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福岡で生まれ育って、プロ家庭教師として、家庭教師の派遣元として福岡を中心に生きています。他所の地域の人から見れば、私が博多祇園山笠に参加しているのは当然と思えるでしょう。しかし、ややこしいことに、福岡市民は本来、博多祇園山笠に参加できなかったのです。博多の人間でなければ駄目だったのです。
福岡市とは、那珂川よりも西の地域。博多とは那珂川と御笠川とに挟まれた地域。だからこの博多に住む人々が鎮守府櫛田神社の奉納行事として博多祇園山笠に参加していたのです。今は人的つながりで参加できるようになったので、福岡生まれ福岡育ちの私も博多祇園山笠に参加できるようになったのです。この辺のことは以前書きました。 http://blogs.yahoo.co.jp/fwka9059/49389640.html
弟が先に土居流の行町から出させていただいたのも、大学の後輩(愛媛県出身!)が参加していたのを知り、その伝で参加したのです。
「N、なんで愛媛出身のお前が参加しとうとや?俺が出とらんとに」
「そんなら、総代さんに頼んでみましょうか?」
「うん、是非頼む。」
といったやり取りがあったそうです。
出させていただくことになった総代さんの所からは、すでに十名以上が参加していたようです。家は旧・行町(現在の古門戸町)にあるので、そこで着替えをさせていただくわけです。当時すでにこれ以上は増やせないかなぁ、という状態で、私の弟で打ち止め、ということになったのです。
その話は、私も聞いていたので、私は出させて欲しいということを言うことは出来ませんでした。丁度その頃に高校の同級生で西流の赤手拭をやっていた者が、私を誘ってくれました。私は二つ返事で参加する旨を伝えたのです。そのことを弟に伝えたところ、弟からそのことが総代さんの耳に入りました。
「山笠で兄弟が違う流で参加するやら、あり得ん!安田の兄ちゃんはうちから土居流で参加せないかん。」
ということになり、私はその総代さんの家から付け足しで参加させていただくことになった次第です。
「安田兄弟は、弟が先に山笠に出とって、兄ちゃんが後から来とる。普通は逆やもんなぁ。」
と今でも総代さんからからかわれております。
こういうやり取りが無かったなら、私は今頃は西流の法被を着て山笠に参加させていただいていたでしょう。私も人的な伝で山笠に参加させていただいています。これで憧れの博多祇園山笠に参加することが叶ったのです。
今現在の博多祇園山笠の七つの流は、どの流でも地域外の人間の参加を認めていると思います。
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