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『はてしない物語』と『ネバーエンディングストーリー』についての考察


レポート公開第四弾は、前回の続きみたいな感じです。

こちらのレポートでは、原作と映画の違いを取り上げました。

原作を基準にしてレポートを書き始めたため、

結果的に映画をこき下ろした感じになってしまったのですが、

じっさいのところ、あの映画はキライじゃありません(* ̄艸 ̄)

こちらも、完全にネタばれしています<(__)>



ミヒャエル・エンデ原作『はてしない物語』(1979)とウォルフガング・ペーターゼン監督『ネバーエンディングストーリー』(1984西独/アメリカ)の差異についての考察
 
 このレポートでは、ミヒャエル・エンデ作『はてしない物語』と、それを基に作られたウォルフガング・ペーターゼン監督『ネバーエンディングストーリー』との違いについて考察する。商業映画というのは基本的に商業ベースに載せられるものである。つまり、商業映画は観客に受けないといけないのだ。したがって、原作と商業映画との差異を検討することは、原作者と映画製作者の考え方の違いを浮き彫りにするのと同時に、原作者の価値観と時代の価値観の差異をも浮き彫りにもするであろう。ミヒャエル・エンデは、この映画の結末部分を気に入らず裁判沙汰にまで発展しており、その差異は根本的なものだと言える。
 
(原作者との確執)決裂を決定的とする上で致命的だったのは、映画のラストシーンが、エンデの意図とは正反対であることである。映画の主人公バスチアンは、本の世界「ファンタージェン」の力を借りて、現実世界のいじめっ子に仕返しをする。エンデはこれについて真剣に腹を立て「このシーンをカットして欲しい」と告訴に踏み切る事となった。裁判の結果は、エンデの敗訴となり、「ミヒャエル・エンデ」の名前をオープニングから外す事で、なんとか和解した。後にミヒャエル・エンデは、「ファンタージェンを破壊するために悪の人狼が脚本を書き、映画にした」「原作の前半だけを映画にしても意味がない」などと多くの批判を残すことになった。
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典-項目:「ネバーエンディングストーリー」
 
映画は美しい主題歌と共に流れる壮大な映像で始まる。これが主人公バスチアン少年の見た夢であったことが冒頭で示唆される。一方の原作では、鏡になった文字から始まる。つまり、映画では見たこともない夢の世界へと連れていかれる予感がするのに対し、原作では、現実世界(既成概念)を起点に、そこから何かがひっくり返ることが予感される。
 
映画の冒頭、バスチアン少年が映った場面で原作との決定的な違いがひとつ明らかになる。原作では太っているはずのバスチアン少年が太っていないのだ。それどころか、非常に華奢な、可愛らしい少年がバスチアン少年を演じている。見た目の問題は、商業映画というメディアの限界を示しているのかも知れない。コメディだったらともかく、ファンタジーで太った少年を主人公にするわけにはいかないのだろう。原作において、バスチアン少年は自身の容姿にコンプレックスを抱えており、それがファンタージエンでの望みに繋がっていく。実際、原作では、ファンタージエンに入ったバスチアン少年は自身の望みにより容姿麗しい青年になっており、そのことによって、自身が容姿にコンプレックスを抱えていたことを忘れていく。したがって、容姿の問題は重要な伏線なのだが、映画ではまったく抜け落ちている。これは、この映画が物語の前半しか扱ってないことにも由来するだろう。それどころか、物語後半の要素は映画では完全に無視されていると言っても良い。この辺りに、エンデが映画を気に入らなかった最大の要因が潜んでいるように思える。
 
 続いて、もうひとつの違いが明らかになる。映画では父親がバスチアンに向き合おうとしている。母親が亡くなったことに向き合い、先生から学校でのバスチアン少年のことを聞き、これからも話し合おうと提案する。一方、原作の冒頭、バスチアン少年は古本屋店主のコリアンダー氏に向かって、こう述べている。
 
父さんは、なんにもいわない。何かいってくれることなんて、全然ないんです。どうなったってかまわないんでしょ。
ミヒャエル・エンデ著、上田真而子/佐藤真理子訳「はてしない物語(上)」『エンデ全集4』岩波書店、1997(原書1979p.11
 
