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マイベストYouTube2

マイベストYouTube2


 昨年の9月に「YouTube」に映像をアップし始め、この5月で数えてみれば114本の動画をアップしていました。そのほとんどはブログに関連したCDを取り上げたものですが、旅行に出れば気軽にiPhoneを使って撮影したものをアップしています。そういう映像にたくさんアクセスしていただきありがとうございます。以前、このタイトルで11月27日に記事をアップしたことがあります。

 その時のマイベスト5は以下のものでした。
1位 コント55号の世界は笑う
2位 ボブ・ジェームスの「マルディグらに連れてって」
3位 ある勇気の記録
4位 名古屋おもてなし武将隊」の織田信長のトーク
5位 アントン・ナヌートの「シェエラザード」より終曲

 それがこの5月時点ではかなり変化していました。1位の「コント55号の世界は笑う(2,244)」は不動ですが、2位に寺井直子の「Spain(824)」がランクインしています。クラシック中心のブログですがジャズランクインしてくるのは主歯痒いことです。

 

 まあ、それにしても1位がダントツでトップというのがすごいですね。改めてコント55号の人気のほどが分ります。視聴傾向を分析すると携帯電話からのアクセスが600件以上と約1/4を占めています。男性の視聴がほとんどというのも、この動画の特徴でしょう。さて、最近の3位には思いも依らず、モーツァルトがランクイン(582)したのには驚きました。それも、メジャーなモーツァルトをの演奏を取り上げたものではなく、ブリリアントから発売されているフローリアン・ヘイエリック指揮のマンハイム・プファルツ選帝侯室内管弦楽団の演奏です。

 

 こちらは、男性が40代から60代、女性が40代から50代のアクセスがありました。携帯からは100件ほどで、さすがモーツァルトはパソコンでの視聴が多いのが分ります。この傾向は先の寺井直子と一緒です。クラシックとジャズは携帯向きではない音源といえるのでしょうかね。

 4位は「マルディグらに連れてって」、5位は「ある勇気の記録」が相変わらず上位を占めています。それでも、6位はチェリビダッケのシューベルト /交響曲 No.9 ハ長調 D.944 「ザ・グレイト」がランクイン(555)しているのには驚きました。アクセス記録を見ると外国からのアクセスが多いのもこの動画の特色です。この動画にはイタリア人からコメントをもらいました。

Tra le pi? belle interpretazioni che ho sentito di questa sinfonia 「この演奏は私が聴いてみた最も美しい解釈のシンフォニーです」


 更に7位には僅差で川久保賜紀のチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35がランクイン(553)しました。同じブログではメンデルスゾーンの方はさっぱり視聴されていないのに、この第3楽章を取り上げた演奏だけが聴かれているというのはどういうものなんでしょうね。面白いことにこの動画だけは携帯からのアクセスが1/3以上の200件を超えています。


 8位はナヌートの「シェエラザード」がまだランクインしています。そして9位はストコフスキーの「羊は安らかに草を食む」がランクインです。ストコフスキーファンの小生としては嬉しい限りです。そして、この動画も世界各国からアクセスされています。根強いファンが世界中にいるということでしょう。

 

 そして第10位はつい先日まではテンシュテットのハーリィ・ヤーノシュ」だったのですが、今はデイヴ・グルーシンの「s'wonderful」となりました。意外にジャズのアルバムがランクインしてくるのには小生自身驚きです。

 

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秘密

秘密


著者 東野 圭吾
発行 文芸春秋 文春文庫 

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 妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇、ついに文庫化。---データベース---
 
 積極的に読むことは無かったのですが、子供がテレビドラマに感化されて購入して来たのか我が家に合ったのでちょいと読んでみました。たしかに、ベストセラーになる要素を備えた作品で、快調なテンポでファンタジーなストーリーが展開していきます。さこに、現実問題としてのバスの転落事故が絡むという形でサスペンス性も加味され、それが最後に収斂するのは目に見えていますが、この結末に向かっての収斂は作者の温かい視線がなせる技でしょう。なかなか良い構成です。

