
2011 2/13〜5日間、岩手県「雫石」に滑りに行ってきました。

「雫石」には特別の

思い入れがあります。

「雫石」は、感動した「浅田次郎」の「壬生義士伝」の舞台

の一つでもあります。

「盛岡」南部藩の下級武士、主人公「吉村貫一郎」の故郷です。

現在に換算して年俸34万円では飢饉のつづく同地では妻子4人を

支えることが出来ないと、脱藩して「新撰組」に

身を投じます。

そこで得た給金や手当を、守銭奴と蔑まれながら全て故郷の家族

に送り続け、家族愛と義を守り続けます。

さいごに血まみれになって南部藩大阪屋敷に逃げ込みますが、そこで切腹を命じられ果てます。
その後

長男は函館五稜郭の土方歳三のもとで玉砕、

二男は農学者となって飢饉に強い米を同地にもたらし、

末っ子の長女は医師のもとに嫁ぎ満州へ。
清貧と困窮のなか、礼儀と矜持を守るこの家族、そして雪の日の朝最後にまだ幼い末っ子「みつ」を抱きしめて脱藩して去っていく貫一郎に涙しました。
17時間に及ぶTVドラマや映画も観ましたが、やはり本で読むのが感動的でした。
初めて訪れる「雫石」はどんなところか・・
想像通り、清々しい古き良き日本を残す素晴らしい地でした。
「雫石」から眺める「岩手山」

は神々しく男性的で暖かく迎えてくれました。
かの時代の彼らも同じ「岩手山」を仰ぎ見たことでしょう。
近年では自衛隊機と民間旅客機との凄惨な空中衝突事故地

として有名ですが、慰霊の森

には行きませんでした。
「雫石スキー場」は世界選手権開催地で、体育会系の真面目なスキー場であり、彼女やファミリーでレジャー感覚で行くにはそぐわないハードな感じで、5日間緊張感

をもって滑りまくりました。
多くの人達が亡くなった航空機事故の同地でスキーを楽しむのは、申し訳ない気持ちでした。

帰りの便が珍しく大幅に遅れ、伊丹空港使用期限のpm9時のギリギリ7分前に着陸

したり、帰宅した深夜から腹部激痛のため、我慢して翌早朝救急外来


に駆け込んだりしたのも、それが一因かも知れません。
同地が満を持して開催した

スキー世界選手権も、トップシーズンにもかかわらず連日雨が降り続いて不成功に終わったのもそのためかも・・・

腹部激痛は「末期癌」の症状が出始めたかと心配しましたが、尿道結石?腸ねん転?の検査もパスし、結論は5日間ハードに滑りすぎた「腹筋傷害」らしい

ということで決着、1Wスキーを休み今後は歳相応に大人しく滑ることにしました。
それでは5日間の「雫石」の様子をデジブックでご笑覧下さい。