 バスチアン少年の抱える、この孤独感、疎外感が原作では大きなテーマになっている。そのためにバスチアン少年は自身のことを、
 
だれのでもない息子
「はてしない物語(上)」p.71
 
 だと考えている。一方、前半のファンタージエンでバスチアン少年の分身のような役割を果たすアトレーユは
 
「みなの息子」と呼ばれている。
「はてしない物語(上)」p.71
 
 だれのでもない息子とみなの息子、このギャップを克服することこそが、この物語の最大のテーマだと言ってしまっても良いだろう。したがって、原作の最後ではファンタージエンから帰ってきたバスチアン少年は真っ先に父親の元へ向かっていく。そして、何時間も話し続けるのだ。何でも望みの叶うファンタージエンの世界へと向かい、そこから戻ってきたことで、バスチアン少年の孤独感/疎外感が、言わばカタルシスされている。一方、映画では、最初の時点で既に父は息子に向き合っているので、当然、このテーマ設定も吹っ飛んでしまっている。実際、映画では父が登場するのは冒頭だけなのだ。
 
 映画では家を出たバスチアン少年がいじめられる場面のあとに古本屋の場面になるが、原作はここから始まっている。映画における古本屋の店主コリアンダー氏の発言は映画製作者の価値観を端的に示しているように思う。ここでは、大体、こういうやり取りが行われる。「ここはゲームセンターではないぞ、本を売ってるんだ」「本ならぼくも持ってるよ」「コミックだろう?」「ちがうよ、宝島や・・・」これを聞いたコリアンダー氏の態度がコロっと変わる。このやり取りは明らかに既成概念に乗っかってしまっている。活字の本に価値があり、ゲームやコミックなどのサブカルチャーは相手にする価値がないというわけだ。原作ではバスチアン少年が既成概念を否定するところから始まるので、当然、このようなやり取りは存在しない。

 また、この文脈で捉えれば、バスチアン少年の次の行為が原作と映画で異なることも理解できる。すなわち、コリアンダー氏が奥の小部屋で電話している間に、「はてしない物語」をバスチアン少年が拝借する場面だ。映画においては、コリアンダー氏は「この本は売り物ではない」と前置きした上で、散々とその本がいかに特別かということに関して熱弁を奮ったあげく、その場に本を置き去りにして奥の部屋に引っ込んでしまう。煽られたバスチアン少年は思わずそれを手に取って、「必ず返す」と置き手紙をして学校に持って行ってしまう。さらに、コリアンダー氏はしっかりとそれを見ていて、その行為を肯定するようにうなずくというおまけまでついている。つまり、これは合意の上での借りるという行為であり、既成概念の外に出るものではない。一方、原作では「はてしない物語」という本のタイトルに魅了されてしまったバスチアン少年が、コリアンダー氏が奥の部屋に行っている間に、その本を盗んでしまう。もちろん、その本を買えないという理由もあるのだが、原作のバスチアン少年は置き手紙もしない。はっきりと盗みだと言明されているのだ。盗みを働いてしまったからこそ、
 
こうなった今、家へ帰ることは、どう考えても、もうできない。
「はてしない物語(上)」p.17
 
 のだ。その先、どこへ向かうかも決めていなかったバスチアン少年だが、学校の屋根裏こそ誰にも見つからない場所であることに気付く。

 このように、原作のバスチアン少年は、かなり意図的にファンタージエンの世界へと向かっていく。一方、映画のバスチアン少年は、何か流されるままにファンタージエンに突っ込んで行ってしまうような印象がある。遅刻しながらも学校へ向かった映画のバスチアン少年が教室に入らないのは、教室で算数のテストが行われていたからだ。どこにも逃げ場がなく、どうしようもなく、ファンタージエンに逃げ込んでしまうという感じなのだ。これは、既成概念を否定するところから始まる原作と、既成概念の枠の外に飛び出ることが出来ない商業映画の差であると言えるだろう。いくら原作に書いてあるからと言って、盗みという行為やサボタージュという行為を肯定するようには描けないのが商業映画の限界なのかも知れない。


 原作においては、既成概念の外に出て、また戻ってくるという行為に焦点が置かれている。しかし、映画の方では、そもそも、既成概念の外には出られないのだから、戻ってくるという行為も成立しない。したがって、既成概念の外に出られない映画のバスチアン少年がファンタージエンと繋がるのは、単に本自体の魔術的な力によることになってしまう。ここには、原作に見られるような哲学は一切見られない。ファンタージエンが単なる夢/おとぎ話の世界と化してしまっているのだ。ここにこそ、物語後半の要素がすべて吹き飛んでしまった主要な要因がある。つまり、商業映画というメディア自体の持つ制限が、物語の進め方に支配的な影響を及ぼしていると言えるだろう。
 
