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井のなかの蛙 大海を知らず

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死刑についてのある対話(1) ー死刑の予防効果についてー


紀元前5世紀の終わり近く 春の暖かな日の昼下がり アテナイ市 リカヴィトスの丘にて


パイドロス  やあ、ソクラテス。お久しぶりです。 
ソクラテス  ああ、君か。元気そうだね。何よりだ。以前、君と暑い夏の日に川のほとりの木陰の下
       で話をした日がなつかしいね。今日は、あの日のように暑くはなく、暖かで優しい春の
       香りがただようさわやかな日よりだ。
パイドロス  そうですね。ところでソクラテス、あなたも昨年アテナイで起きた資産家一家4人殺害
       事件のことを知っているでしょう。ある身分の高い資産家の19歳の奴隷が、その主人
       と妻と幼い子供2人の首を斧で切り落として惨殺したという事件です。
ソクラテス  もちろん覚えているよ。何とも凄惨な出来事だったね。
パイドロス  その奴隷は、ずっと逃げ回っていたらしいのですが、昨日捕まったそうです。この1年
       近くアテナイ市民は不安な思いをしていましたから、これでみな安心していることで
       しょう。
ソクラテス  それはよかった。その犯人の奴隷というのは、今は20歳の男ということだね。
パイドロス  そのようです。殺された資産家に少年の時から奴隷として仕えていたようですが、以
       前から主人にひどく虐げられたそうで、その積年の恨みが犯行の動機のようです。同情
       の余地はありそうですが、彼の行った凶行は、絶対に許せるものではないでしょう。何
       しろ、5歳の男の子と3歳の女の子の首まで切り落としたのですからね。来週から裁判
       が開かれるようですが、まあ斬首は免れないでしょう。
ソクラテス  公開処刑になるのかな。最近、公開処刑は、市民の間でたいへんな人気なようだね。老
       若男女、大勢の人が見物に来るそうだが。
パイドロス  それはもう、大勢集まりますよ。何しろ、身内を殺された者にとっての仇、市民にとっ
       ては社会の敵である憎き悪人が、自分の犯した罪を償うために、断末魔の悲鳴を上げな
       がら死んで行くのを見るのは、被害者の遺族や市民にとって、犯罪によって傷ついた心
       を癒してくれるこれ以上のものはないでしょう。
ソクラテス  犯罪者は、被害者や遺族のみならず、社会の敵ということだね。犯罪者に対する市民の
       燃え上がった怒りを鎮めるには死刑がもっとも適しているということかな。
パイドロス  そういうことです。しかし、死刑は、公開することで、これから犯罪を犯そうとする者
       を思いとどまらせるためにも効果もあると思います。
ソクラテス  つまり、「見せしめ」ということだね。人を殺してはいけないということを規律として
       市民に理解させるために、死刑が必要だということになるね。つまり、「人を殺しては
       いけない」ということを「人を殺すこと」によって、市民に理解させるということにな
       る。そういうことだね。
パイドロス  そういうことになりますね。
ソクラテス  君の言うとおり、それで、この世の中から殺人事件が消えてなくなるのであれば、死刑
       をどんどん執行すべきだと私も思う。しかし、一向に殺人事件は、なくなる様子はない
       が、これはどういうわけだろう。
パイドロス  うーん。そういうことを言うなら、死刑は殺人の予防効果としては、完全な方法ではな  
       いということになりますね。しかし、犯罪者は犯した罪を償わなければなりません。人
       を殺した者は、殺された人の苦しみや無念さについて、自分も同じ目に遭うことで、そ
