ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で

徒然なるままに、旅するようにゆったりと、時折鋭いまなざしで日常をとらえます

舶来のバナナは滑って美味しくて ケータイ投稿記事

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なつかしの童謡『とんでったバナナ』(作詞:片岡輝/作曲:櫻井順)を今朝のラジオで聞いた。一本のバナナが主人公で、南国の子供が二人取り合いをしているとツルンと滑って飛んでった。バナナは小鳥の巣に飛び込み食べられそうになって逃げ出す。ワニと出会い一緒に踊る。調子に乗りすぎたら滑って飛んで、昼寝をしていた船長さんの口に飛び込んで食べられてしまうという結末だ。バナナが飛んでいくたびに「バナナン バナナン バナナ」と面白いフレーズが繰り返されて楽しい歌だ。

この歌は昭和37年(1962年)につくられている。調べてみるとバナナの輸入が自由化されたのは昭和38年。それ以前は高価な舶来品として珍しい存在であった。かつては台湾バナナとフィリピンバナナが両雄であった。日本が台湾を統治しているころに台湾バナナが輸入されたのが始まりであったが、今ではほとんどフィリピン産バナナがスーパーの売り場を占めている。わたしが子供の頃までは台湾バナナが黄色く熟しており黒い斑点がたくさんあるイメージで(スウィートスポットというらしい)、フィリピンバナナは青過ぎて買ってからしばらく置いたままにしておかないと美味しく食べられないものだった。バナナはデザートの王と言ってもいい存在であったし、皮でツルンと滑って滑稽なことになるというギャグにもよく使われていた。

今やバナナがおやつの王としての地位は墜ち、ギャグにもならなくなってしまったが、10年近く前にバナナダイエットが流行ったことがあったのを思い出す。頻繁に食べるものではないけれど、スウィートスポットがたっぷり表面に出て完熟を超えてトロトロ直前の甘みが私は好きだ。

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何時だって見張る黄昏ここにあり ケータイ投稿記事

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目を見はるものは何処にでもある。心をうつ出来事は何時だってつかまえられる。映画のなかで、朝日にさざめく波に水面が輝き、波に揺れる水草がいきいきとし、風に吹かれて木々の葉っぱが表情を変え、アビのつがいが睦まじく楽しげに鳴き、湖が夕焼けて残照が金色に煌めく・・・。大きな場面転換ごとになにげない自然の情景が織り込んであって心をなごませる。

1981年のこの映画『黄昏』(原題: On Golden Pond)の製作者は夏の初めから秋が始まる頃のゴールデン湖を描いた。美しいものは美しい、美しいものは見ようとする心があればそこにある、美しいものは感じる者にのみ美しいと描きたかったのに違いない。

映画に出てきたシーンばかりではない。日常いたるところに美しいものはある。旅先の何気ないたたずまいにも、他人の居ずまいにも、繰りかえす季節の移り変わりにも美は存在している。娘チェルシーと父ノーマンとが頑迷な確執を乗り越えて和解し合い睦み合ったことも美だ。

間に立って二人が分かりあってくれるように努力を重ねてきた母であり妻であるエセルも健気であった。元気な彼女も70代の半ば、衰えが感じられる。それ以上にノーマンは容赦なく老いていく。だからこそ彼女は彼との時間を大切にしたかったし、父娘の健全な関係を願った。期せずして媒介となったのは連れ子のビリー。やんちゃなビリーのお陰でノーマンは頑迷さの檻から抜け出した。予定調和的な物語かもしれないが、錦秋の季節に向かう湖畔の柔らかさや温かさが心に響く。

『黄昏』は笑顔を誘いつつ人生の黄昏時を迎えるに当たっての覚悟とは何かを考えさせてくれる。ノーマンを演じたのはヘンリー・フォンダ。チェルシーのジェーン・フォンダとは実の親子。彼は主演男優賞を得て半年後に亡くなり、本作が遺作となったのはなんともうら悲しい。

さて、英語題を直訳すれば『ゴールデン湖にて』。なんとも殺風景だ。それにひきかえ、日本語題の豊かさよ。

【黄昏】 古くは「たそかれ」。「誰(た)そ彼(かれ)は」と、人のさまの見分け難い時の意)夕方の薄暗い時。夕暮れ。暮れ方。たそがれとき。また、比喩的に用いて、盛りの時期がすぎて衰えの見えだしたころをもいう。(日本国語大辞典)