 ファンタージエンの場面にも、当然ながら差異はあるのだが、字数の関係上そこは省かせて頂く。原作者エンデが、もっとも問題視した終盤の場面へと向かうことにしよう。原作では、バスチアンの望みはことごとくファンタージエン(想像の世界)の中で叶えられ、言わば浄化された状態で現実世界に帰ってくる。したがって、現実世界のバスチアンには何か特別な能力が付与されたりしたわけではない。ただ単に、自身と世界に対する認識が変わっただけなのである。そして、現実世界で生きていくのは、ありのままの自分であり、ファンタージエンでの経験は、それに僅かな手助けをしてくれるだけなのだ。


 一方、映画では「なぜ、夢見た通りにやってくれないの?」という幼ごころの君の願いを聞き入れたバスチアンは、幼ごころの君に名前を付け、ファンタージエンを救う。原作には「なぜ、夢見た通りにやってくれないの?」などというセリフはないし、実際には何度も拒絶して、幼ごころの君が旅に出る事態にまで陥り、最終的にようやくバスチアンが名前を叫ぶことになっている。また、以下の部分はまったく原作には登場しておらず、また、エンデがもっとも問題にした部分でもある。「夢見た通りに」ファンタージエンを救った映画のバスチアンは、願いとしてファルコン(幸運の竜)に乗ることを申し出る。そして、ここがもっとも問題なのだが、このバスチアン少年を乗せたファルコンが現実世界に舞い降りて、映画の冒頭でバスチアン少年をいじめていた少年たちを怯えさせるのだ。願っただけで、それが現実世界で叶ってしまう。夢に見ただけで、それが現実世界の事象になってしまう。想像の世界と現実の世界の区別もなく、ただ単に願っただけで夢が現実のものになってしまう。これでは、想像の世界から戻ってくるということに焦点を置いた『はてしない物語』自体の否定にもつながってしまう。これでは、まったくもってエンデの意図とは違ったメッセージを子どもたちに送ることになってしまう。それこそが、エンデがもっとも許せなかったことのように思える。
 
 最後になるが、筆者は決して、この映画をあげつらうためにこの文章を書いたわけではない。(原作とは異なるとは言え)この映画はそれ自体素晴らしいものだ。この両者の差異をメディア自体の持つ制限という観点から明らかにすることが、筆者の本来の目的であった。したがって、原作にはなく、映画にはある長所も多い。単純に娯楽映画として楽しんで見ることの出来る映画であるし、何より主題歌が素晴らしい。この主題歌と共に流れる場面には、原作を読んだだけでは決して味わうことの出来ない感覚があると言えるだろう。

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いきなり失礼します。
とても面白いレポート(考察?)だったので、コメントさせていただきました。
こういった本から映画になった作品や原作がある作品について書かれてるのを始めてみたので、こうやって考えて読んで観ている人もたくさんいるんだなと頼もしくなりました。私は考えるだけで文章にすることが、なかなか出来ないので。
長文失礼しました。 削除

2012/11/25(日) 午前 2:55 [ 雷声 ]

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雷声さん、はじめまして
コメントありがとうございます。

これはドイツ文化論の授業に提出したレポートですね。ボクは映画学専攻ではないですし、このレポートそのものも荒削りなところがあるように感じているのですが、面白く読んで頂けたのなら光栄です。
そうですね、考えていることを文章にすること、ボクもとても難しく感じる時があります。と言うより、しょっちゅうですね。

2012/11/25(日) 午前 4:00 flowinvain

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ドイツ文化論の授業でしたか!納得ですwこういったモノは授業で課題として出ないと文章に起こすことがなかなか出来ないので、その機会があるのは私にとって羨ましく感じます。何より自分の文章や考え方について評価してくれる人がいるのがとても。

勝手ながら、私のブログにflowinvainさんのブログをグックマークに入れさせてもらいました。不都合や駄目な場合は消しますので言ってください。
まあ、ブックマークに入れるからといって何かをするわけではないんですがねw 削除

2012/11/25(日) 午後 11:56 [ 雷声 ]

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そうなんですよね。人の意見を聞いたり評価を貰ったりして、(たとえそれが自分の考えとは違ったとしても)より洗練されたものになるって側面がありますよね。それはとても大事なことだなって思います。

ブックマークありがとうございます。不都合や駄目なんてことは全然ありませんよ。むしろありがたいです♪

2012/11/26(月) 午前 0:54 flowinvain

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