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金環日食

金環日食

ってタイトルで日記書いているヒト多いんだろうなぁ。。。

今私が住んでいるマンションはおもいっきり東向き。
遮光カーテンではない寝室の窓は日の出の早いこの頃は強烈な明るさで目が覚める。
5時半ころには太陽に起こされ、30分位ウダウダしていて6時にベッドから出る。

あ、そうか、今日日食だよな。
実家で朝日新聞の配布品の日食グラスを貰っていたので、せっかくだから見ようと
弁当も作らず、朝ごはんも食べず、
駅に向かう途中のおにぎり屋さんで朝ごはんのおにぎりを買い、
いつもより20分早く家を出る。

iPhoneアプリで日食をカウントダウンしながら日暮里駅に到着。
陸橋の上に何人かがいたので、これは日食スポットだ、とその仲間に入る。

薄曇りなので、雲の合間にちらちらと太陽が顔を出している。
到着した時はまだ、三日月のような状態。
そこから20分ほど、薄ら寒い陸橋で見知らぬ人たちと一緒に並んで鑑賞。
完全な金環日食になるのは約2分間。
そのうち雲の間からちょろちょろと途切れながら太陽が見られて
20秒くらいははっきり見ることが出来た。

もともと星とか、天体とかは詳しい訳じゃないけど、漠然と好き。
ちょっとブームにのった感じではあるけど、
見られてよかった。

今の職場はちょっと気が重いことが多いのだけど、
すっきりした気分で今日から1週間を始めよう、という気分になった。

会社に行ったらその気分もふっとんだのだけどね・・・・(泣。


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昨日、告知記念日でした

告知記念日は5月19日だと勘違いしていた。
5月17日だったわ。

つまり、昨日。。。

さっきまで明日だと思っていて、2005年の日記を確認したら、
あ!17日だった!、、、と。

そう、今から7年前の5月17日にがん告知を受けたのだ。
白黒はっきりするのに4ヶ月くらいかかったのよね。
「おそらく乳腺症だけど念のため」と言われて検査を繰り返し、
考えられる結果のうちで最悪の結果だった。

乳頭腺管がん、ステージ2

告知は一人で受けて一人で帰ったのだけど、
なんだか自分のことじゃないみたいで、ただ真っ白になってたな。
で、毎年思いだすのだけど、帰り道の景色が綺麗だった。
東京タワーが綺麗で、浜松町のネオンが綺麗で。

あれから7年。
スカイツリーもできたし、時代は結構変わってきた。
私の身の回りもかなり変化があって、
罹患当時、務めていた会社は酷い状態で辞めなきゃならなくなり、
さらにもう1度転職をした。
そして、一人暮らしとなった。

もう「病気の後を生きる」という段階では無いのじゃないか、
そろそろ罹患歴を忘れて良いのではないだろうか、と思っている。
「前向きに生きる」という段階と通りすぎ、
「もう普通だもんね」と自分自身が思えるようになりたい。
まぁ、まだ、治療を続けているから、そうもいかないのだけれど、
病気云々・・・という事を理由にして、挑戦のない每日を送るのは辞めにしたいなぁ・・・と。
いろいろ考えるわけです。


今も乳がんの患者さんは増え続けていて、
若い患者さんも残念ながら増えている。
罹患当初は誰でも辛いのだけれど、
病気になってしまったのは不運だけれど不幸じゃない。
それに悪いことばかりじゃない。
友達も増えたし、旧交が復活したりもした。
良いことも沢山ある。
そう思って前向きに取り組むと精神的にも楽になる。


日本も酷い災害があった。
私も帰宅困難者になった。

人生におけるハードルは病気だけじゃない。
これからだって何がおこるか分からない。

こういう経験を、ハンデとだけ受け止めるのではなく
貴重な経験をしたと思って感謝して
これからも頑張っていくのであります。

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8年目の憂鬱

この5月で術後丸7年が過ぎ、8年目に突入する。
乳がんを罹患してから「生きる」ということに対する節目として、
「3年」「5年」「10年」というハードルを飛び越えていくようなイメージを持っていた。
幸いなことに次々とハードルを飛び越えることが出来て、
「10年」のハードルすら、視界に入ってきた。