 主人公の平介は平凡なサラリーマン。妻と小学生の娘の三人暮らしです。平助が夜勤の時、妻と娘を乗せたスキーバスが崖から転落し、二人は重傷を負います。病院に駆けつけた平介の手を握りながら、娘を庇いながら全身傷だらけだった妻は息を引き取ります。しばらくして、植物状態と思われた娘の藻奈美が奇跡的に覚醒します。しかし、覚醒してから数日間一言もしゃべらなかった彼女は、ある日平介にだけ打ち明けます。それは藻奈美ではなく、妻の直子だったのです。真実を話しても誰にも理解してもらえないと考えた平介と直子は、対外的には直子を藻奈美として押し通すことにします。心は妻でも、外見はどう見ても小学生の女の子なのだから、それ以外に方法はなかったのでしょう。こうして、二人の家族の秘密の生活が始まります。たしかにミステリーなんでしょうが、作者はミステリーの部分はぼかし気味にして、ファンタジーとしての要素を前面に押し出しています。

 これ以降の展開は、コミカルに展開していきます。本来的には多重人格を扱った小説としてもっとシリアスになるべきなんでしょうが、このコミカルさがストーリーを最後にどんでん返しにと導くカモフラージュの役目を果たしています。小学校から中学への進学は、直子に別の人生を選択させています。つまり、小学校と同じ延長では藻奈美の友達とのしがらみが続くことになってしまうのを避けたのでしょう。それが証拠に高校受験は医大進学を目指して私立のエスカレートを避けています。ストーリーを煩雑にしない上手い設定です。現実問題としては頻繁に発生するであろう、妻を亡くした平助の親族との関わりも極力排しています。それなのに、この小説ではバス転落事故を起こした運転手の家族に積極的に関わっていきます。ま、最後に、その関係者たる遺児と藻奈美=直子が結婚してしまうのですから、これはこれで致し方の無いストーリー展開なのでしょう。

 さて、小学生だった肉体はやがて初潮を迎え大人の女へと成長を続けていきます。父親でありながら、妻がまた新しい人生をやり直しているのを目の当たりにするのはどういう心持ちでいられるのでしょう。娘としての直子はやが手父親と一緒に風呂に入るのを避けていきます。平助は娘が妻であると意識しつつも、思春期としての若々しい肉体にとまどいます。ここら辺の描写はさらりと流しているところがあります。まあ、一つ間違えば近親相姦になってしまいますからね。

 ただ、奇妙な関係のその生活はいつまでも続くとは思われません。やがて高校に進むようになると、直子には彼女なりのつきあいが生まれ、また彼女なりの世界が出来上がっていきます。先の人生では、大学受験のためにはクラブ活動をしておくことがプラスになるという経験則からテニス部に入ります。しかし、そこから男の存在がちらちらし出します。娘に電話を掛けてくる男のことはどんな父親でも気になって仕方がないものですが、平介の場合それが妻であることから、ことさら深刻です。娘の姿をした妻を抱くことはできず、かと言ってこのまま彼の手を離れてどこかへ行ってしまうかも知れないという不安が彼を捉えて離しません。

 ついに、平介は盗聴という手段に出てしまい、直子と男の前に現れて公然と交際の拒絶を宣言しなければならなくなります。決定的に衝突した平介と直子は、やがてそれぞれにそれぞれの決心をします。

 不意に藻奈美が直子に変わって戻ってきます。ある朝目覚めた直子は、直子ではなく藻奈美でした。ストーリーの流れは自然で、元の体に穂並みが戻って来ても不思議ではありません。こういう現象が現実の世界にはあることを作者はそれとなく文中で示唆しています。事故から5年がたっていましたが、その間藻奈美はずっと眠っていたのだと解釈させます。次に目覚めた時藻奈美はまた直子に戻っていましたが、それ以来藻奈美と直子は交互に現れるようになります。お互いに起きている間の出来事を事細かにメモっておくことで、直子と藻奈美は奇妙な共同生活を送るようになります。しかし、現実の多重人格の中ではお互いの知識を共有することは出来ません。この辺りは作者のテクニックの上手いところで、読者は術中に嵌まってしまいます。ありえない話だと言ってしまえばそれまでだが、B級すれすれのこの題材を、作者は見事に身につまされる話に仕上げています。こういうところが東野圭吾の才能なんでしょう。

