への関心が(賛成派、反対派、無関心派にとっても)高まっているようだ。たとえ、どんなきっかけでも、「死刑制度」に関心を持つことは必要なことだ。この事件は、マスコミに大きく取り上げられたため、被告人の元少年に極刑を求める被害者の家族に同調する世論(ステレオタイプ)が形成され、結果として裁判官の心証にも影響し、犯行当時18歳の少年に死刑判決が下った。

 少年を死刑にする! 18歳の少年を死刑にする! 

 日本も1979年に批准している「国際人権規約」がある。これは、国連が世界人権宣言に基づいて定めた人権に関する基本条約だ。その「国際人権B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_004.html には、こうある。「18歳未満の少年がおこなった犯罪に死刑を課してはならない。」

 光市の少年は犯行当時18歳1ヶ月だった。セーフ!これで死刑にできる!

 これがこの国の裁判所だ。人権意識のかけらもない。日本では、18歳は少年(子ども)のはずだ。少年法の適用を受け、保護更生の対象となる。少年がどんな凶悪な犯罪を犯そうと、それはほとんど、その未熟さ、幼稚さから来るものであって、半分は社会(大人)の責任である。そのような犯罪を犯す少年を生み出す社会こそ矯正されなくてはならないだろう。それが、「大人」の考え方であり、文明の成熟の指標だと思う。どんな人間でも「更生の可能性が全くない」(裁判官の殺し文句だ)などと言い切れるのだろうか?ましてや、犯行時にまだ少年だったものに対して。。

 先進国の中でもっとも治安がいい日本で、死刑が必要なのか?(殺人の発生率は、人口10万人に対して、米国が6.8人。フランスが3.6人。日本は、1.0人だ。)

 日本人は、そんなに悪人が恐怖に顔をゆがめながら殺されていくのを見るのが楽しいのか。職務とはいえ、死刑を執行しなけれならない刑務官の気持ちを考えたことがあるのか。死刑囚といえども人間ではないのか。刑務官に「人を殺す」仕事をさせたいのか。つまり死刑執行人になれと。そんなに死刑が大好きならば、自分自身で死刑を執行する勇気がなければならない。自分では殺したくないが、それは国が秘密裏にやってくれればいいなどというのは無責任だ。(豚を殺す場面は、みんな見たくないが、スーパーで売られている解体済の豚肉を見るのならだれでも平気だ。)あなたが、その手で、憎むべき犯罪者の首にロープをかけ、絞め殺す勇気を持たなければならない。

 来年から裁判員制度が始まる。裁判制度についてよく知らない人もあるようだが、裁判員が参加する裁判は、殺人などの重大事件である。あなたが裁判員になったら、法廷の、あなたの目の前に座っている被告人に死刑判決を出す勇気があるかどうかが問われる。

 インターンネットの個人のブログは、殺せ!殺せ!の大合唱、、全く恐ろしい世の中になったものだ。
 犯罪の抑止効果もない「死刑」をなぜ続けるのか?「目には目を」という復讐心は、理性の光に照らせば、およそ感情の衝動以上のものではないことがわかるだろう。

 光市の事件は、たしかに凶悪で残忍で情状酌量の余地のない犯罪だったと私も思う。しかし、この国の裁判所は、マスコミに煽動された死刑を熱望する世論に迎合し、当時18歳の少年の首に縄を巻き、「処刑」をしようというわけだ。これは、国家による「殺人」ではないのか? 

 私も、1年前までは死刑大賛成派だったが、突然思うところがあって、考えが180度転換し、今では確固たる死刑廃止論者となった。

 死刑の廃止は、第一に「人間の尊厳」の問題である。「人を殺してはいけない」と法が国民に命令するならば、国家がまず国民にお手本を示さなくてはいけないということだ。人を殺すなといっておきながら、自ら人を殺すのは、論理的な自己矛盾だ。死刑廃止の先進国であるヨーロッパ諸国では、「死刑」制度というのは、「全体主義国家」「旧体制」の残滓(ざんし)、野蛮な時代の遺物と考えられているわけです。世界中のあらゆる歴史において、「国家」といものが、いかに無実の人間を投獄し、処刑しつくしてきたのか。その反省から、「疑わしきは被告人の利益に」という人権尊重の理念が近代民主主義国家の刑事裁判の原則が産まれたわけです。

 最近、遅ればせながら、周防正行監督の「それでもボクはやってない」という痴漢冤罪をとりあげた映画を見た。http://www.soreboku.jp/index.html 有罪率99.9%という日本の司法制度の矛盾を鋭く指摘した野心的な作品である。まだ見ていない方は是非見て欲しい。死刑賛成派のみなさんには特に。有罪率99.9%という意味は、日本の裁判官というのは、99.9%検察官側の主張を認めているという意味である。
「疑わしきは被告人の利益に」ということが、日本の裁判官のどれだけ理解されているのか、、、、はなはだ疑いたくなる数字ということである。悪人を訴追するのは、検察官の役割であって、裁判官の役割ではない。裁判官は、検察側の主張と被告人言い分の両方を聞き、公正な判決を出さなくてはならないはずだ。
 このように、「被告人」の人権が保証されているのか疑わしい、日本の司法の現状の中で、無実の人間が死刑にならないなど断言できるだろうか?

