こんなにきれいな沿岸。しかも、ここは碁石温泉で、わかめの発祥地なので生わかめをしゃぶしゃぶで食べる
店主からサービスで、かじきまぐろの兜焼きを同じ旅仲間を楽しむ。
周囲の宿は津波で流れ、ここだけが残っている。そんな恐怖をものともせず、経営を継ぐ方たちと地元の人と
近隣地の工事業者とボランティア、そして勇気の度胸が座った60代の夫婦も我が家も波の音を楽しんで
おいしくご馳走をよばれて観光を満喫した。これで、活気付いたらいいなと盛岡からのご夫婦ともお話して
翌日から津波で何もかもないところに、立ち上がる人や、そんな人たちを見守る駐在の地元の人に会いに行った
ここは女川で、ほとんどの建物を撤去した。
この、女川の沿岸には遺族の方がいつも長時間遠くの沖へ流された愛する人を果てしなく目をこらして会える
ことを願っているようで、じっとしている。昨年ここへ来たときも、皆さん同じように座り込んでいたり、遺族のお子さんを遊ばせておられたりしていた。 そんなすぐ隣りで、建築企業の新型商品らしい簡易トイレ2種を企業宣伝ボードと共にえらいさんが来られて、まったく遺族が目に入らない様子で撮影されていたのを目撃した。
なんも悪いことやない、流通での最高理念は「ゆりかごから墓場まで」を売れることで、実際今世紀は達成されてパンドラを開けたことを良しとしている。わかっているが、ただ・・・遺族がいはったら場所を変えて撮影するとか
感性があってほしいと悔しいのは、このあと・・・女川でのがれきの地も凄かったが、昨年にはない黒い黒い護岸が積み上げられて、陸前高田・・・・ここでは私はあまりのがれきの多さにストレスで下痢をした。止められなかったので、主人が息子を遠くへやって私にタオルとテッシュとおむつw渡してくれて世話をしてくれたのですが、気になる息子がどうしても寄ってくる。主人が怒鳴って遠くへやる。そうこうすると、この瓦礫の中央空き地は、バスとタクシーのターミナルで遺族の方々や被災ツアーの人たちを運んでくるための場所なのですが、たまたま顧客はおられなかったのですが、運転手さんにはバレていました。とんでもない経験をしたのですが私にすれば
そこまで心の負担になる高い高い瓦礫の四方に囲まれる不安を早く楽にしてあげてほしい。
大船渡もすごかった。南リアス線のところは黒い護岸と瓦礫だらけ。 そして宮城県にいたっては商店街などがある街のど真ん中まで瓦礫があります。宮城県の人は、自分の家の区画にあるものを自分でこつこつ燃やされて、他に気になる舞い上がったゴミも燃やしておられました。何もない実家を、20代の若い男性がただ、ひたすら清掃したあと、することがなくなって泣きながら、迷子の子のようにお迎えが来るまで待っている様子に、子を持つ母親の心が痛んで痛んで、その子を背にして泣き出していました。
はやく みんな ひとごととかでなく 行ってみたらええねん
自分の子の未来とかいうまえに 会ってきたらええねん
そこに、あなたの子がいるから
転載元:
右指を噛んだ猿は左指を大切にする
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