 ミステリー作家らしく、最後にはきっちりとどんでん返しも用意されています。なるほど、これが「秘密」なのかといこれ以上ないほど絶妙な種明かしになっています。しかし、それは直子にとっては計算され尽くしたものでした。一人、哀れなのは直子を愛しつつも、その肉体には操を通した夫平介の心情でした。それが新婦の父親としての鉄拳であり、妻を盗られた夫の鉄拳でしょう。しかし、平介はその鉄拳を振るえず泣き崩れてしまいます。

 このシーンで小説は終わってしまいます。見方を変えれば、ひたすら平介の視点で描かれるこの小説は、交通事故で妻を失った寂しさはありません。ファンタジーな家族関係の中での幻想の様な月日でした。そして、最後の9年間は、直子が自分の人生に決別して藻奈美として生きてきた第2の人生でした。続編が書かれることは無いでしょうが、この後、この家族は崩壊していく様な気がして仕方がありません。平介は藻奈美の結婚で彼の夫としての生き甲斐を無くしてしまう様な気がします。男としては複雑な気持に読後襲われました。2度の人生を歩むことが出来る直子と共感出来るのは女性だけでしょう。

 この作品は、ベストセラーだけあって映画化もドラマ化もされています。映画化はかなり人物の設定が変えられてしまっていて、小説と印象が異なります。

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ツァハリアスのモーツァルト

ツァハリアスのモーツァルト


曲目/モーツァルト
Piano Concerto #20 In D Minor, K 466
1. Allegro 13:19
2. Romance 8:20
3. Allegro Assai 7:30
Mozart: Piano Concerto #22 In E Flat, K 482*
4. Allegro 13:36
5. Andante 9:02
6. Allegro, Andante Cantabile, Allegro 12:20

ピアノ/クリスチャン・ツァハリアス
指揮/ダヴィッド・ジンマン
演奏/バイエルン放送交響楽団
  ドレスデン国立歌劇場管弦楽団*

録音/1989/04/18-21 ヘレクレスザール、ミュンヘン
   1985/06/25-28 ドレスデン、ルカ教会
P:ゲルト・ベルク、テオドール・ホルライザー
 ゲルト・ベルク、ヘインツ・ウェグナー*
E:ゲルハルト・フォン・ノベルスドルフ
 ホルスト・クンツ*

独EMI 5099908710123 4

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 以前クリスチャン・ツァハリスを取り上げたのは1年ほど前です。それにしても、彼は日本では人気が無いようですね。この記事を書こうとネットを検索しても、小生の以前のブログ記事が第2位で検索されるほどですから・・・(^▽^;。でもって、「検索スパイシー」で引っかかる内容も、小生のブログの記事でした。このクリスチャン・ツァハリアス氏。2008年には指揮者として来日し、「ラ・フォル・ジュルネ」に登場していましたから見聴きはしているはずです。なんで、こんなにも不人気なんでしょう。EMIも日本では殆ど彼のCDを発売してこなかったことも原因なんでしょう。調べた限りではEMIの国内現役盤はオムニバス版以外ゼロです。個人的には、ツァハリアスは好きです。他のビアニストには無い斬新な解釈は聴いていて新しい発見があります。決して最初に聴くピアニストではありませんが、凡百の演奏を聴くより刺激的で思わず耳をそばだてて聴いてしまいます。

 そんなわけでドイツではカリスマ的な人気を誇るピアニストですが、日本では残念ながらキワモノ扱いとしか捉えられていないようです。今年に入って、EMIの廉価ボックスの中に彼のモーツァルトのピアノ協奏曲全集とソナタ全集が発売されましたが、誰も取り上げていない様なので今回取り上げることにしました。今回はピアノ協奏曲全集の中から20番が収録されたものです。れにしても、このピアノ協奏曲全集、豪華です。何がって、サポートするバックが尋常ではありません。何しろ指揮者では、ここで登場するダヴィッド・ジンマンをはじめ、ネヴィル・マリナー、ギュンター・ヴァント、イェジー・マクシミウクが分担してサポートしています。これだけの指揮者をバックに演奏することだけでも凄いと思います。さらに、この全集の特徴は、単にピアノ協奏曲だけを収録するのではなく、2台のピアノのためのソナタK.448も合わせて収録しているのです。これ、たった3小節で間違える「のだめカンタービレ」で一躍知られるようになった曲ですからね。

