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井のなかの蛙 大海を知らず

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死刑についてのある対話(2) ー殺人は、正義か不正義かー


紀元前5世紀の終わり近く 春の暖かな日の昼下がり アテナイ市 リカヴィトスの丘にて


 
ソクラテス  では、君はこう主張するんだね。犯罪者を罰するのは、社会全体のためだけではなく、
       被害者や遺族の憤りや悲しみ、怒りに応えるためでもあると。
パイドロス  そのとおりです。自分に危害を加えたもの、自分の身内をなぶり殺しにされた者にとっ
       ての加害者への恨み、憤りは、相手を同じ目にあわせることによってしか癒されないも
       のだと思います。
ソクラテス  つまり、被害者による加害者への「復讐」ということだね。
パイドロス  そうです。
ソクラテス  人を「殺した」者は、自分も「殺され」なければならない。そうだね。
パイドロス  そのとおりです。
ソクラテス  では、もし殺人の被害者に親族がいない場合はどうだろう。殺された当人はまったくお
       気の毒ではあるが、彼自身も死んでしまえば、自分を殺した者を恨むことはできないし、
       彼の死について悲しむ人もいないとしたら。
パイドロス  あなたは何をおっしゃりたいのですか。
ソクラテス  われわれは、先ほどまで、犯罪を「社会への脅威」として考えた場合に、その犯罪者に
       二度と犯罪を犯させないことと、同様の犯罪を他の者にも犯させないようにするために、
       死刑は必ずしも必要なものではないという結論に達したはずだ。
パイドロス  ・・・・。
ソクラテス  そこで君は、刑罰は、社会全体のためだけではなく、被害者の復讐を代行するという目
       的がもう一つあると言った。しかし、被害者や遺族が存在しない場合には、その目的を
       遂行する必要がなくなるような気がするのだが。
パイドロス  わたしもだんだん分からなくなってきました。
ソクラテス  では、このような場合はどうだろう。被害者や遺族はいるが、彼等が寛大にも加害者が
       深く反省していることで罪を許してやる場合は。
パイドロス  その場合は明らかに、死刑までは必要ではないでしょうね。
ソクラテス  では、こんな場合はどうだろう。殺された被害者は、町でも評判の高利貸しで、殺した
       方は、この男の暴力的な借金の取り立てに苦しんでいたものだとしたら。この高利貸し
       が殺されたことを町中の人たちが喜んでいるような場合は。
パイドロス  悪人が殺されたのなら、その殺された人間自身が「社会の敵」ならば、刑罰を課す必要
       はなくなりますね。
ソクラテス  ちょっと待ってくれ。君はさっき、刑罰は、社会のためだけではなく、被害者や遺族の
       復讐心を満たすためでもあると言ったね。
パイドロス  ええ。
ソクラテス  では、殺された高利貸しがいかに悪い人間であったとしても、その身内の者はどう思う
       だろう。やはり、殺した人間を「殺してやりたい」と恨むのではないだろうか。
パイドロス  それはありえますね。
ソクラテス  では、殺された方が悪人、殺した方が善人であっても、被害者や遺族のために、やはり
       罰する必要が出てくる。そうではないかね。
パイドロス  よくわかりませんが。
ソクラテス  こういろいろ考えてみると、わたしもだんだん分からなくなってきたんだよ。つまり、
       君が言っている、被害者や遺族のために刑罰があるということが。つまり、遺族がいな
       いから、殺された人間が悪人だから、被害者や遺族が許したからということで、刑罰を
       課さないということがどうして許されるのだろうか。
パイドロス  遺族がいないから刑罰を課す必要がないというのは少なくても間違っていると思います。
       殺された被害者の苦しみや悔しさを晴らすため、社会が彼の遺族の代わりになって刑罰
       を課すのです。
ソクラテス  わたしは、こう思うんだよ。「人を殺す」という行為は、絶対にしてはならないと。
パイドロス  もちろん、当然です。
ソクラテス  つまり、「人を殺す」という行為は何人もしてはならないことであって、いかなる場合
       でも「不正義」であると。
パイドロス  そのとおりです。
ソクラテス  殺された者がたとえ悪い奴でもね。
パイドロス  それはどうでしょう。悪人なら殺してもその罪の深さは、善人を殺した場合よりも軽い
       のではないですか。
ソクラテス  では、やはり君が言ったことは矛盾していることになる。君は刑罰は、被害者や遺族の
       復讐心を満たすものであると言った。それが正しいなら、たとえ悪人を殺した場合でも
       罰する必要があるわけだ。
パイドロス  まあ、無罪ということにはならないと思いますが。
ソクラテス  なぜ、無罪にはならないのかね。
パイドロス  人を殺すということはやはりよくないことだからです。
ソクラテス  たとえ悪人でもね。
パイドロス  ・・・・。
ソクラテス  人を殺す行為は、いかなる場合でもしてはいけないことであって、いかなる場合にも不
       正義である。それは自然界のあらゆる生物に先天的に与えられた生きる意思の否定につ
       ながるからである。これに同意してくれるかね。
パイドロス  ええ。基本的には賛成ですが。
ソクラテス  では、死刑というのは、「人を殺す」行為ではないかね。
パイドロス  ええ、しかしそれは、犯罪者を罰するのですから、論外です。
ソクラテス  おやおや、君はさっき、「たとえ悪人を殺すのであっても、人を殺す行為は不正義であ
       る」ということに賛成してくれたはずだが。
パイドロス  もう、あなたはいつもそれだ。人を殺すことは基本的には不正義ですが、殺された相手
       や、犯行の動機、被害者や遺族の感情によって、刑が重くなることもあるし、軽くなる
       こともあるのは当然じゃないですか。
ソクラテス  では、君は「人を殺す」ということが、ある場合には「正義」になると主張するのだね。
       悪人を殺すこと、悪人を死刑に処すことは「不正義」ではなく「正義」であると。
パイドロス  そのとおりです。
ソクラテス  わたしは、ある行為が、たとえば、「人を殺す」という行為が、時には「正義」となり
       時には「不正義」となるということはあり得ないと思うんだよ。悪人を殺したら罪にな
       らないというのは、その場合「人を殺す」という行為自体の是非は、もうまったくどう
       でもよくなっていて、被害者が善か悪かの判断だけになってしまっていると思わないか
       い。
パイドロス  被害者が悪人であれば、その行為は、社会的には脅威となるものではありません。
ソクラテス  では、その人間が「悪人」か「善人」かはどう判断するのかね。そうすると、人が殺さ
       れた場合には、まず被害者が善人だったのか、悪人だったのかを判断しなければ、牢に
       入れることはできなくなるのかね。
パイドロス  人を殺したという事実があれば、犯罪行為があったと推定して捕らえることは可能でし 
       ょう。
ソクラテス  わたしは、こう思うんだよ。

