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プロレス格闘技

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ミスター 「ゴング」 死す

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1968年に日本スポーツ出版社から刊行された月刊誌 「ゴング」 の初代編集長にして、
日本プロレス界を代表するマスコミの顔であった 竹内宏介 さんが、去る5月3日に逝去されました。
享年66歳。


▼Wikipediaによる解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E5%AE%8F%E4%BB%8B

オイラは1975年から 「月刊ゴング」 と 「別冊ゴング」 (実質の隔週発行) を、
そして1984年の週刊化からは 「週刊ゴング」 を、
2007年の休刊まで32年間にわたって購読していたので、
当然ながら、同誌の 「顔」 である竹内宏介氏には、多大なる影響を受けております。

ちなみにオイラは、週刊ファイト紙とゴング誌を愛読し続け、週刊プロレスはほとんど読んでおりませぬ。
その理由は、単純に文面がオイラの性格に合わなかったからですが。

よって、オイラの書く文体や文章表現には、ファイトの井上編集長、
ゴングの竹内・小林・清水・小佐野・金沢編集長らの書かれた記事、表記方法等に強く影響を受けております。

中でも、抽象的で思わせぶりな表現の代表がファイトの井上編集長であったのに対し、
具体的でわかりやすく単純明快な表現の代表が竹内編集長であったと思います。

世間一般的には1978年頃からの 「全日本プロレス中継」 の解説者として馴染みが深いと思いますが、
オイラ的にはやはり、「ゴングの竹内」 がすべてであります。

後年の暴露本、いや、「今だから話せる」 系の書籍によると、
数度にわたり、日本プロレス史を揺るがした 「事件」 の裏で暗躍されていたようですが、
すべては日本プロレス界の活性化のためであったと信じております。

いずれにしても、他のプロレスマスコミ関係者に比べて 「常にファン目線」 でプロレスを見続け、
プロレス幻想を失墜させるようなスキャンダルを、いい意味で 「無視し続けた」 功績を評価したいです。
一方では、真実を公表せず、臭いものに蓋をしたままの報道姿勢を否定する向きもありますが、
「あの頃はあれで良かった」 のだ、と言うのが昔から変わらぬオイラの見解です。

今にして思えば、一度くらいは竹内さんのぶっちゃトークが炸裂する講演会等に行ってみたかったです。

2007年頃に脳梗塞で病床に伏されて以来、多くの関係者が奇跡の復活を願っておりましたが、
2012年5月3日、残念ながらミスター・ゴングは天に召されました。

永遠のプロレス少年に合掌。


▼ぜひこちらのゴング関係者の追悼ブログ記事もご覧ください。











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  ▼ 5月定例やまぼうしライブ
   日時 : 5月11日(金) 19時30分〜21時00分
   会場 : コーヒー&ギャラリー やまぼうし
   料金 : @500円 (ワンドリンク付き)
   内容 : 19時30分〜 荒井豊 (静かなギター)
        20時15分〜 あやあね (劇空間音楽)
  https://public.sn2.livefilestore.com/y1pjMWSGehEniCrUa5I1U-wcquFwVdFwr1uxSLdGa6ioJM0MvYoDe3MGOLemOY_r_xvVLxJjTrjKTOATSEY6hG08w/20120511yamaboushilive_flyer.jpg?psid=1

  ▼ 森下よしひさフィルムコンサート #01 / It’s All Right
  ※[YouTube]ロゴをクリックすると大きな画面 (別ウインドウが開きます) で観られます
  

  ▼ 北街道の唄プロジェクト
  http://www.kitakaidounouta-project.net/
  ※故・森下よしひささんの名曲をCD化するというプロジェクト。
   森下さんへのメッセージを掲示板にお書きください。
   CDをお買い求めいただければなおうれしス

  ▼ Recording Studio GARAGE MIHO (本館) はこちら
   http://www.geocities.jp/garage_miho

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ごー・じょに・ごー・ごー!

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マーク・メロ というプロレスラーをご存知か?