 さて、前置きが長くなってしまったが、この著者のバダンテール氏は、1981年に死刑を廃止したフランスの時のミッテラン政権の法務大臣である。今の若い人は驚くかもしれないが、フランスは、死刑が廃止されるまで、何とその死刑執行は、「ギロチン」で行っていた。「ギロチン」というとフランス革命で、マリーアントワネットが首をはねられた、あれだ。(フランス人は、ギロチンは、ほとんど一瞬のうちに死にいたらしめることができる「人道的な」処刑装置と考えていたようだ。それなら、武道の達人も日本刀で一刀両断で首をはねることができると思うので、これも「人道的」処刑と言えるかもしれない。。。。)

 バダンテール氏は、もともと政治家ではない。死刑事件など重大な刑事事件の弁護を長く続けて来た人権派の弁護士だった。周辺の西欧諸国が、つぎつぎと死刑を廃止する中で、フランスだけが取り残された。当時のバダンテール氏のあせりが感じられる。自ら「死刑廃止論者」としての信念から、かれは、凶悪犯罪を犯した被告人の弁護を買って出る。氏の信念を確固たるものとしたのは、やはり、氏が自ら弁護を担当した次のような事件があったからだという。

 1972年に死刑を執行されたビュッフェとボンタンの事件。主犯格のビュッフェは女性一人を殺害し、終身刑の判決を受け服役していた。しかし、この男は、服役中のボンタンと一緒に逃亡を企て、看護婦と看守を人質にとった。突入の時,ビュッフェは二人の人質の喉を切り裂いて殺した。ボンタンは、自ら殺害を行っていなかったが、共犯ということで死刑判決が下された。(ボンタンは、過去にも殺人や傷害などの暴行犯罪を犯していなかった。)手を血に染めていないのにギロチン送りとなったこの事件を契機に、氏は、フランスからギロチンをなくすための戦いを決意したという。なお、ビュッフェとボンタンが処刑された後に行われた世論調査では、フランス人の63%が死刑存置に賛成していたという。

 バダンテール氏の死刑廃止論も純粋に、「国家が人を殺してはいけない」という理念に基づくものだ。凶悪犯罪を犯した被告人の弁護を担当していると、どうしてこのおとなしい男が、あのような凶悪な犯罪を犯すことができるのか理解できないことが多かったという。精神医学、精神分析学を持ってしても、犯罪者の人格や動機を全て説明することなど不可能である。凶悪犯罪者も、その人格の100%が反社会性を持っているなどということがありうるだろうか?もし、そうなら、そのような人間は、全く通常の社会生活を営めず、生きて行くことはできなかったはずだ。ごく普通の生活をしている人間が、残忍な殺人を犯すことがある。人間とは摩訶不思議な存在だ。

 人間ならだれでも、犯罪の被害者になることもあれば、加害者になることだってあるのだ。

 世界で2/3以上の国が、事実上又は法律上の死刑廃止国であり、お隣の韓国でさえ、死刑制度はあるが、10年以上も死刑は執行していないそうだ。わが国はといえば、死刑が大好きな男が法務大臣となり、ベルトコンベア式の大量死刑執行を行っている。何とも寒気をもよおす風潮になったものだ。殺し、殺される。暴力で暴力の連鎖は裁ち切れない。オウム真理教の麻原を死刑にすれば、信者たちがまた誰かを殺すかもしれない。「社会への復讐心から!」少し、勘のいい方なら、なぜイスラエルが死刑廃止国なのかお気づきでしょう。

 日本人に欠けているもの、、つくづく「哲学的」に、「理性的」に考える能力だと思う。われわれは、マスコミが作り出すステレオタイプの中にどっぷりつかっており、自分の考えだと思っていることの99%は、このステレオタイプの受け売りに過ぎない。。。。そのくらい自分を疑った方がいい。それが哲学者だ。

 いずれ日本も死刑を廃止することになると思うが、、、(勇気ある政治家のリードではなくて、おそらくは外圧によって)

 5月25日(日)の朝日新聞に著名人100人に対する「死刑制度」の賛否についてのアンケートが特集されていた。「死刑」に明確に「賛成」した人24人。明確に「反対」した人35人。その他・無回答41人という結果だった。わりと知的レベルの高い人たちを対象としたアンケートのせいか、意外に「死刑反対」の人が多かった。
 しかし、おそらく、一般的な日本人、つまりテレビか新聞しか読まない人、本をほとんど読まない層では、「反対」派はこんなにまだ多くはないだろう。少なくとも、ネット世論を見る限りは。

 少しでも、死刑廃止に関心を持った方は、この本を手に取って、読んでみてください。テレビや新聞では絶対に報道されないことが書かれています。フランスは、27年前に死刑をとっくに廃止しています。

 死刑廃止に目覚めたとたん、人生観が変りました。人間の尊厳という言葉の意味が少し分ったような気がします。

おすすめ度 ★★★☆☆
 

 

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トラックバックをありがとうございました。とても深い思索を展開されていて、こちらのブログのファンになりました。紹介されている「そして死刑は廃止された」さっそくネットで注文しました。定期的に訪問させていただきます。よろしく。

2008/6/1(日) 午後 6:36 夜光虫 返信する

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