人が世の中生きていく中で「10年」って長いよなぁ。。。と思った。
38で罹患した私が、「10年」を達成した時、それはとても喜ばしいという気持ち反面、
その時私は48歳なのである。
そして、それは確実に近づいているわけで・・・。
なんだかとても複雑でもある。
あの頃の未来に立っているのかな?(てSMAPの曲じゃないけど)とか、
もっと前進している自分を目標にしていた気がする、とか。
まぁ、どうしようもないけど。
48歳ってアラフォーですらない・・・わよねぇ。。。。
いや、49歳までアラフォーって言って良いですか?ダメですよねぇ。。。


さて、そんなしみじみした思いで迎えようとしている8年生。
ちょっと、悩んでいることがある。
治療について、、、である。

私の術後治療は
・最初の1年はノルバデックス単剤。
・2年目に主治医が変わったのをきっかけにノルバをやめてゾラデックス単剤。
・4年間ゾラデックスをやったところで、転職のために3ヶ月製剤のリュープリンに変更。
これは単に、通院を3ヶ月に1回にするための私の事情。
毎月通院のために早退するようじゃ仕事なんて見つからなかったから。

で、、、今に至るわけなのだ。

つまり、ホルモン治療を7年、LH-RHアナログ剤を6年もやっているわけ。
たいていの方は2年、又は5年で治療が終わるのが、今の主治医の方針としては
「やっておこうよ、ね。」という感じなのだ。

そもそも私はあまり深刻な副作用が少なくて、日常あまり負担なく生活できているから、
受け入れてきたのだけれど、
ここのところ、さすがに長い間続けてきたせいか、いわゆるよくある副作用といわれる
ほてり、熱感、のぼせ、肩こり、頭痛、不眠、めまい、発汗、関節痛、骨疼痛」が
そこそこしんどくなってきたのだ。
特に手足の違和感、が顕著な感じだ。
耐えられない、という程ではないのだけれど、特にこの1〜2年、関節の不調が続いて
好きなスポーツが思うように出来ないでいる。

そもそも、私はローリスクグループであったはずなのだ。
果たして5年を超過して、LH-RHアナログ剤を続行する意味があるのか?
と思っている。
毎年この時期になると、今後の治療をどうしようか、という話を持ちかける。
主治医としては「できる限りホルモン療法を続行したい」という意見なのだ。

乳房を無理に温存するか、全摘するか、と言われた時に、
全摘を選んだのは「中途半端な温存は再建が難しい」という知識もあったせいだが、
より積極的な処置の方が安心な気がしたのだ。

今までも、何度かリュープリンをやめようかどうしようか、という話になった時に
結局、より積極的に治療をする方を選んできた。
あとあと、「あの時、ああしていれば良かったな。」と後悔したくなかったからだ。

しかし、さすがに、もう丸7年。
後から治療を始めた仲間たちも次々と先に終わっていくのだ。
「果たして、これは、本当に必要な治療なのだろうか?」
と思い始めている。
それでも頭の隅に、もし、治療を辞めたら、将来後悔することにならないか?
という不安は残るのだ。

多分、確実な正解は無いかもしれない。
決めるのは自分。

とりあえず、次回6月の診察で、丸7年の検診のCTを予約するはずなので
多分8月あたりにやることになると思う。
その結果を待って、それで何も問題がなかったら、
改めて答えを出そうかと思っている。



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今、ちょっと、ヤバイ。

「一人暮らしをしたら太る人と痩せる人がいるのよね。」
と某友人が言っていたのだけれど・・・

どうやら私は残念ながら前者らしい。
友人の論理には「太る」人の多くはファーストフードやコンビニ弁当に走るケース、
だそうなのだが、私は自炊派。しかも弁当持参派。

おまけに、肉類が好きじゃなく野菜好き。
食事のメニューは野菜類が多く、チキン、魚は時々。牛、豚は殆ど食べない。。

ではなぜ太ったのか???

