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今日もわたしは一人、岩盤浴へ。
下の子は友達の家へ、上の子は学校だし。
岩盤浴中、ぼ〜っとしてようかとも思ったが、
田辺聖子先生の短編集『薔薇の雨』の続きを読まねば。
岩盤浴の中は薄暗いので、藤沢周平先生の小説のように、
漢字がイッパイの小説は辛い。
その点、田辺先生の短編作品なら楽勝だ。
でも、でも、バカにしたもんじゃないですよ。
恋愛、夫婦、親子、老い、介護等など、
自分の身近に迫っている問題が随所に盛り込まれている。
恋愛は迫ってない?あは、そっかそっか。
でも、いつかわたしだって。。。
登場人物の年齢が自分に近いというのもあるのか、
またまた感情移入。主人公になりきっちゃったりして…。
妄想中。
書かれている中年女性もそれぞれ強く、逞しい。
自分という物を持っている。
そこが、わたしと違うトコだ。
『ジョゼと虎と魚たち』『ほどらいの恋』と今回のこの作品を読んで思ったが、
短編と言えども、一人一人の人物が生きている。
ただの作り話とは思えない。
凄い。田辺先生。尊敬です。
だからと言って、田辺先生の体験から?
ま、まさかね。
大阪のオバちゃんがねえ。
鼠の浄土
ハイミスだけど、そこそこ人生も仕事も楽しんでいた丹子がバツイチ二人の子持ちの
中年男吉市と結婚する。多感な高校生に振り回されながら、こんなはずではなかったと
思う。この夫、吉市の適当さ、口の上手さに憎めない味がある。
「家は船。夫婦は船頭と船主。子供は客でいつかは下りてしまうが、
船頭と船主は残る。客の事であんまり頭使う事はない。
きっちりせんでエエやないか。揉め事のまま年取ったかてエエやないか。
きっちりして、かえって不幸になる事もある。」
うまい事言うねえ。
こんだけ口が上手かったら乗せられてしまうかも。。。
こんな風に言われたら、再婚も怖くないかも。
最後はプチ家出した丹子を高校生の継子が駅まで迎えに行くんだけど、
そのシーンもいいんだな。これが。
なかなか好きな作品です。
良妻の害について
姑にも浮気を繰り返すでぶちんの夫や小姑にも耐え、
「ま、エエわ…あたし、どっちでもエエねん。」と
全て取り合わず、流してきた登利子だったが、
ある日、大事に隠して置いた最中を姑が小姑の所に持って行ってしまったことから、
今まで溜まっていた物が一機に爆発してしまう。
美容院、エステにも行き、身も心も大変身。
姑も身を尽くした事もないわたしだが、読んでいてスッキリ。
気持ちいい。
あまりの良妻の豹変振りに夫も姑もオロオロ。
面白〜い。
薔薇の雨
50歳のファッションライターの留禰(ルネ)と
34歳のサラリーマン守屋との恋愛。
留禰はいつも別れる事を考えている。
今度もそう。でも、また会ってしまう。
何となくわかる。
いや、出会い=別れ 出会いがあって別れがあるという構図があるよね、って事。
でも、留禰がわたしと違うのは老いを楽しみ、満足している事。
決して、老いに対して絶望したり、気持ちがクジケルことはない。
わたしはダメだな。
老いを感じ、ジタバタもがいている。
この作品は、ちょっとフランス風な話だと思う。
フランス小説なんて知らないんだけどね~~
そんな雰囲気。オシャレ。
お手紙下さい
東京での不倫スキャンダル騒ぎから京都へ逃げてきた小説家多数子。
だんだん冷めていく不倫相手への気持ちと
隠遁場所の家主への思いが描かれている。
この家主ってのが、小太りで頭頂部も薄く、つやつや肉厚な平凡な顔だが、
嫌いじゃない、って。う〜ん。
人間、顔じゃないのね。
ここに描かれている雨の京都や渓谷の料理旅館、
お料理が良い感じ。
で、その小太りの家主越田の言う事が粋だ。
「字ィ書いたら人の気持ちはウソケになりますねん。
本音は口にしてはならず、手紙書いてはならず。
口では本音言うたらあかんけど、
することは本音のしたいことしたらよろしねん。」
小太りは嫌だけど、言ってる事はカッコいいと思う。
またまた、大阪弁っていいなと思った。
標準語と違った温かみがある。
なぜか、田辺先生は中年男性をカッコよく描くのがお上手だ。
こんな中年男性が傍におったら、惚れとるかも。。。
ウソ(トシシタガスキ)
それに直接的にえっちな事が書かれているわけではないのに、
田辺先生の作品には色気がある。
あのオバちゃんがねえ、とまたまた思ってしまう。
NHKの『芋たこなんきん』最終回にちらっと出ていた田辺先生と
藤本直美がごっちゃになってる。
ま、女性向の読み物だよね。
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