はんのき日記 PART2

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7月18日の記事(http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/37744929.html )のつづきに、ようやく取りかかれました。
・・・とはいえ、昭和天皇の3つの秘密メッセージについては、「物語 日本国憲法第9条」(伊藤成彦著 影書房)p.168〜に詳しいので、そこから紹介します(興味のある方ぜひ御一読を!!)。

★第一の秘密メッセージ(1947.9.19)は、沖縄の米軍基地問題に対してです。
第2次世界大戦直後から、沖縄の米軍基地をめぐって、アメリカの国務省と国防総省の間に、意見の対立がありました。

  ☆【国務省の意見】・・・ポツダム宣言第8条「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく、また日本国の主権は、本州、北海道、九州及び四国並びに吾等の決定する諸小島に極限せらるべし」と規定し、カイロ宣言(1943年11月)は、「1914年の世界大戦の開始以降に日本国が奪取し、又は、占領した太平洋におけるすべての島を日本国から剥奪すること」と述べているが、沖縄はカイロ宣言が指定する島には該当せず、むしろ、ポツダム宣言第8条がいう「吾等の決定する諸小島」に入り、アメリカ政府は、戦時中一貫して、「領土的野心を持たず、領土を取らない」と世界に向けて宣言してきたので、沖縄に居座るわけにはいかない。

  ☆【国防総省の意見】・・・沖縄は、多大な犠牲を払って占領した島で、軍事的要衝なので、この米軍基地を永久化したい。また、マッカーサーは、沖縄は本来独立国だったものを明治の初めに日本が占領して統合したので、沖縄人は日本に対して反抗的だから、むしろ日本から切り離して、援助しつつ、同時に基地として使わせてもらいたい。

こうして国務省と国防総省との議論は、なかなか決着がつきませんでした。
ところが、このときに、天皇からマッカーサーに宛てて、秘密メッセージが伝えられました。
それは、当時、天皇の御用係だった寺崎英成を通して、マッカーサーの政治顧問だったシーボルト公使に伝えたものです。
シーボルトは、それを、1947年9月20日付けの手紙で、マッカーサー元帥に次のように報告しています。

『寺崎が述べるに、天皇は、アメリカが沖縄を始め琉球の他の諸島を軍事占領し続けることを希望している。
天皇の意見によると、その占領は、アメリカの利益になるし、日本を守ることにもなる。
天皇が思うに、そうした政策は、日本国民がロシアの脅威を恐れているばかりでなく、
左右両翼の集団が台頭し、ロシアが“事件”を惹起し、それを口実に日本の内政に干渉してくる事態をも
恐れるが故に、国民の広範な承認をかち得ることができるだろう。
天皇がさらに思うに、アメリカによる沖縄(と要請があり次第、他の諸島しょ)の軍事占領は、
日本に主権を残存させた形で、長期の〜〜25年から50年ないしそれ以上の〜〜貸与をするという
擬制の上になされるべきである。
天皇によれば、この占領方式は、アメリカが琉球列島に恒久的意図を持たないことを、
日本国民に納得させることになるだろうし、それによって、他の諸国、
とくにソビエト・ロシアと中国が、同様な権利を要求するのを差し止めることになるだろう』

寺崎英成は、1947年9月19日の日記に、「シーボルトに会ふ 沖縄の話 元帥に今日話すべしといふ余の意見を聞けり、平和条約に入れず 日米間の条約にすべし」と書いています。(「昭和天皇独白録 寺崎英成・御用掛日記」文藝春秋)

▲天皇は象徴となったはずの新憲法の施行から、わずか4か月あまりの時に、「米軍による沖縄の半永久的な軍事占領」を勧める秘密メッセージを、天皇はマッカーサーに送っていたのです。
シーボルトは、天皇のこの行為が、憲法に違反していることがよくわかっていたので、全て秘密にしました。
▲そしてこのメッセージが、アメリカ国務省と国防総省との意見の相違を解決する上で、大きな役割を果たしました。
それは、当時、国務省政策企画部長として、沖縄問題・対日講和問題と取り組んでいたジョージ・ケナンのマーシャル国務長官宛ての手紙の一節からもわかります。