 さあ、第20番です。この曲はモーツァルトの最初の短調で書かれたピアノ協奏曲としてもつとに有名です。第1楽章の低音域でうごめく暗く悲劇的な主題で開始されることから、さぞ重厚な演奏を期待してしまいますが、これがさもありなんで、あっさり淡白に演奏されてしまいます。バックハウスやゼルキンらの演奏を聴き慣れている人はまるで肩すかしを喰ってしまうことでしょう。こういう掴みですから、最初から拒否反応を起こしてしまう人も多いのではないでしょうか。それでもって、速いテンポでぐいぐい音楽が邁進していきます。多くのピアニストが14分以上かけてじっくり演奏するこの楽章をツァハリアスは13分ちょいで駆け抜けていきます。まるで悲劇性を無視した様な解釈ですが、この疾走感のあるテンポはある意味痛快です。まるで、グレングールドがK.331を超スローテンポで演奏したのと真逆の行き方です。

 この曲はベートーヴェンやブラームスが愛した曲でカデンツァを残していることでも知られていますが、ここではツァハリアスは自作のカデンツァを披露しています。その演奏を聴いてみましょう。

 

 でもって第2楽章のロマンツェでは、自由に装飾音を入れまくっています。最近は古典派の時代の作品でも結構装飾音を入れる演奏が増えて来ましたが、モダンピアノでそういうことをやるって言うのも珍しいでしょう。まあ、モーツァルトの時代でもこういうことは日常的に行われていたことは知られていますからさもありなんです。でも、全うなピアニストの演奏とは違いますから面喰らいますわな。要はカデンツァの延長と捉えれば良いのでしょう。

 驚きはこの後の第3楽章がピークです。何がびっくりかはまず聴いてみて下さい。

 

 開いた口が塞がらないというのはこういうことを言うのでしょう。初め聴いた時には何が起こったのか全く理解出来ませんでした。突然CDプレーヤーが壊れたのかなとびっくりしたものです。しかし、何度リピートを聴いても同じ音がします。これは不良CDだ!と思ったぐらいです。最近粗製濫造気味でそういう商品が多いですからね。でも、これはまっとうなツァハリアスのモーツァルトでした。つたない情報をたぐって調べてみると、このカデンツァの前の突然の和音はなんでも、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の冒頭の和音をSPレコードで流しているらしいのです。ちなみにスペアナで確認するとこの部分だけ左右同音型でモノラルであることが分ります。こういう仕掛け、そういえば彼の演奏では「トルコ行進曲」でも最後にシンバルを入れるというパフォーマンスをしていましたわな。実演ではこんなことは不可能ですから、セッション録音だけの仕掛けといってもいいでしょう。それにしても、ジンマンまでがこういうパフォーマンスに付き合っているのですから大したものです。まあ、この後ジンマンはチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団とベートーヴェンでブレイクするわけですから、そういう目は以外とこんな処にあったのかもしれません。

 さて、この全集は録音会場もいろいろなところが用いられています。20番はヘレクレス・ザールでしたが、クレジットを見ると22番の録音の方は音響の素晴らしいドレスデンのルカ教会です。聴いていてもその違いがしっかりと聴き取れます。指揮者は同じでも、バックのオーケストラや録音会場の違いで、こうも違いが生じるのかという印象を感じます。どちらかというと、22番の方がピアノの音の残響が豊かでオーケストラの音と一体感があります。ただ、音の粒立ちという点では20版の方がキラキラしています。

 ツァハリアスの方向性は一緒で、こちらも装飾音を付加した変化球の演奏ですから好みは別れるところでしょう。こちらの方が録音が4年ほど前なので幾分表現はおとなしく感じられます。でも、普通のモーツァルトのピアノ協奏曲を聴き飽きた人にとっては刺激的な演奏であることには違いありません。機会があったら取り上げることにしますが、このツァハリアスの全集、第26番「戴冠式」のカデンツァでもオルゴールと競演するなど、こちらも期待に違わない斬新な演奏になっています。