生活スタイルは実家にいる時とさほど変わらないし、
普段は仕事に行っているのも同じ。

物事には必ず理由があるはずだが、強いて言えば運動不足。
寒い時期、膝、腰、頚椎が痛いことが多く、また今年は特によく足がつった。
そんなこんなで引越し以来あまり運動ができていない。

それと、甘いもの、特にチョコレートが辞められない。

しかし、、だ。
現状は実にマズイ。
コレステロールも高いし、今現在過去最高体重なのである。

どうやら代謝がすごく落ちていると思う。
ちょっとの運動じゃたいして汗をかかない。
つまり、筋肉が極端に落ちている???

マズイ、マズイよ。
なんとかしなくては・・・・。
という訳で体重計を買いました。

イメージ 1


・・・ってそこからかよ。ってハナシですが。

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外科受診&リュープリン

先週、外科の診察があった。

術後治療の注射をゾラデックスから3ヶ月製剤のリュープリンに変えて約2年となる。
薬剤変更の理由は「転職」によるものなのだ。
大学病院にお世話になっているので、どうしたって、通院は就業時間と被るので、早退をしないといけない。
それが毎月、というのはちょっと仕事をするのに支障があると判断されるのを避けるために3ヶ月製剤のリュープリンにした。

3ヶ月に一度の通院となったので、職場での言い訳はなんとかなるようになった。
今の会社では覆面患者(本意じゃないのだけど)なので、毎月早退があるのはマズイのだ。

病院(主治医)のの治療方針として、
ホルモン療法以外に3ヶ月毎の血液検査と、年に1回のCT、CTと半年ずれるようにエコー。
これを術後ずっと続けている。

診察室に入って、まず、血液検査の結果から。
肝心の腫瘍マーカーには異常がなく、今回も無事スルー。
しかし毎度のことながら、コレステロールと肝脂肪値の高さを指摘される。
今回は特にコレステロール高くなってしまって、なんと、史上最悪数値の「309」を叩き出してしまった。
主治医に
「このままではガンは大丈夫としても動脈硬化でマズイことになるよ。」
と言われてしまった。
主治医によると、
あなたの場合、中性脂肪には問題がないから、総じて太りすぎとか食べ過ぎとか言うのではなく、食べる内容に気をつけたほうが良いね。
コレステロールは卵とか、魚卵とかに多いからね。
意外とケーキとか、クリームとかにも多く含まれているから気をつけて。
スポンジケーキにカスタードクリームなんて最悪だから、萩の月とかね、美味しいんだけどコレステロールの元だからね。。

・・センセイ、、、そんな、頑張ってる復興東北の銘菓を名指しで、
コレステロールの元はないでしょう、、、(汗。。。
まぁ、総じて「美味しいものはコレステロールもカロリーも高い」のよね。

その後、エコー。
健側乳房2ヶ所に影の指摘。
がしかし、これは7年前からある脂肪腫と、2〜3年前からあるのう胞らしい。
大きさも変化が無いので悪性の疑いは無いだろうとのことで引き続き経過観察。

その後、リュープリン。
リュープリンは看護師さんが打ってくれる。
ゾラデックスの時は注射が難しいから、と主治医だったけど、
リュープリンは比較的簡単だから、という理由らしい。
時々下手な方に居るのだけど、今回は上手な方だった。
「今日は右?左?」と聞かれて
「右です。」と答えたら、
「えらい!これ、答えれる人と答えられない人といるのよ。センセイは必ず言う事になってるけど。」
ととても陽気な看護師さん。
「え〜そうなんですか。なんとなく覚えているんですけど。」
「何事も人任せにしちゃダメってことよ〜〜〜〜。」
と、明るいやりとりで終了。

私の外科受診はいつもこんな感じ。
センセイとも、冗談交じりで笑いもアリでやたらと明るい診察。
乳がん術後といってももう7年に近い。
いつまでも暗く落ち込んでいられないし、幸いなことに元気で過ごしている。

そう、コレステロール、、、マジで落とさなきゃ。
最近足がつるのを理由になかなか本気でスポーツができないでいる。
すこう言ってる場合じゃないんだわ。
頑張るわ。。。

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開設日: 2005/2/9(水)


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