●「政策企画部は、南琉球をアメリカが統治する原則を承認する企画部が注目しているのは、日本国天皇が、アメリカは沖縄を始め(アメリカ側の)要請する他の島嶼を日本に主権を残存させた形で、長期の(25年から50年ないしそれ以上にわたって)、軍事占領し続けるべきだという示唆を伝達してきていることである。企画部は、この方式を戦略的信託統治の代案として十分検討すべきものと考える。」●

▲そもそもアメリカは、沖縄を軍事基地として欲しいのですが、1941年8月の「大西洋宣言」でも、それを連合国に拡大した「連合国共同宣言」でも、「領土的たるとその他を問わず、いかなる拡大も求めない」と国際的に宣言してきましたので、沖縄を取るためには、何か、国際的に通用するしかるべき理屈をつけなければならなかったのです。
▲それで考えたのが、国連憲章第12章の「国際信託統治」という方法でした。
国連憲章の「一般的信託統治」は、開発の遅れている地域の発展を促進するためのもので、軍事基地を置くことはできません。
軍事基地が置けるのは、信託統治の「戦略地区」で、この場合には、安保理事会5カ国の承認が必要です。
当然ソ連は、沖縄を米軍基地とすることに反対します。
ソ連のマリク大使は、ヤルタ会談ではもっぱら千島列島問題を話し合ったので、沖縄の話は一言も出ていないと指摘していました。
したがって、国連憲章の国際信託統治制度を使って、沖縄に居座る方法は、両方とも見込みがないという状況でした。

そこへ!!!「沖縄を米軍基地として半永久的に提供する」という天皇のメッセージが届いたのですから、ジョージ・ケナンが「戦略信託統治の代案」にできるとして、喜んだことは言うまでもありません。

                                          まだまだつづく                                                                                        

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驚くべき資料です。転載をさせていただきます。

2006/8/17(木) 午後 0:55 [ - ] 返信する

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この本(物語 日本国憲法第9条)は面白いです!転載どうぞどうぞ。

2006/8/18(金) 午後 3:07 [ どんぐり ] 返信する

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確かにこんなヒドイ話は有りませんね。転載させていただきます。

2006/8/28(月) 午後 8:25 - 返信する

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第2,第3のメッセージも驚くべき内容ですが、一般には(マスコミでは)知らせていませんね。もちろん意図的に避けているのでしょうが。転載ありがとうございます。

2006/8/29(火) 午後 2:44 [ どんぐり ] 返信する

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琉球独立論 (りゅうきゅうどくりつろん)2003年3月1日
沖縄はその地理政治学的位置から独自の融合文化を築き、日本本土とは異なる歴史体験をもつところから、独立すべきだとする主張。戦後沖縄の思想の流れの中で間欠的に浮上はするが大衆間に定着するまでには至っていない。具体的動きとしては1947年の沖縄民主同盟(仲宗根源和)、50年の共和党(松岡政保)、69年復帰直前に結成された〈沖縄人の沖縄をつくる会〉による琉球独立党(当間重剛)などがある。


『最新版 沖縄コンパクト事典』2003年3月・琉球新報社発行、2,415円(税込)

2010/7/2(金) 午前 8:25 [ - ] 返信する

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短足おじさんのところから伺いました。
転載させてください。

2013/5/25(土) 午前 9:29 [ 穴原美智子 ] 返信する

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穴原美智子さん、こんにちは。
転載いただきありがとうございます。

2013/5/30(木) 午後 4:21 [ どんぐり ] 返信する

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続けて・・とうのはこちらの記事です。よろしくお願いします。

2013/5/30(木) 午後 8:00 mimi 返信する

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みみさん、ありがとうございます。

2013/5/31(金) 午前 7:51 [ どんぐり ] 返信する

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真実は日々に新たなり。
と言いませんでしたかね?

転載済みとは、記憶がありません。

重要です。
再度転載させていただきます。

2013/6/9(日) 午後 0:27 - 返信する

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仲村さん、転載済みでしたか〜!?
月日が経つのは早いものですね。

2013/6/11(火) 午前 10:53 [ どんぐり ] 返信する

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