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トスカニーニ騒動

トスカニーニ騒動


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 このブログで、「アルトゥーロ・トスカニーニ・コンプリートRCAレコーディングズ84CD+1DVD」の発売について記事にしたのは3月でしたが、発売が送れに送れて5月上旬にようやく発売になったようです。しかし、小生の手元にはなかなか届きませんでした。多分注文が殺到したのでしょうか?。注文したアマゾンからは、再三入荷の送れについてのメールが届きました。最初の遅延メールは5月4日でした。
Amazon.co.jpをご利用いただき、ありがとうございます。

誠に申し訳ありませんが、ご注文いただいた以下の商品の入荷遅延により、お届け予定日を変更させていただきました。
当初予定していたお届け予定日までにお客様のご注文商品をお届けできなかったことをお詫びいたします。
現時点での最新のお届け予定日は以下のとおりです。

  Arturo Toscanini "Toscanini Collection"
    お届け予定日: 2012-05-09 - 2012-05-11

商品は引き続き入荷できるよう手配しますが、万が一、仕入先から入荷の見込みがないことが判明した場合、またはご注文数が入荷数を上回った場合、
やむを得ずご注文をキャンセルさせていただくこともありますので、ご了承ください。

 この文面のメールがその後、5月11日、15日と続きましたが、翌16日になって突然文面が変わりました。いわく、
Amazon.co.jp をご利用いただき、ありがとうございます。

誠に申し訳ございませんが、以下のご注文商品について、メーカーより商品に不具合があることが判明したとの連絡がありました。

Toscanini Collection (ASIN:B006VKKAWQ ) 

<不具合内容>
VOLUME 1[1]〜[4]に収録されている「ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》」の録音年について、ジャケット上は1949年と表記されているが、実際にはVOLUME 29[1]〜[4]と同じ1953年録音の音源が収録されている。

つきましては、不具合箇所を修正した良品の入荷を予定しており、現在のところ6月5日頃の入荷を予定しております。商品を発送する際には、Eメールでご連絡いたしますので、恐れ入りますが、お届けまでいましばらくお待ちください。 

このたびは、商品のお届けに時間がかかり、ご迷惑をおかけしていることをお詫びいたします。 

ご不明な点は、このEメールへの返信ではなく、下記のURLからカスタマーサービスまでお問い合わせください。

これにはびっくりです。友人に確認すると、既にこの時該当商品は届いていたそうですが、こういう不具合が合ったという内容のメールは届いていないということです。ここの時点で、HMVもタワーとネットで確認しましたが、既にHMVのサイトからは商品案内のページは無く、タワーは売り切れの表示だけでした。そんなこともあり、友人は慌てて商品交換の手続きをしましたが、何も知らないでいたらそのまま不良品を掴まされたままで有った様な気がします。ネットで確認すると、マニアの間ではこのことが結構話題になっていました。アマゾンのカスタマーレビューにはこんな書き込みもありました。
収録CDのタイム表示(紙ジャケ記載)は、
*CD01:14分13秒、15分26秒、5分27秒、11分14秒。
*CD29:14分10秒、15分23秒、5分27秒、11分14秒。
耳を澄ませば誰が聴いても確認できる同じ個所での会場のざわめきや咳ばらい。
何れもWebで流れる噂通り1953年のライブ録音と音源が重なる。
つまり1949年のスタジオ録音は当BOXには収録されておらずメーカーの単純なミスが原因のようだ。
個人的な意見としては大勢に影響しないものの留意点として紹介する。

 個人的にはこういう問題が発生したことを納得したので、ひたすら6月5日を待つ状態だったのですが、またまた、問題が発生です。5月20日になって、突然発送通知が届きました。
ご注文いただいた商品を分割して発送させていただきました。
各商品が異なる配送センターから発送される場合や、在庫状況によって、商品が数回に分かれて発送されることがあります。
残りの商品も、出荷準備ができ次第、順次発送いたします。

発送いたしました商品は以下のとおりです。
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数量      商品                             価格       発送済み      小計

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   1     Toscanini Collection              ¥ *,***    1     