       の瞬間に犯した罪を後悔し、謝罪するのです。遺族もそれを望んでいるはずです。
ソクラテス  悪人を裁くということは、被害者や遺族の感情を無視できないのはもちろんだ。しかし、
       われわれは、今までの話の中で、のどに魚のとげがひっかかったような、すっきりしな
       い論点があることに気がついたようだ。
パイドロス  それは、もしかして、死刑は、犯罪の予防効果としては完全ではない。と私が言ったこ
       とでしょうか。
ソクラテス  そう。それがとても気になるんだよ。あらゆる生物というのは、例えば植物であれば新
       たな種子をあたりの地面に撒き散らし、動物であれば生殖行為をして子供を産み落とす
       という生命の永遠の新陳代謝を繰り返している。これは、生きる意思、または神の意志
       といってもいいが、このような意思によって、私たちの世界は支配されていると思わな
       いかい。人を殺すというのは、このような生きる意思の否定、神の意志の否定というこ
       とになり、私とて絶対に、殺人犯を許すことはできない。
パイドロス  それはそのとおりです。殺人を許す人などいないでしょう。
ソクラテス  しかしだ。その恐るべき殺人鬼が、一旦捕まって手枷、足枷をされて牢に入れられ、ま
       るで子どもがつかまえた籠の中のバッタのように消沈している姿を見ると、なぜか今ま
       での怒りがうすれていくのを感じるんだよ。
パイドロス  それは、あなたが被害者の遺族ではないからでしょう。肉親を殺された遺族なら、犯人
       が投獄されただけでは腹の虫がおさまらないはずです。
ソクラテス  だが、被害者の遺族というのは、ごく一部の当事者だけで、他の大多数は、事件に関し
       ては第三者ということにならないかね。
パイドロス  そうなりますが。彼(犯人)は、凶悪な事件を起こし、また次にだれかを殺すかもしれ
       ないわけですから、社会にとっても敵ということになるでしょう。その意味では、市民
       全体への脅威であるはずです。
ソクラテス  そう。まさしく悪人は、社会の敵である。そうすると、刑事裁判というのは、民事裁判
       のように当事者だけの争いを裁くのではなく、社会全体に対する脅威である犯罪を裁く
       ということになりはしないかね。
パイドロス  そのとおりです、ソクラテス。
ソクラテス  では、刑事裁判の目的は、二度とその犯人に同じ犯罪を犯させないためと、その犯人を
       罰することで、他の者に対しても犯罪を犯さないように予防することの2つあるのでは
       ないかね。
パイドロス  まったくそのとおりです。
ソクラテス  では、死刑というのは、今わたしが言った刑事裁判の後者の目的、「犯罪の予防」とい
       う効果は完全ではないようだ。そう君は言ったね。
パイドロス  ええ、まあ。
ソクラテス  それでは、刑事裁判のもう一つの目的。その犯人に二度と犯罪を行わせないようにする
       こと。これはどうだろう。
パイドロス  それについては、わたしは自信を持って言えます。殺人犯は、死刑になり、その命が奪
       われます。死んでしまうのですから、その犯人は二度と犯罪を犯すことはできないので
       すから完璧です。
ソクラテス  そのとおりだね。では、同じ目的を達成するために、死刑以外の刑罰によることは無理
       なのだろうか。
パイドロス  まあ、犯人の目をくりぬいてやるとか、手足を切り落としてやるとかすれば、、、。
ソクラテス  おいおい、君は何と恐ろしいことを言うんだね。まるで古代バビロンの王のようなこと
       を言うね。それよりも、その犯人をずっと牢に閉じ込めておけば、社会に対しての脅威
       はなくなるのではないかね。
パイドロス  まあ、脱獄することがない限りはそうでしょう。