1990年代にWCWを中心に活躍し、
nWo旋風が巻き起こる直前の1995年に新日本プロレスに来日。
その胡散臭いキャラクターでプチ・ブレイクを果たした、中堅レスラーであります。

しかし、彼がWCW時代に使用していたリングネームがシャレている。
その名も 「ジョニー・B・バッド」

そう、ロックンロールの元祖とも言われるチャック・ベリーの名曲 「ジョニー・B・グッド」 のパロディで、
メロ自身のイデタチは、リトル・リチャードを模したものだと言われております。

リングに登場するときは大型クラッカーを仕込んだキャノン砲を持参し、
試合前に観客を煽ってキャノン砲を炸裂させてから、
嫌味たっぷりのムーヴで、名脇役さながらの試合を展開しておりました。

メロは決してメインエベンターではありませんでしたが、
その日のカードにおける自分のポジション (セミファイナルかその前あたり) をよく理解しており、
クライマックス=メインエベントに繋げる 「ショーの流れ」 を円滑に進めていた、という印象があります。

しかも、メインエベンターではないにも関わらず、しっかりと自分のイメージを観客に印象付け、
「こいつ、また観てみたいな」と思わせる 「職人芸」 を身に付けておりました。

残念ながら最近はまったくと言っていいほど近況を耳にすることがなくなりましたが、
自分のタレント性、バリューをよく理解し、身の丈にあったポジションで、
「自分にできる最上級の仕事をこなしていた」 ように感じます。

身の丈知らずで図々しいオイラなんぞは、爪の垢を煎じて飲ませて欲しいと思います。

つーか、自分の 「身の丈」 を理解することって・・・
実はとても難しいことなんじゃないのでしょーか?











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  ▼ 5月定例やまぼうしライブ
   日時 : 5月11日(金) 19時30分〜21時00分
   会場 : コーヒー&ギャラリー やまぼうし
   料金 : @500円 (ワンドリンク付き)
   内容 : 19時30分〜 荒井豊 (静かなギター)
        20時15分〜 あやあね (劇空間音楽)

  ▼ シミフェス No.11
   日時 : 4月29日(日) 10時00分〜15時30分
   会場 : JR清水駅みなと口 (海側) 芝生広場
   料金 : 無料
   ライブスケジュール
       1 10:00〜 清水商業高校吹奏楽部 (ブラスバンド)
       2 10:40〜 福居八大 (津軽三味線)
       3 11:20〜 チャオクボセッション (ポップス)
       4 12:00〜 ザ・サリーガーデンズ (アイリッシュ音楽)
       5 12:40〜 練 neri (アコーステイック)
       6 13:20〜 Woody Bell (アメリカンフォーク)
       7 14:00〜 塩倉亮治とロンサムハンサム (アコーステイック)
       8 14:40〜 ミサト&シン (ストリートソウル)
   詳細はこちら → シミフェス No.11

  ▼ 森下よしひさフィルムコンサート #01 / It’s All Right
  ※[YouTube]ロゴをクリックすると大きな画面 (別ウインドウが開きます) で観られます
  

  ▼ 北街道の唄プロジェクト
  http://www.kitakaidounouta-project.net/
  ※故・森下よしひささんの名曲をCD化するというプロジェクト。
   森下さんへのメッセージを掲示板にお書きください。
   CDをお買い求めいただければなおうれしス

  ▼ Recording Studio GARAGE MIHO (本館) はこちら
   http://www.geocities.jp/garage_miho

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荒鷲酋長の思い出

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長くWWFマットでベビーフェイスとして活躍していた荒鷲酋長こと チーフ・ジェイ・ストロンボー が亡くなられた。
享年83歳。




1966年に日本プロレスに初来日とのことですが、その当時、オイラはプロレスを見ておらず、
1978年に新日本のMSGシリーズに再来日を果たすまで 「まだ見ぬ強豪」 のひとりでありますた。

当時のプロレス専門誌には、毎回のように
ニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデンにおけるWWFの試合グラビアが掲載されており、
何度もWWFタッグ王者となっているストロンボーはグラビア登場率が高く、
その白黒の静止画からはダイナミックなインディアン殺法の妄想を掻き立てられたモノです。

そして、満を持してWWFを代表するベビーフェイスとして1978年に新日本初登場を果たしたワケですが、
「もしかすると 『とんだイッパイ食わせモノ』なのでは?」 の不安が的中してしまいました。
オイラの記憶では実際にワールドプロレスリングの画面に登場したのは1回だけで、
それもかなり大味でお粗末な試合内容だったように思います。
長い間、妄想していた幻影がもろくも崩れ去った瞬間であります。


上記Wikipediaの解説を見ると、ストロンボー自身が
「プロレスラーの最大の見せどころは入場と退場である」
と公言していたようで、たしかにインディアン・ギミックのイデタチは 「絵になっていた」 と思います。
もっともワールドプロレスリング放送の際、入場シーンはカットされていたと記憶しておりますが。

というワケで、正直言いますと、チーフ・ジェイ・ストロンボー にはこれと言った思い入れはありませぬが、
WWFタッグ王者時代のパートナーであった ビリー・ホワイト・ウルフ にはちょっとだけ思い入れがあります。

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ストロンボー同様、WWF時代はインディアン・ギミックでベビーフェイスを演じていたウルフですが、
実際はイラク出身で、1974年には中東のヒールレスラーとして新日本に登場しております。

そのときのリングネームが、当時小学生だったオイラにはなかなか強烈でありました。
その名も 「ザ・シーク・オブ・シークス・バグダッド」
あまりに長ったらしい名前なので、テレビでは 「シーク・バグダッド」 と表記されておりました。
直訳すると 「イラクの首都バグダッドにおけるリーダーの中のリーダー」 となるんでしょーか?