 何の前触れも無い発送通知ですが、最初は良品が意外と早く確保出来たと期待をしていました。まあ、あまりにも早いので一抹の不安はありましたけど・・・・
そして、5月21日、待望のトスカニーニコレクションが届きました。しかし、不安であったので早速開封して該当CDを確認です。手元には、別途購入の1953年録音のCDがありますからそれと比較試聴です。第1楽章冒頭の部分が編集してありますが、明らかに1枚目のCD収録の演奏は1949年のスタジオ録音ではなく1953年のライブです。まず、演奏時間が違います。
   演   奏   第1楽章第2楽章第3楽章第4楽章
1939年13:5516:2005:2106:21
1949年13:4715:3405:1111:11
1953年14:1015:2205:2711:19
CD29は勿論1953年の演奏です。1990年代にも一度発売されたことがある全集ですからなんでこんな間違いが発生したのでしょう、不思議です。この手の全集には結構ミスがあり、最近ではEMIのカラヤンのコンプリート全集のVol.1やティルソン・トーマスのマーラー交響曲全集なんてのもありました。それにしても、アマゾンの方で修正品の発送を告知しておきながら突然不良品を発送してくる対応が許せません。すぐさま、アマゾンに連絡です。

 そちらからの連絡で、該当商品に不良があるということで、出荷は6月5日以降との連絡を貰っていましたが、昨日突然送られて来ました。こんなに早く改善された商品が送られて来て嬉しく思っていましたが、届いた商品は不良が発生している初期ロットのものでした。

 そちらから、わざわざ不良が発生していたと連絡を貰っていたのに、実際に送られてくるのが不良品とはどういうことなのでしょう。商品を返品しても良いのですが、不良箇所はCD一枚目の音源だけです。出来れば、この1枚目のみをクレームの対象としたいので、後日正規商品を送付してくれれば良いのです。

 メニューには全体の返品と交換しか選択肢が無いのでこういう形でメールをさせてもらいます。発売元のソニーに交渉し、不良CDのみ後日送付という対応をお願いしたいのですが、いかがなものでしょうか。

 もし、それが不可能ということであればすべてを返品して、交換ということにならざるを得ません。対応方法をご連絡下さい。

これに対するアマゾンの返答は以下のようになっていました。
Amazon.co.jpにお問い合わせいただき、ありがとうございます。

このたびは、ご注文(#503-5748103-6485663)の件でお客様にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます。

お調べいたしましたところ、『Toscanini Collection』(ASIN: B006VKKAWQ)の不具合箇所を修正した良品は、当初のご案内のとおり6月5日頃であることがわかりました。こちらをお送りするはずのところ、何らかの不具合により修正されていない商品が発送されたものと思われます。誠に申し訳ございません。

恐れ入りますが、商品の一部にのみ不具合がある場合につきましても、商品の交換にて対応させていただきますのでご了承ください。

ご連絡いただいた商品について、交換商品をお届けするよう手配いたしました。注文番号は(#503-1300751-8997425)で、お届け予定日は6月6日から6月7日の間です。商品を発送しだい、Eメールでご連絡いたします。

この商品は現在当サイトに在庫がないため、誠に申し訳ありませんが、仕入先から入荷いたしましてからのお届けとなりますのでご了承ください。

お手元の商品は、お手数ですが郵便事業株式会社集荷サービス、宅配便または郵便局のゆうパックを使って着払いでご返送ください。

返送先および返送方法については、以下のURLをクリックしてご覧ください。

http://www.amazon.co.jp/gp/orc/rml/hert20690RMA

まあ、アマゾンは発売元のソニーを窓口にしての対応ではなく、あくまで自社で対応ということなのでしょうが、それにしても無駄を絵に描いた様な対応です。ちなみに、HMVはネットで確認出来る限りはメーカーに責任を押し付けているようで売りっぱなしのようです。クレーム対応の方法で、顧客のリピートが決まると思いますが、今回の騒動でそういうところが垣間見える様な気がします。

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写楽を追え―天才絵師はなぜ消えたのか

写楽を追え―天才絵師はなぜ消えたのか


著者 内田 千鶴子
発行 イーストプレス 

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 彗星のごとく現われ、わずか一〇カ月で一四〇枚以上の役者絵などを残した写楽だが、「なぜ忽然と姿を消したのか?」の謎はいまだ解かれていない。版元・蔦屋重三郎との関係、時代背景などから浮上してきた浮世絵師・豊国との壮絶な闘いとは…。写楽研究の第一人者が、新たな「写楽の謎」に挑み徹底検証。--データベース---

