読書感想文12−03:日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか
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著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」以来の著作権に関連する本。本書は著作権が厳しすぎるという立ち位置をはっきりさせて意見している。 本書の論点を抜粋すると以下のとおり。 『・日本の著作権は、どんどん厳しくなっている。 ・著作権法の改正にかかわっているのは、ごく限られたひとたちである。 ・厳しい著作権をむやみに外国に広げるのは、文化の伝播を阻害する。 ・法改正に向けての議論は、閉ざされていく傾向にある。 ・市民は法改正の議論に感心を持ち、発言するべきである。』 2つ目のポツについて、具体的な数字が載っていた。 『文化審議会著作権分科会の下に置かれる小委員会 36期、647のポスト そこに選ばれた委員数は150名程度 647の小委員会のポストのうち204をこれら13名で占めている。その結果、どこの委員会にもおなじような顔ぶれが並ぶことになる。』 こういった行政のルールを決める委員会に協力する大学の先生を御用学者と呼ぶ。役所は御用学者の権威を調達するし、また御用学者たちは国の委員会に協力しているため研究費をもらいやすい。こうしてギブ・アンド・テイクの協力関係が成立する。きっと原子力行政も似たようなものだろう。たぶん。 日本の著作権はどうして厳しくなっていくのか。そこには、『日本の著作権業界の三大傾向』があるかららしい。それは、 『「被害の過大な見積もり」「強い保護だけ横並び」「権利を主張しないと損をするかもしれないという疑心暗鬼」』 だそうだ。 規制がどんどん厳しくなっていくというのはよくある話。著作権が厳しすぎると確かに困る。とはいえ、著者の言うように『市民は法改正の議論に感心を持ち、発言するべきである。』というべき論に乗っかるには色々と足りない。 具体的にどういったときに市民が困るのか。ダウンロードするだけで捕まるかもしれないという脅しだけでは、いまいちピンと来ない。著作権の制度が複雑で、本当にちゃんと守ろうとしたら何も使えないという現状において、市民が発言しようと思えるにはどうしたらいいのだろうか。 もうちょっと深みが欲しいなと感じた一冊。
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