ちなみにオイラが 「イラク」 という国名、「バグダッド」 という首都名を知ったのは、
この時が生まれて初めてだったと記憶しています。

新日本では、ソ連人ギミックの ニコリ・ボルコフ とのコンビで北米タッグ王座に挑戦していましたが、
これが歴代挑戦者の中でも屈指の 「弱体パートナー」 でありまして、
ニコリ・ボルコフが怪力にモノを言わせて王者組 (猪木&坂口) を追い込むも、
バグダッドに交代した途端に形勢逆転し、最後は血ダルマにされてエプロンでノックアウト。
黄金コンビの強さばかりが目立った一戦としてオイラの脳裏に焼き付いております。

その後はニューヨークにてインディアン・ギミックに変身しストロンボーとのタッグで人気者となり、
WWFの次はAWAに転戦し、今度はアラブ人ギミックのヒールレスラー、
シーク・アドナン・アル・ケーシー に変身、という変わり身の早さを見せます。



AWA崩壊後はアラブ人ギミックのままWWFに移籍し、
湾岸戦争を模した 「アラブ対アメリカ」 抗争を繰り広げ、ファンの憎悪を一身に集めたとのことで、
この時代がウルフのレスラーキャリアのプライムタイムだったのではないでしょーか。
なお、ウルフはこの抗争終了とともにレスラーキャリアをリタイアしたようです。


恐らく 「ショーマン」 としての資質はストロンボーの方が長けていたと思いますが、
レスラーとしてのタレントはウルフの方が上だったのではないでしょーか。

だいぶ横道に逸れてしまいますたが、80年代の米マットを彩った荒鷲酋長に合掌。




アマチュアミュージックに関するアンケート専用サイトを設置しました。
ぜひクリックして投票にご協力くださいませ。
「アンケートの小部屋」
現在のお題・・・自分のライブを見に来てくれたミュージシャンのライブに今度は自分が見に行きますか?
(投票締切日:3月29日)





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  ▼ 4月定例やまぼうしライブ 〜森下よしひさフィルムコンサート〜
   日時 : 4月13日(金) 19時30分〜21時00分
   会場 : コーヒー&ギャラリー やまぼうし
   料金 : @500円 (ワンドリンク付き)
   内容 : 故・森下よしひささんのライブ映像、スライドショー等を上映予定です

  ▼ 北街道の唄
  ※[YouTube]ロゴをクリックすると大きな画面 (別ウインドウが開きます) で観られます
  

  ▼ 北街道の唄プロジェクト
  http://www.kitakaidounouta-project.net/
  ※故・森下よしひささんの名曲をCD化するというプロジェクト。
   森下さんへのメッセージを掲示板にお書きください。
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  ▼ Recording Studio GARAGE MIHO (本館) はこちら
   http://www.geocities.jp/garage_miho

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伝説の入場シーン

ユーチューブにアップされている 「伝説の入場シーン」 と名付けられたこの動画。

2000年2月26日のリングス主催 キング・オブ・キングス 決勝トーナメント1回戦のハイライト、
ヘンゾ・グレイシー vs 田村潔司 の入場シーンでありますが、
当時の日本の格闘技界の背景を知っているファン的には、まさに 「伝説の入場シーン」 に間違いありません。



1990年代後半、世界的にMMA=総合格闘技の波が広がり始めたものの、
実質的にはブラジルのグレイシー一族が名実共にその頂点に君臨していて、
いったい誰がグレイシーに土を付けるのか? がプロレス・格闘技ファンの興味の的でありますた。

そんな中、特にその筆頭と目されていたのが、
UWFインター に所属していた 桜庭和志田村潔司、そして パンクラス船木誠勝 の3名。

奇しくも1999年11月のPRIDE8で桜庭がホイラー・グレイシーにレフェリー・ストップで勝利。
日本人が初めてグレイシー一族を破る。

明けて2000年には、1月に 田村ヘンゾ・グレイシー と、5月に 桜庭ホイス・グレイシー と、
同じく5月に 船木ヒクソン・グレイシー と対戦することが決まり、
日本中の格闘技ファンには 「桜庭に続いてグレイシーを連破してくれ!」 との期待が高まっておりますた。