 先に読破した「写楽殺人事件」では歯牙にも掛かっていなかった写楽=斎藤十郎兵衛説を検証していくポルタージュです。著者は、映画監督の故内田吐夢氏の次男、勇作氏の妻である内田千鶴子氏です。内田吐夢氏が残した写楽に関するメモがきっかけで写楽研究に没頭します。1979年のことです。そして、1981年に著者は、幕府の公式名簿である『猿楽分限帖』と、能役者の伝記『重修猿楽伝記』に、喜多流に属する能役者として斎藤十郎兵衛が記載されていることを見つけます。この史料から、斎藤十郎兵衛の父の名は与右衛門であり、斎藤家は、代々、与右衛門と十郎兵衛の名を交互に名乗っていることが、さらに、斎藤十郎兵衛が、1761年(宝暦11年)の生まれで、写楽が浮世絵師として活躍していたことがわかります。著者は、その成果を1983年「歴史と人物9月号」に「写楽=能役者説の新資料」として発表しています。そう、1983年といえば故池田満寿夫氏がNHKの番組を通して中村此蔵説を発表した年でもあります。実はこの番組に当初内田氏も関わっていたということですが、エンターティメント性を求めた方針の変更で能役者説は無視されてしまったのです。高橋氏の「写楽殺人事件」の風潮が主力だったんでしょうな。

 しかし、時代は真実を浮き彫りにしていきます。やがて、徳島「写楽の会」メンバーの斎藤十郎兵衛の菩提寺と過去帳の発見によって、実在が完璧に証明されることになります。「写楽の会」メンバーが、1997年、江戸期には築地にあった法光寺という寺が現在は埼玉県越谷に移転していることを突き止め、その寺の調査から過去帳に斎藤十郎兵衛の没年月日を発見し、報告しました。没年は「辰(文政3(1820)年)3月7日」、死亡年齢は「58歳」、俗称等は「八丁堀地蔵橋 阿州殿内 斎藤十郎兵衛事」でした。これによって没年が初めて明らかにされたのです。こういう、研究者の地道な調査の様子が第2章で淡々と語られていきます。

 その斎藤十郎兵衛は、阿波藩お抱えの能役者でありながら、なぜ10カ月も江戸の芝居小屋に入り浸って、役者に生き写しの、役者の欠点を強調するかのような毒を秘めた強烈な絵を大量に描くことができたのか?当時、彼は江戸藩邸勤めのため八丁堀地蔵橋(現在の中央区日本橋茅場町)に住んでおり、大名お抱えの能役者の勤めは当番と非番が半年か1年交替のため、その非番期間を利用して絵を描くことが可能だったことが明らかになります。この時、写楽33歳。しかし、身分は現役の武士です。とても、本名で作品を発表するわけにはいきません。版元の蔦屋重三郎は、このとき絵師の歌麿と袂を分っています。時代のエアポケットの中で蔦屋のてに依って写楽が誕生します。

 「東洲斎」という画号は、東の川の中島にある居室という意味である。過去帳によると、斎藤十郎兵衛が八丁堀地蔵橋に住むようになったのは、1799年(寛政11年)からで、写楽がデビューした1794年には、南八丁堀阿波藩屋敷内に住んでいました。南八丁堀の阿波藩屋敷は、現在の中央区湊一丁目あたりに位置し、八丁堀のすぐ南です。どちらも、江戸城から見て東に位置する中州の土地でした。よって、東洲斎は、名前を明らかに出来なかった斎藤十郎兵衛の住所を暗示していると解釈できるでしょう。

 第3部では、著者が写楽を斎藤十郎兵衛であると判断するまでの過程を描く前半以外に、なぜ斎藤十郎兵衛が写楽となったか、そしてなぜ突然消えてしまったのか、ということを物語仕立てにした後半があるのですが、こちらではなぜ後期になって写楽作品に精彩が欠けてきているのか、ということを感覚で理解できるようになっています。当時の時代背景を関連する年表に時系列的に纏めてみました。

