フレディの日記

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数学について 3

イメージ 1ゼロの話
数学の入門書で紹介されている「ゼロ」つまり、「0」については様々な説明がなされている。
前章の「数の数え方」では、何の抵抗もなく、「0」を使っていたが、「0」というのが普通に使われて来ているのはコンピューターが出現してからと言って良いだろう。
つまり、2進法が日の目を見るに至ったからと言っても言い過ぎではない。
「0」と「1」だけで、論理展開、計算出来る機械が発明されたからである。
その前は「0」の代わりに「|」で間に合っていた。
これも、マイナスという概念が数の世界に登場してからである。
「・・・・、-5-4-3-2-1、|、+1+2-3+4+5、・・・・」で、此処では「0」の代わりに「|」が利用されている。
数学の入門書で紹介されている「ゼロ」つまり、「0」については、古代インド説が有力らしい。
ついには、古代インドでは「無」という概念が存在して、それが「0」であると言い出す人も多いらしい。
ちょっと待ってほしい。
「0」と「無」の概念は別個なものだ。
古代インドでは10進法の数字の表記に「1」から「9」までしかなく、桁上がりの表記として「1」の次に
「・」(マルポチ)を当初は利用して「10」を「1・」と表記していた。
それが紛らわしいので「1◦」(1小丸)になった。
小丸がやがて○となったのだ。
因みに、漢数字やローマ数字など「10」を表記する記号があるところには「0」という表記が必要なかったので「0」が出現しなかっただけである。
「十」「X」更には、「百」「C」、さらには「千」「D」が標記文字になっている。
ローマ数字の「C」が「100」に当たり、「D」が「1000」に該当するなんて驚きかな?
数は「1」から始まるだけで良かった時代がつい最近まで続いたのだ。
数は元々、モノの個数を数える言葉に過ぎなかった。
モノを数えて、足し算、引き算をする方法、いわゆる、計算方法として、数字を記述する方法と、算盤(アバカス)を利用する方法がある。
中国やギリシア、ローマのように桁上がりのための特別な文字を使うところでは、算盤を利用する方法しか無かった。
算盤とは計算するための第二の数字である。
インドのように桁上がりのために「0」(正確には「◦」を使用している場合は算盤は不要であった。
算盤は計算機では無い。計算を記述する道具に過ぎないのだ。
ところで、領域という別の世界が併存していた。
幾何という世界である。
幾何は大きさ、領域を議論する世界である。
幾何も数も当初は地面が、あるいは平板が議論の世界だった。
そこで議論される場所は原則、二次元の世界だった。
ユークリッド幾何学の登場はその集大成だった。
長い年月、世界観は大空のはるか上には天国があり、地面の遙か下には地獄があって、その中間に人間や、家畜、獣、鳥、魚、虫たちが住んでいる世界がある。
この説明で多くのことを説明出来た。
今でも、多くの人間はそれでも説明が間に合っている。
古代インドの宇宙観は水の化身であるコブラの上に亀が座り、その上に3匹の象が乗り、象の上に大地や山が乗っており、象が動くと地震が起こると考えられていました。なんだかかわいいですね。
他の文化圏の宇宙観も同じようなものです。
そこで展開される領域、空間の説明は地面は何処までも平面と見なして良かった。
二点を最短距離で結ぶ線は直線で、1本しか存在しない。これがユークリッドの公理の一つであるのは覚えている人は多いだろう。
ユークリッド幾何学はコンパスと直線定規を用いると発展、進化される世界である。
固定したコンパスでは、直線の上にメモリを付けることが出来る様になった。
メモリの上に数を乗せると、長さを数で表現出来るようになった。
更には、同じ平面上の上に別の直線を引き、交わることの無い直線、つまり、平行線とは何かという公理を説明することで、直角、並行四辺形、三角形などの説明が出来る様になった。
円の定義も生まれた。
メモリに数字を乗せても、出発点を「0」(ゼロ)にする必要も無かった。
最初のメモリが「1」なら、そこまでを「1」と考えても抵抗は感じない。
最初の1歩という言い方で説明出来た。
      1     2     3     4      5     6     7     8
|―――|―――|―――|―――|―――|―――|―――|―――|―――
 
直線を区切るコンパスの幅を共通なものにするために尺度が発明された。
人間の歩幅から、尺、歩、インチ、フイート、等。
更に小さい単位の尺度を適用しているので、「0.5」などという「0」の表示は必要無かった。
それよりも小さく表現したければ、分数で代用出来た。
尺度は時の権力が制定した。
権利とはほぼ無塩で決定されたのが、メートルである。
元々は、地球の赤道と北極点の間の海抜ゼロにおける子午線弧長を 1/10,000,000倍した長さとれた。1983年に基準が見直され、現在は1秒の 299792458 分の1の時間に光が真空中を伝わる距離として定義されている
数が人間の言葉の中で発明されたものだということだ。数学の帳が開かれたのはいわゆる数の発明だと言えよう。
領域ということにも考えるようになり、時間という概念も発明された。
数字と領域、そして時間が物理学へと進展してきた。
時間が速度ということを説明出来るようになった。
もう一つ、物理学に欠かせない要素の発明があった。
質量である。
これも尺度を持っているものだ、時間もおなじだが、人間が決めた単位が付いている。
時間は秒、質量はキログラムである。
キログラムは他の要素を借りて定義されることの無い、強いて言えば、1リットル1気圧、、0℃の蒸留水の重さである。
さらに、温度があった。
コンパスと定規で内接する正複数角形を描く方法はここにあります。

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