そんな日本中の期待を一身に背負った中で出撃したときの入場シーンこそがこの動画。

通常は自分のテーマソングで入場している田村が、この日ばかりはその決意を表明するかのように、
「UWFのテーマ」 で入場してきたモノだから、その瞬間、会場はまさに割れんばかりの歓声に包まれたワケだっ。

オイラは自宅でWOWOWの生中継を見ておりましたが、思わずうぉーっと声を出してしまいますた。
いやー、今、見直しても鳥肌モノの感動がよみがえります。
(ちなみに田村は見事に判定勝ち、桜庭もホイスに勝利したものの、船木はヒクソンに完敗してまいますた)

その幾多の名勝負を提供してくれていたリングスが活動を休止したのが2002年。
あれから10年経った2012年の今年、ついにリングスが復活いたしましたっ!

これがコーフンせずにいられようかっ!
再びあのキャッチフレーズを掲げてくれいっ!

世界最強の男はリングスが決める!




アマチュアミュージックに関するアンケート専用サイトを設置しました。
ぜひクリックして投票にご協力くださいませ。
「アンケートの小部屋」
現在のお題・・・アマチュアミュージシャンのライブの入場料はどのくらいが適当と思いますか?




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  ▼ 4月定例やまぼうしライブ 〜森下よしひさフィルムコンサート〜
   日時 : 4月13日(金) 19時30分〜21時00分
   会場 : コーヒー&ギャラリー やまぼうし
   料金 : @500円 (ワンドリンク付き)
   内容 : 故・森下よしひささんのライブ映像、スライドショー等を上映予定です

  ▼ 北街道の唄
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男は馬之助

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去る2011年12月21日、元プロレスラーの 上田馬之助 こと 上田裕司 さんが亡くなられた。
享年71歳。
http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20111221-879527.html

上田馬之助のプロフィールは こちら のWikipediaを参照あれ。

オイラ的に上田と言えば、史上初の本格的な日本人ヒールと言う点で、
それこそ今では考えられないほど、すべての日本国民から憎まれておりました。
悪 = タイガー・ジェット・シン に良心を売り渡した、風上にも置けぬヤツと言うワケで。

まだプロレスがリアルだった頃のお話しであります。

1970年代後期、世間ではツッパリとか暴走族が流行の兆しでありましたが、
当然ながらそんな連中は仲間とツルんでなければ、一人では何もできないカッコしいが99%で、
それに比べると、たったひとりですべての日本人に憎まれていた上田馬之助のツッパリ度はテメーらとは次元が違う、
などと、オイラひとりで思っていたモノだす。

もちろん悪人を演じていたのはリング上だけで、普段の上田裕司は常識的な一般人。
その点はタイガー・ジェット・シンとまったく同じだったと言われております。

ただ、当時レフェリーで外人係だったミスター高橋によると、上田と出会うまでタイガー・ジェット・シンは、
神秘性を保つために一切の 「夜遊び」 をしなかったのに、上田が夜の世界を教えてしまったため、
以後は上田と一緒に遊び歩くようになり、それからシンの神通力が薄れてきた、と述懐しております。

晩年は交通事故により車椅子生活を余儀なくされてしまった上田さんでありますが、
プロレスマスコミがインタビューに訪れると、現役時代の決めポーズでもあった、
顔をしかめてカメラを指差す得意のポーズをとってくれるなど、最後までプロレスラーを貫いておりました。

昭和時代に狂い咲いた血まみれの金狼に合掌。


▼よかったらこちらもご覧あそばせ
http://blogs.yahoo.co.jp/garage_miho/61982697.html







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  ▼ 1月定例やまぼうしライブ
   日時 : 1月13日(金)19時30分〜21時00分
   会場 : コーヒー&ギャラリー やまぼうし
   料金 : @500円 (ワンドリンク付き)
   出演 : 丸山研二郎宗玄カズヒロ
  http://garagemiho.com/flyer/2012013yamaboushilive_flyer.jpg

  ▼ 北街道の唄 (8'45"〜)
  ※[YouTube]ロゴをクリックすると大きな画面 (別ウインドウが開きます) で観られます
  

  ▼ Recording Studio GARAGE MIHO (本館) はこちら
   http://www.geocities.jp/garage_miho

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