ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で

徒然なるままに、旅するようにゆったりと、時折鋭いまなざしで日常をとらえます

残暑には新たな意味が加わって ケータイ投稿記事

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残暑お見舞い申し上げます……。
いやいや、まだ立秋じゃない、今なら「暑中見舞い」だよ、とおっしゃるかもしれません。

ところが言いたくもなるんですよ。この暑さは…高熱は…熱波の分厚さは…。「残酷」なほど人を苦しめ、「残忍」と言えるまでに草木を枯らします。

恐怖の暑さが列島をおおっています。東北は梅雨明けしていないといっても、来週には雨が降るだろうと予報されている程度のことですから、暑さは同じようなものです。

地に凝り固まったかのような熱をひと雨降って冷ましてくれるといいのですが、昨日も雲が厚い時間帯もありましたが、期待はずれに終わりました。

ところで、昨夜の星空が透き通っていたことをご存じでしょうか。天の川がくっきりと見えて射手座のあたりは雲がかかったかのようでした。さそり座の赤いアンタレスと火星とにはさまれた土星の輪も、肉眼で確認することができました(嘘)。

空は澄んでも熱帯夜。やはり今朝もたいそうな暑さは続きます。どうか今日も御自愛ください。熱中症に気をつけて、お健やかな一日を…。

(昨日の夕方に見えた飛行機雲です。まっすぐに爽やかに澄んだ青空を伸びていきました)

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SNSアンナとマーニー使うかな ケータイ投稿記事

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SNSという「社会的な連携の仕組み」でもって、ふだんは顔を合わせられないメンバーが繋がり、共通の目的に向かってグループ活動をすすめることが簡単にできるようになりました。しかし負の効果もあるのは確かです。

映画『思い出のマーニー』の米林宏昌監督がこう語っています(聖教新聞7月19日付け記事)。

≪10代の子どもたちも、携帯電話やソーシャルネットワークで、いつでもどこでも友だちとつながっていられる時代。(中略)''見えない輪''の内側にいる子たちだって、その輪からはみ出すことに恐怖感があると思うし、杏奈のように輪の外側にいると感じている子にとっては、より強い孤独を感じる、難しい時代になっている気がします≫

原作の『思い出のマーニー』で主人公のアンナは、周りの大人にたいして努めて「普通の顔」をしています。普通とは、表情がなく不機嫌のように見える顔です。普通の顔は仮面。元々の彼女は上機嫌で微笑みが多い顔であったのですが、仮面でいることが常態となってしまうと仮面は貼りついて真の顔となります。

マーニーと心を許しあい、アンナの仮面が溶けだして大人にも心を開けそうになったところで、マーニーが信じがたい行動に出ました。アンナは行きつ戻りつしながらも、マーニーを信じようとします。結果として別れの時はくるのですが、マーニーとの真の友情が揺るぎないと信じることができて、アンナは笑顔となりました。二人の絆は断たれないことに安心していられるようになりました。アンナは幸せをつかむことができたのです。

一方で、便利なSNSで日々刻々つながりを求めあう若者たちは幸せでしょうか。「見えない輪」の不安定なありようにいつも不安を感じている。「輪の外側」に弾かれたくない、と常に不安な時を刻む。つながっているためには、永久にスマホを手放せない…そんなことがいつまでも続くわけはありません。「強い孤独を感じ」続ける人たちをかわいそうに思います。もちろん私だって程度の差はあっても例外ではないのです。フェイスブックで「いいね!」があれば喜び、増えていなければ少し落胆する…これも「見えない輪」に縛られている証拠かもしれません。

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注意され暴挙に怒るわたしたち ケータイ投稿記事

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ここまで言い切った文を知らない。ここまで日本というムラ社会を言い当てた言葉を知らない。

