ビー・バップ・ハイスクール
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2007年2月、DVDで『ビー・バップ・ハイスクール』を観た。きうちかずひろ原作の漫画を、那須博之監督が1985年に実写化し人気を博した作品だ。
仲間徹(中村トオル)と加藤浩志(清水宏次朗)は愛徳高校に通う二年生。落第したのでもう一度二年生をやっている。 ツッパリの二人は教師やクラスメートからはうとましがられていたが、同じクラスの泉今日子(中山美穂)はくったくなく付き合ってくれる。 勝手気ままに生きている二人に、ある日同じクラスの兼子信雄(古川勉)が舎弟にしてほしいといってきた。 :
ツッパリ、マッポ、ボンタン、短ラン、タバコにチューハイ、おにゃん子クラブ、タイガーマスク…出てくるひとつひとつが1985年を正確に切り取っている。当時中学生だった自分にタイムスリップした。僕も含めて、当時の男子中高生をとりこにしたこの作品は、当然次作『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌』も観に行ったし、原作コミックも持っていたし、サントラのレコードも買った。実際周囲に不良学生は大量にいたし、ケンカはせずとも皆タックの入った太めのボンタンを履いて、トオルとヒロシをきどったものだ。この直前までテレビドラマ『毎度お騒がせします』でツッパリ中学生をやっていた中山美穂もここでは純情なヒロインだ。彼女もかなり初々しい。
高校生がタバコに酒、乱闘、警棒で相手をメッタ打ち、恐喝、拉致、挙句警察は大目にみるなんて、今じゃあ絶対R-18確実だ。でも、田舎の普通の映画館でやってたんだよね。いい時代だな。
今冷静になってみなおすと、ツッパリの中にも良いツッパリと悪いツッパリがいるという『仁義なき戦い』を踏襲した構図(作品中も随所にそのパロディがみられる)、群れない一匹狼、ヒロインやマドンナの存在、どうにも憎めない悪役、社会には馴染めないがその一方で疎外感と孤独感を払拭したいという矛盾など、アウトローものの要素がきっちり揃っている。このベタな青春物語がヒットしたのも、この辺が理由なのだろう。
好感がもてたのは、そういったベタさもマーケティングの結果「狙った」ものではなく、結果的にベタになっていることだ。今の映画のように、市場調査に裏づけされた計算通りの予定調和は反吐が出るが、この作品では、作中の大人そのものが若者に「予定調和」を強要し、それに抵抗する若者という図式が残っている。観客である学生もそういう予定調和を嫌う風潮が残っていたのだ。
主人公である、「不良」のトオルとヒロシも未来への不安と希望を両方持っていて、それはそれでよい時代だったなと思う。今の中学生や高校生には、もうこんな馬鹿げた映画は受けないだろう。今の若者にしてみれば、トオルやヒロシは損得考えないただのバカ。きちんと「そろばんずく」(これさえも死語!「死語」も今や死語)で動く今の若者にとって、未来はすべてお約束の予定調和。失敗もなければ成功もない。でもそんなの面白いのかね。もしかすると、面白さよりも金か?でもさ、バカが許されるのが若者だろ。
とても懐かしく、少し切なさと憧憬さえも感じるこの作品は、今だからこそもう一度見直して、そして、あえてもう一度何かを見出すさなければならない作品なのかもしれない。テレビで放映した時に解説の荻正弘が言ってたのが「我々の世代だとビー・バップと聞けば、ジャズの革新の方を思い出す」というものだった。当時はよくわからなかったが、今なら「BE-BOP-HI-SCHOOL」の意味もわかる。ヨーロッパ的なビッグバンドジャズから飛び出したビー・バップの連中のように、今の学生たちもバカをやればいいのだ。見る前に飛ぶのがいいだろうが、遅くはない、まさにこれを見てから飛べ。若いんだろ。
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いやァこれは力作ですね。納得されました(笑)。傑作を押します。僕もコミックで全部読んでいた口です。映画も見ましたよ。
80年代はこの二人、卒業して何処かに就職できたでしょうね。いまじゃ自動車修理工場のオーナー経営者になっていたり・・・。こういった「偽悪」的な不良は、将来に対するそういった「予定調和」があった時代でした。
今なら、そのまま35歳になっても非正規社員でフリーターかもしれません。たいへん嫌な時代になりました。
2008/2/13(水) 午前 9:56 [ mdq*h7*7 ]
mdqdh747さん、お褒め頂いて恐縮です。自分が中学生ぐらいの頃には、子ども扱いが嫌で、「早く大人になってやるぅ〜」と思っておりましたが、昨今のこどもなら、大人になってもしんどいから嫌!とか言い出しそうです。
2008/2/13(水) 午後 2:29