1761年(宝暦11年)斎藤十郎兵衛、生まれる(過去帳による)。
1733年(安永02年)蔦屋重三郎、吉原大門の前に書店を開き、はじめは吉原細見(店ごとに遊女の名を記した案内書)の販売、出版を始める。
1783年(天明03年)蔦屋、一流版元がひしめく日本橋通油町に進出。
1787年(天明07年)6月、松平定信が筆頭老中となり、寛政の改革が始まる。 
1789年(寛政元年)江戸三座の一つ、森田座が破産。
1790年(寛政02年)5月、寛政異学の禁。書籍出版取締令。寛政の改革による風紀の取締りが厳しくなる。
1791年(寛政03年)3月、山東京伝の洒落本と黄表紙が摘発され、京伝は手鎖50日となり、版元の蔦屋は身代半減のとなる。蔦屋重三郎は、喜多川歌麿に、比較的取締りが緩かった美人大首絵を描かせる。
1792年(寛政04年)斎藤十郎兵衛、南八丁堀阿波藩屋敷内(現在の中央区湊一丁目あたり)に住む(過去帳による)。
1793年(寛政05年)江戸三座の市村座と中村座が破産。7月、松平定信が老中を退き、寛政の改革が終わる。12月、喜多川歌麿、蔦屋と袂を分かつ。蔦屋重三郎は、代わりとなる看板絵師を探す。風俗取締令がきびしくなる。
1794年(寛政06年)1月、控櫓による江戸三座で芝居興行が再開される。和泉屋が、豊国による役者舞台之姿絵のシリーズを始める。5月、斎藤十郎兵衛が所属する宝生座が非番となる。蔦屋、写楽作の28枚の役者大首絵を出版。7月、蔦屋、写楽画27枚出版。8月、蔦屋、写楽画11枚を出版。11月、蔦屋、写楽画58枚を出版。閏11月、蔦屋、写楽画3枚を出版。 
1795年(寛政07年)1月、蔦屋、写楽画12枚を出版。蔦屋による写楽画出版が終わる。4月、斎藤十郎兵衛が所属する宝生座が詰番となる。
1796年(寛政08年)蔦屋の財務状況が悪化し、蔵版の狂歌絵本などの版権を大阪の版元に譲渡。蔦屋の関係者による写楽への言及:栄松斎長喜が、『高島屋おひさ』で、写楽の絵をあしらった団扇を描く。また、十返舎一九が『初登山手習方帖』で、凧に写楽の役者絵を書き込む。
1797年(寛政09年)5月6日、蔦屋重三郎が脚気で死去。
1799年(寛政11年)斎藤十郎兵衛、南八丁堀阿波藩屋敷内から八丁堀地蔵橋へ転居(過去帳による)。
1820年(文政03年)埼玉県越谷市の浄土真宗本願寺派今日山法光寺の過去帳に「八丁堀地蔵橋 阿州殿御内 斎藤十良(郎)兵衛」が58歳で亡くなり、千住にて火葬にしたとの記録がある。
1833年(天保04年)池田義信(渓斎英泉)著『無名翁随筆』に、東洲斎写楽の住所が記載される。

 写楽がプロの絵師ではなく、アマチュアレベルであったことはよく知られています。デフォルメ技法を駆使して描かれていますが、刷り上がった絵には出版までの日数節約のためか、摺り残し部分や縁取りがいい加減なものが多々あります。初期の作品なんかは黒雲母刷りのためかバックと人物の際の処理がいい加減です。他の絵師の作品にはこういうところはあまりありませんので、蔦屋の仕事が突貫作業であったことが伺われます。構図や描写は一級品ですが、作品としては当時の豊国と比較したら一段落ちるのではないでしょうか。それでも、諸外国で高い評価を受けたために写楽作品は法外な価値を得ます。明治期以降に贋作が多数出回ったことでもそれが分ります。この本でも、口絵の10ページに掲載された「市川男女蔵の奴一平」の図版は明らかに贋作が採用されています。写楽の画号は冩樂画の画の字の中央が田になっているのが普通ですが、よく見るとこの作品だけ色も鮮やかですが画の字の上が突き抜けて普通の画の字になっています。

 本の内容はそれなりに研究者の真摯な内容になっているのに、こういうところが雑になってしまっているのは出版社にも責任はあるようです。

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