ソクラテス  では、

死刑というのは、刑事裁判の目的である、「その犯人に再び犯罪を犯させない」ことと「その刑罰の執行が社会に対する犯罪の予防になる」という二点において、必ずしも必要不可欠な刑罰ではないし、完全でもないということが証明されたはずだ。


       どうかね。違うかね。

パイドロス  あなたは、いつもそうやって、わたしたちをあなたの考えている方向に誘導しようとす
       るんですよね。迷路に迷った人が、出口に向かっていたはずが、いつの間にか入り口に
       戻ってしまうように。
       悔しいが、あなたの言ったことを否定はしません。しかし、犯罪者を罰するのは、社会
       全体のためだけではなく、被害者や遺族など当事者のためでもあります。遺族の憤りや
       悲しみ、怒りに応えるために犯人を死刑にすることが必要ではないでしょうか。
ソクラテス  よし、わかった。では、被害者や遺族の恨みとは何なのかを次に考えてみることにし
       よう。ただ、言っとくがね。わたしは何も自分の考えに君を無理矢理従わさせようとし
       ているわけじゃあない。わたしもどういう議論の展開になるか皆目予測できていないん
       だよ。幸い、君の意見を借りて、問題を見つけ出し、答えの断片をつなぎ合わせて、う
       まく整理できているだけに過ぎないのさ。君の意見に反することは何一つ言っていない
       と思うが。
パイドロス  ええ、わかってますよ。では、話を続けましょう。


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昨日また死刑判決が出ましたね。世界の潮流に逆らうかのように、死刑を加速させているこの国に絶望すら感じますね。被害者遺族が自首して無期懲役になった1人に、「ごめんなさいと言えば許されるのか云々」といっていましたが、無期懲役が許されたことになるのでしょうかね。重い刑罰だと思うのですが。

2009/3/19(木) 午前 8:15 [ ホームズ ] 返信する

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ガリレオさん、ご訪問&コメントありがとうございました。死刑判決に慎重かつ明確な基準を与えるためだったはずの永山基準さえ形骸化し、一人を殺した場合でも死刑判決が出るようになり、日本は、世界の潮流に逆行し、死刑大国になろうとしているかのようです。日本の裁判員制度では、量刑まで裁判官と裁判員の合議で決められます。死刑か無期かの判断は、多数決で決まることになります。裁判員にこのような過酷な判断をさせる前に死刑を廃止すべきと思います。

2009/3/19(木) 午後 8:15 [ FCTOKYO1964 ] 返信する

こんばんは。愛国沙門こと前田日宣です。宗教者、とりわけ日蓮宗の立場から言うと、如何なる極悪人も仏心を持っています。日蓮聖人の活躍された鎌倉時代は、すぐに合戦や暗殺をして敵対勢力を抹殺した時代です。現代なら、さしずめ民主党と自民党が鎧甲に弓矢で党本部を攻撃しあうような時代でした。 当時の武士は神仏を恐れる心が有りましたから、合戦をし、殺生を重ねた罪が怖ろしく、死後は阿弥陀仏の極楽に逝けるように、恐れおののき念仏を唱えました。 しかし日蓮聖人は「殺生を懺悔し南無妙法蓮華経と題目を唱えて、悪人から修行者に生まれ変わりなさい。」と、教えました。日本国の刑法で極刑は死刑ですが、僧侶には教誨師が居て、死刑囚に、私が言ったような事を教えます。裁判員に、もし僧侶が選ばれてしまったら、法廷で日蓮聖人の話しをするべきであると思います。

2009/3/25(水) 午後 11:52 [ nichirenmaeda ] 返信する

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愛国沙門様、ご訪問&コメントありがとうございます。わたしは、仏教は勉強不足ですが、お釈迦様の教えは、「殺すな!」に尽きたと思います。しかし、おっしゃるように日本で鎌倉時代に仏教思想が隆盛したのも、戦もあったし、平安時代には封印されていた死刑も復活し、実際に殺人が日常的だった。「悪人から修行者に生まれ変わりなさい。」というのはいい教えですね。刑罰そのもので人間は善人になれるわけではない。人間を善人にするには(すべての人間にとって)やはり宗教や哲学が必要です。鎌倉時代は、宗教を必要とした。現代の日本には宗教も哲学もない。犯罪者を死刑にせよとする圧倒的な世論も、犯罪者を更生させることに関心がない。人間というものに対する深い洞察力もない薄っぺらな利己主義と小心の裏返しのように思えます。

2009/3/27(金) 午後 9:21 [ FCTOKYO1964 ] 返信する

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