≪この国では「他人を傷つけず自分も傷つかない」ことこそ、あらゆる行為を支配する「公理」である。したがって、われわれ日本人は他人から注意されると、その注意の内容がたとえ正しいとしても、注意されたことそのことをはげしく嫌う。その他人は私を傷つけたからであり、「思いやり」を欠いたからであり、日本的行為論の「公理」に反する暴挙に出たからである。
 こうした行為観のもとでは、注意することは大勇気を要し、注意されることは大屈辱である。だから、みんな黙っているのだ。だから、それにもかかわらず注意されるとき、われわれは激怒するのである。注意した相手をはげしく憎み、恨み、場合によっては殺すのである。だから、アアセヨ・コウセヨと いうバカ管理放送・管理標語がこの国では繁茂するのである。
 この国では、みんな「思いやり」という名のもとに真実の言葉を殺している。<対話>を封じている。しかも、――恐ろしいことに――ほとんどの者はその暴力に気づいていないのである≫
『<対話>のない社会〜思いやりと優しさが圧殺するもの』(中島義道著,PHP新書,2003年)

確かに他人から注意されるとカチンとくることがある。家族であってもアカの他人であっても…。自ずとひとには注意できなくなる。緊張を避けて柔らかな「思いやり」に逃げる…お上が注意してくれるようにお願いする…。そこから対話は生まれないことを著者は明晰に論じてくれた。

(花と対話するかのように蝶が花に戯れる…戯れているのでもなく、対話しているのでもなく…単に蜜を求めているとわかっていても…仲むつまじいように見える)

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梅雨明けし揺らぎ揺られて夏の夜に ケータイ投稿記事

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今月始めまで火星はおとめ座のスピカとひっつくばかりの位置にあったが、今は気持ち離れて橙色に光っている。大ぐま座・北斗七星の曲線を伸ばして最後尾が真珠色のスピカ。途中にはうしかい座のアークトウルス。淡いオレンジ色だ。

夏の星座が目だってきた。白鳥座にこと座、わし座。それぞれ一等星のテネブ、ベガ、アルタイルが夏の三角形を天の川に広げている。南に下がって目を転じれば、火星と赤さを競うのはさそり座のアンタレス。銀河系の中心部・いて座にある南斗六星とさそり座のS字曲線が合わさると、夏の陽炎が揺らぐような趣だ。夏だぞ夏だ、夏が来た。

広大無辺の宇宙。何十光年、何百光年、何万光年の彼方から空間だけでなく、距離にみあった時間を越えてやってくる星ぼし。宇宙船地球号は巨大な時空のひとかけらに過ぎないけれども、この地球に住む私自身もほんの芥子粒。しかしこうして生きている。小さくても頼もしく生きている。

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略取して光源氏は光る君 ケータイ投稿記事

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光源氏の妻となった「紫の上」。幼い「若紫」の頃から源氏は精魂込めて彼女を育てた。理想の女性(もちろん平安時代の当時にあっての理想だが)となった紫の上を妻とした光源氏は幸せだった……。

一瞬源氏物語を思い出させたが、おぞましい事件だった。倉敷市の小学生が誘拐された事件で、逮捕された49歳男はこう言っていたという。「少女に興味があった。自分の好きな女の子のイメージ通りに育て、将来は結婚したかった」と。

一人で住むこの男は昨年末に、自宅を防音機能を持つ密室に改造して準備を重ね、丹念に物色していたのだろう。「自分にふさわしい美少女を捜し出して、将来結婚する」。あまりに短絡的であまりに幼稚 な動機に開いた口がふさがらない。理想の育て方をするというには貧相だ。「たくさんお菓子を与え、テレビアニメも見せていた」と供述している。

顔も名前もテレビにさらされ、家族も含めてネットでもってあることないこと噂をばらまかれた。彼女の心身の傷は想像すらできない。恐ろしいおぞましい事件だ。光源氏は確かに未成年者を略取誘拐した。だが千年も昔の話。しかも権力の頂点近くにあり、金持ちであるばかりか美貌さも並ぶ者がいないという光源氏だ。この男は何を勘違いしたのだろう。

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