・申命記
申命記5章
<朝のディボーション>
なぜ、聖書を読むのか、それは神のことばとして受け止め聴き従うためである。聖書というのは、ポテトチップをつまみながら、寝そべって、読み流すものではない。やはり、神の戒めであり、神が与えられる恵みを信じて戒めに従う時に、自らの内に祝福がもたらされるものとして、しっかり聴き、学び、行うためにこそある。「聞きなさい。イスラエルよ。きょう、私があなたがたの耳に語るおきてと定めとを。これを学び、守り行いなさい」(申命5:1)
大切な点は、このような定めが、当時のイスラエル人だけに語られたのではなくて、「ここに生きている私たちひとりひとり」に向けて語られ、契約として結ばれたことであろう。神は一人一人に向かい合って語り契約を結ばれる。神は十把一絡げに私たちを取り扱われる方ではない。一人一人に向かい合い、一人一人の心にチャ
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民数記34章
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