たとえどんな理由があっても、「人を殺したもの」は罰せられなければならない。なぜなら、人を殺す行為は不正義であるからだ。それと同様に国家も、犯罪者を殺してはならない。なぜなら、人を殺すという行為は不正義であるからだ。国家が市民に「人を殺すな」と命じておきながら、国家が「人を殺す」というのは論理矛盾だからだ。不正義を裁くのに不正義をもってするというのは、市民に不正義のお手本を示していることにはならないかね。


パイドロス  いやあ、いつも冷静なあなたにしては、ずいぶん熱の入った言い方をされますね。でも、
       あなたの論理は、あまりにも単純すぎないでしょうか。あなたの話を聞いていると、被
       害者や遺族のことなど眼中にないかのようですが。
ソクラテス  何を言っているのかね。わたしは、こう言ったはずだよ。たとえ、被害者に身内の者が
       いない場合でも、その犯罪は罰する必要があると。被害者に遺族がいないから、罰する
       必要がないとか、その分、罪が軽くなるとか、そんなことがあったら、殺された被害者
       があまりにかわいそうだと思うんだよ。つきつめていくと、犯罪行為はそれ自体「不正
       義」なのであって、被害者の感情を抜きに罰する必要があると言っているだけなんだ。
       それが概ね被害者の感情に沿ったものになると思う。逆に、被害者の怒りの度合に応じ
       て、行為それ自体が無罪になるということもできない。
パイドロス  ソクラテス、そういえば、わたしは今日お昼をまだ食べていなかったので、腹時計がさ
       きほどから何度も鳴っているのですが。
ソクラテス  ああ、そうだ。わたしは朝から何も食べていなかったことを君に言われて思い出したよ。
パイドロス  この議論は、まだまだ尽きないようですから、どこかでお昼のパンを買って、お腹を満
       たしてから続けることにしましょう。
ソクラテス  同感だね。さあ、行こう。

(・・・続く)

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こんばんは。はじめてコメントします。
この本は「パイドロス」でよろしいんでしょうか?
できましたら、どこの出版社の本の何ページか教えてもらえませんか? 削除

2009/4/22(水) 午前 1:49 [ ローズ ] 返信する

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ローズさん、ご訪問&コメントありがとうございました。実は、この対話は、プラトンの対話篇を真似た私の創作(パロディ)です。(笑)
その哲学が危険視され死刑判決を受けたソクラテスは、自ら毒杯を仰ぎました。そのソクラテスに死刑をテーマに語らせてみたいということで思いついただけです。パイドロスには、死刑に特に疑問を感じていない誠実で一般的な市民を代表させています。なお、プラトンの「パイドロス」(岩波文庫)は、死刑についてではなく、恋(エロース)についての二人の対話ですが、プラトンの対話編の中でも大好きな一編です。ぜひ読んでみてください。書評も書きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/fctokyo1964/44203235.html
プラトン哲学の集大成は、あくまで「国家」(岩波文庫)です。悲しいかな、日本人は、学校教育で哲学を教わることはありません。哲学的に理性的に論理的に思考することが何よりもこの国には必要です。

2009/4/22(水) 午後 7:09 [ FCTOKYO1964 ] 返信する

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