エンドロールに広がった秋口のゴールデン湖。あの景観を黄昏ときの際立つ美だとすれば、ノーマンとエセルが老いの残照をこの上なく大切にしたことの美…両者の美を掛けて実に味わい深い題名となった。何度でも観たくなる映画である。

(水辺の睡蓮。形よく健やかな感じて咲いている)

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夏の華打ちて上がって消えちゃった ケータイ投稿記事

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「おかあちゃん、花火が上がってるよ」
「バカ言いなさい、ありゃあ、焼夷弾だよ」
「だってえ、ヒュルヒュルピューピューいってるよ。見に出ようよ」
「ヒュルヒュルだけで、バーンって弾けてないだろ。おやっ近いよ、あの音だと。さあ、アツシ、逃げるんだよ…」

原爆の落ちた夏のイメージと重なって、都市への大空襲にも夏のイメージがある。むろん夏ばかりではない。鎮魂の終戦記念日が旧盆の時期と重なって、鎮魂の花火に戦争のイメージが連なっていく。お盆の頃に騒々しいセミの声を聞くと、花火が単にお祭り騒ぎではない何かを感じてしまうのかもしれない。

今夜は宍道の花火が上がった。色とりどりに、赤系、黄色系、緑系、青系、金色。煙の灰色をバックにして色は彩々だ。形もさまざまだ。円あり、だえんかあり、ハートあり、土星型あり、花型あり、ラッパもある。音も多種多様。ピチピチ、パチパチ、パッパ、ジュルジュル、そして一発ドーン。最初の上がる音のヒュルヒュルもある。しばしの合間に聞こえるは虫の声。秋を感じる虫が鳴く。空を見上げて星ぼしも花火に添えてあな嬉し。ともあれ花火が見事に上がるとき、夏の夜空を染めるとき、日本は平和を享受する。

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天と地と合わせて暑し盛りにて ケータイ投稿記事

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アツコとアツシはなかよしだ。
アツコが叫べば地熱吹き出し、アツシがささやき熱風が吹かす。
アツコが微笑めばぽろぽろ熱さがこぼれだし、アツシが歌えばじわりと汗が流れ出す。
アツコが震えて熱の光が空に向かい、アツシがジャンプすれば重力で熱さが混じりあう。
アツコが怒れば頭から火が吹き出して、アツシがへそを曲げればいやいやの空気が世界を不安にする。
アツコが力めば目頭に涙が溜まり、アツシが羽ばたけば寒冷前線ごすっ飛んでいく。
アツコは暑子、アツシは暑志。
今夜はひとつ雲子と雨子に登場願いたい。
雲がもくもく雨を降らせてアツコの怒りを冷ませや、アツシの不機嫌収めてよ。
暑子は大地にめくるめく熱よ、暑志は空に渦巻くむごい熱風だ。

(大田・五十猛の海岸。コバルトブルーとエメラルド色に彩られ、暑さを忘れさせてくれる)

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残暑には新たな意味が加わって ケータイ投稿記事

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残暑お見舞い申し上げます……。
いやいや、まだ立秋じゃない、今なら「暑中見舞い」だよ、とおっしゃるかもしれません。

ところが言いたくもなるんですよ。この暑さは…高熱は…熱波の分厚さは…。「残酷」なほど人を苦しめ、「残忍」と言えるまでに草木を枯らします。

恐怖の暑さが列島をおおっています。東北は梅雨明けしていないといっても、来週には雨が降るだろうと予報されている程度のことですから、暑さは同じようなものです。

地に凝り固まったかのような熱をひと雨降って冷ましてくれるといいのですが、昨日も雲が厚い時間帯もありましたが、期待はずれに終わりました。

ところで、昨夜の星空が透き通っていたことをご存じでしょうか。天の川がくっきりと見えて射手座のあたりは雲がかかったかのようでした。さそり座の赤いアンタレスと火星とにはさまれた土星の輪も、肉眼で確認することができました(嘘)。

空は澄んでも熱帯夜。やはり今朝もたいそうな暑さは続きます。どうか今日も御自愛ください。熱中症に気をつけて、お健やかな一日を…。

(昨日の夕方に見えた飛行機雲です。まっすぐに爽やかに澄んだ青空を伸びていきました)

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