どうもどうも、ゲリラ豪雨で靴を濡らし、ゲリラ抜け毛で額を濡らす用務員のおじさん改め店長です。
残暑厳しい中皆さん御元気でしょうか?わたくし元気も栄養も全て仕事に注ぎ込んでしまっているため今一毛根に勢いがございませんが、どうにかこうにかやり繰りしております。
震災以降忙しさにかまけてしっかりとブログを書いておりませんでしたが、なんだか依然世は混沌とした状況が続いております。不安と混乱の飽和、そんなムードすら漂う最近の世の中ですが、みなさん、唐突ですがみなさんは最近何かを一生懸命「見る」という作業をなさっていますか?
そりゃビリヤード関連のブログを見てるんだから日頃球もよく見て狙っとると仰るかたも多いかとは思いますが、高尚なわたくしが意味するのはそういった「見る」では御座いません。
しっかりと「見る」意思を持って、その結果何かを「感じる」。いわば本当の「見る」です。
誰かが笑っている時、その人の感じる幸せを実感しながら一緒に笑ってあげられているでしょうか?
誰かが泣いている時、その人の感じる悲しみを実感しながら慰めてあげているでしょうか?
なんだかどこぞのインチキ哲学サイトみたいな物云いになってしまいましたが、最近の世の中、その辺がすっごく足りてない気が致します。
ウチのお店、皆様良く笑顔でいて下さいます。ウチのスタッフ、みんな笑顔で頑張ってくれています。
そんな中で日々過ごさせて頂いている自分は、たとえ世が混沌としていても、間違いなく幸せだと胸を張れるでしょう。
その昔私の敬愛するアーティストは「ぶどう」をみて感動し、泣いたといいます。
曰く「こんなに黒く光りも通されない厚い皮に覆われているのに、その内側のなんと美しく透き通ったことか!」
そういって号泣したのです。
なぜなら気づいたのです。いや、悟ったのです。
「純粋な内側の果実は黒く厚い皮のことを全く恨んでいない」
ということに。
こんなにも素晴らしい感受性は必要無いのかもしれません。
しかし時にはこれ位真剣に何かを、誰かを見つめるという事は大切なのではないかと思ってしまいます。
という壮大なコンセプトで狙い倒した6番がドソッポに外れマンスリーは2ヶ月連続の準決勝敗退でごわす。
さてと、ふて寝しよっと。
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